Ep.144 本旨を間違う事無かれ

 何故だかさっぱりわかりませんが、いざ面会してみたらエミリーちゃんが健康優良児になっておりました????


「えっ、えぇと……とりあえず良かったね!?」


「あっ!は、はい良かったっす!!わざわざ嫌な思いたくさんしてまで来てくださったのになんかすみません!」


「いやいやいや、エミリーちゃんが元気になったことが一番だよ!」


「……で、どうしてこうなったんですの?まさか四大国の王族をまとめて巻き込んで起きながら説明もしないつもりではございませんわよね?」


「るっ、ルビーっ……様っ!耳っ、耳千切れる……!もちろん話すよ話しますよ!まぁ俺にも8割方わかってないんですけど……」


 ルビーの指先から取り返した耳を擦りながら説明してくれたエドガー曰く、私達が来る以前から一昨日の夜まではエミリーちゃんは間違いなく床に伏しており、3日に1回意識がはっきりしている日があれば良い方だったそうだ。ところが今朝エドガーが様子を見に彼女の部屋を訪れた所、妹が元気いっぱいに窓から積もった雪にダイブしようとしていたので慌てて取り押さえた。と、言うことらしい。


「元気になった理由を聞いたら『黒猫さんのお守りのお陰!』とか要領を得ない答えばっかで。まぁまだまだ小さいんで見た夢と現実が混濁してるのかなと思ってたんですが……ふとフローラ様、いや、先輩の使い魔が猫だって皆さんが話してたの思い出したんでとりあえず連れてきたんです」


「そうだったの……。回復したのなら本当に何よりだけどごめんなさい、私は何もしてないわ。うちのブランはそもそも白猫だし……」


 理解の追い付かない事態に困惑しつつも、まだはしゃいでいるエミリーちゃんの前にしゃがみこむ。以前会ったときは透けてしまいそうに白かった頬は今は柔らかく桃色に色づいていて、血色も良い。


「少し身体の様子が見たいの。ほっぺたを触らせて貰っても良いかしら?」


「はい!もちろんいいですよ」


 どうぞ!と元気良く差し出された小さな顔を両手で包むようにしてそっと触れた頬は温かい。いや、寧ろ少し、熱いような……?


「エドガー、エミリーちゃんの熱は測った?」


「身体が熱いのなんの言ってたんで測りましたよ、久しぶりに平熱でした」


 『それで違和感があるのかも知れませんね』と言う彼の言葉は筋が通っている。けど……。


(エミリーちゃんの身体に流した魔力が、“何か”に引っ掛かって上手く巡らない。おかしい)


 この感じ、覚えがある。傷を治療しようとしてキャロルちゃんに魔法を使った時の、嫌な感覚。あれに凄く近い。

 だからだろうか、すごく、嫌な予感がした。


「……エミリーちゃん、その黒猫さんのお守りって、どんな」


「あぁっ!困ります異国の聖女様!!本来こちらの棟は大旦那様が許可された方しか通してはいけない場でして、ましてや今そちらのお部屋には大事なお客様が……!」


「わかってるわ、大丈夫よ!私はいずれライト様と結ばれて炎の国の聖女になるもの。そうしたらこのお屋敷の旦那様は私を受け入れてくれるでしょう?ライト様の臣下なんだから」


 けたたましい足音と、扉越しでも筒抜けの会話の後、バーンと開かれる客間の扉。そこからキャロルちゃんを筆頭に、彼女の愉快なお友達の皆さんがなだれ込んできた。

 ただ、魔法省のお二人はいないようだ。


「何やってんだよあの二人、お目付け役だったんじゃないのかよ……!」


「お兄さま、どなたですか?」


「おはようございますライト様!ライト様ったら照れて全然会いに来てくださらないから、寂しくなって来ちゃいまし……あら?」


「……キャロル様、おはようございます。雪の精悍な空気に反して賑やかな朝ですね。何かご用でしたか?生憎、ライト様は本日はもう外出なさいましたが」


 このままでは収拾が着かなそうなので、代表して私がキャロルちゃんに向き直る。が、キャロルちゃんはそんなの知ったことかとばかりに私を無視してエミリーちゃんに駆け寄った。


