Ep.146 不穏の足音

 フローラが客室に戻ると、壁掛け時計が丁度お昼を示す曲を鳴らしていた。外は朝と比べても格段に荒れた天気で、調査に出た皆は大丈夫かと不安を感じた時。

 突然の地鳴りと共に一瞬世界が激しく揺れる。


 立っていられなくなりしゃがみ込んだまま窓から見やった火山の方で、重たい地鳴りの音がした。














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 エドガーの祖父の屋敷から一転。追いやられた先の島唯一の集落の質素な空き家のひと部屋にて。キャロルが一部ひび割れた鏡台の前で鼻歌混じりに髪をすいていると、不意に黒い風が吹き抜け……無人だった筈の背後に、一人の少女と宵闇を塗りたくったような漆黒の猫が現れた。


「まぁ!また来てくれたのね!嬉しいわ」


「そりゃ来ざるを得ないでしょうよ……。あん……じゃない、貴女、どうして大人しく追い出されて来た訳?」


 『こんな辺鄙な場所に追いやられてたら、忌々しいフローラから愛しの彼を奪えないわよ』とあきれた様子の少女に言われ、キャロルは不服げに唇をつき出す。


「まぁ、“奪う”だなんてそんな酷いこと、人としてやってはいけないのよ。ライト様は物ではないし、“心”は自由なものなのだから!」


 如何にも聖女然と両手を組み告げるのを白々しい目で見られていることには気がつかないまま、キャロルは少女に満面の笑みを向ける。


「それに、ライト様ははじめから私の運命の方なんだから、奪うんじゃなく帰ってくるの。だから、心配しなくても大丈夫よ!」


 『あっそ』と、興味なさげに顔を背けた少女に代わり、モノクルを前足で器用に押し上げた黒猫がキャロルに答える。


「それはなによりでございますね、聖女様」


「えぇ!これさえあれば、ライト様を必ずフローラちゃんの呪縛から救ってあげられるわ!」


 そうして怪しい小瓶を握りしめてはしゃぐキャロルの中では、黒猫と少女にここ数日吹き込まれた嘘の効果もあり……自分こそが絶対の正義足る聖女で、フローラは自分の能力を真似して地位を奪おうとしている紛い物。そして皇子達はフローラに魔術で無理矢理仲良くさせられている可哀想な被害者であると言う設定が出来上がってしまっていた。

 そのどこまでも身勝手な勘違いを指摘する者は、ここには居ない。


(本当はあの炎の皇子はもちろん、他の男共も“聖霊女王の指輪”も私の物なんだけどね。馬鹿な女。……ま、使い捨てには丁度良さげだけど)


 そして、キャロルがフードを目深にかぶった少女の山吹色の眼差しに籠る侮蔑を感じとる事もないのだった。


「とは言え、ライト様が正気に戻って私を愛してくれたとしても、結婚するには周りにも私を聖女として認めてもらわなきゃでしょう?どうしたら良いかしら?フローラちゃんの指輪は取り返したら、あなた達に渡せば良いのよね?」


「えぇ、あの指輪がフローラ様の手元にあるのは、我々にとって非常によくない事ですから 。お願いしますよ。それから、キャロル様の価値を皆にわかって貰うのであれば力を実際に使って見せるのが一番でしょう」


「でもここは平和な島よ、たくさんの人を治してあげるような機会なんてないわ」


「これはおかしなことを仰る。機会なんてものは……無いなら作れば良いのですよ」


 黒猫が放った魔法が火柱となり、木造だらけの集落を焼く。

 不安定に火山に積もり重なる積雪に、一閃の深い亀裂が走った。















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 一方、少し時を遡り半時程前の海岸沿い。調査団と二手に分かれ周囲を調べるもろくな収穫もなく、ライト、フライ、クォーツは落胆しつつも本日の調査対象である最後の1ヵ所を三人だけで調べていた。


「あと怪しい伝承があるのはここだけ?積雪でわかりづらいけど、見た感じただの岩場じゃない」


「開けた場所だし俺もそう思うがな、過去の記録を見るに、この一帯では時たま神隠しが起きるそうだ」


「ーっ!!?」


 フライは不意打ちの恐怖に青ざめるも、ライトの『恐いんなら無理するなよ』の言葉には頷かない。フリードから、『積雪の中でうちの殿下を一人にしないでください』と再三頼み込まれたからだ。

 とは言え…………。


「ライト、全然元気じゃない。本当にトラウマなんてあるのかな」


「さぁね、知らないけど……トラウマ関係なく、あの寝不足野郎を一人こんな場所に置き去りにして万が一があったら寝覚め悪すぎるでしょ。ほら、君は今剣だって無いんだからあんま離れないでよね!」


「おー」


 フライの声に生返事を返し、山側に伸びるまっさらな雪原に一歩踏み入る。

 足跡ひとつない新雪を踏み締める感触に、何故か頭の奥が痛んだ。


「……っ!」


「ライト、大丈夫ー?」


「あぁ、大丈夫。雪の日たまになるんだよな。とりあえずこの先は調べる場所さえ無さそうだし、調査団と合流して一旦帰……」


 『帰ろう』と、告げようとして振り返り、視界に飛び込んでくる無人になった雪景色。

 つい先程まで居た二人が忽然と消えた事を嘲笑う様に、吹き荒れる風が足跡さえ搔き消していった。


    ~Ep.146 不穏の足音~



 

















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