「まぁ!貴方がエド様の妹さんね、可愛いわ!元気になったのね、お祈りが効いたんだわ」


 ぎゅーっと抱き締められたエミリーちゃんが、少し苦しそうにしながらキャロルちゃんに問い返す。


「では……お姉さまがわたくしを助けてくださったのですか?」


「……っ、馬鹿な。あり得ない!あんたはここに押し掛けてきてから一度だって、エミリーを案じることも様子を聞くこともしなかったろう!それをどうやったら治せるって?馬鹿にするのもいい加減にしろよ!」


「まぁ、何て酷い言葉を使うの?可哀想に、たくさん辛い目にあったから心が歪んでしまったのね……。でも大丈夫よ、これからは私が全ての苦しみから皆を解放してあげるから!」


 そう満面の笑みで宣言するキャロルちゃんの腕はさらに強まり、エミリーちゃんが痛みに顔を歪める。見かねて、隙をついて彼女の腕を軽く押さえ、エミリーちゃんをこちらに抱き寄せた。


「キャロル様、幼子を顔を全て押し付けさせるようにして抱き締めては危険ですわ。お控えくださいませ」


 よほど苦しかったのだろう。ゲホゲホと苦しげに咳き込む小さな背中を擦りながら苦言を呈した私に、キャロルちゃんが『またそうやってフローラちゃんは私に意地悪を言うのね』と俯く。それを受けたお友達の皆さんから、一斉に非難が飛び始めた。


「本当に!なんて冷たいお方なんでしょう、こんな方が我らが大陸の聖女だなんて嘆かわしいです!」


「全くです。聖霊の巫女なんてたかだか傷を治せる程度でしょう。自分が救えなかった者をキャロル様がお救いになったことが気に入らないのか?ずいぶん卑しい心をお持ちなことだ!」


「それに引き換えキャロル様は、癒しの力だけでなく新たに聖霊王からの神託を得て聖獣を使役する力に目覚め、呼び出した聖獣の力で見事苦しむ少女を救って見せたのです。どちらが優秀でどちらが役立たずか等、一目瞭然ではありませんか」


「皆様の言い分はわかりましたが、それは誤……」


「貴方達、いい加減になさい!この方は聖霊の巫女であらせられる以前に、水の国ミストラルの王女殿下ですのよ!いくら学生の期間は身分による階級を免除しているとは言え、ご自分達の態度がまず人としてどれだけ非礼か思い至りませんの!!?」


 私の言葉さえ遮る勢いで激昂したルビーが彼らに負けじと声を張り上げる。応戦したキャロルちゃんのお友達数人とこちらの面子で喧嘩になり、一人の少年がエドガーの真ん前で片手を振り上げたのが見えて反射的に双方の間に滑り込んだ。


 鈍い音と頬に走る痛み。一瞬で静まり返った室内で、ハンカチを取り出し口元に当てる。中学生でも男の子の拳だ。口の端が切れてしまったようで、白地のレースに赤い染みがついていた。


 エドガーを殴ろうとしていた少年は、ただ呆然と私を見ている。


「如何なる理由があろうとも、暴力に訴えるのは感心しませんわね」


「も、申し訳ございません……!」


 流石に王女を殴ったのは不味いと判断したのだろう。ぎこちなく頭を下げた彼から、他のキャロルちゃんの友人達があからさまに離れた。

 ただ一人、アーシャさんだけが困惑した表情で事の成り行きを見ている。


「大切な方を擁護したい、そのお気持ちは立派です。ですが、やり方を違えてはいけませんよ」


 私を殴ったその手に、痣が出来ている。それに手を翳し指輪に魔力をこめれば、彼の痣がふわりと剥がれるようにしてそこから消えた。


「その時に気づかなかったとしても、誰かを傷つけたときには必ず自分の心にも傷がつくものです。皆様、ここ最近のご自分の振る舞いを今一度しっかり鑑みてくださいませ」


 黙り込んだ面々が俯くが、もう罵倒は飛んで来ない。しかし重たい空気をぶち壊すように、キャロルちゃんが駆け寄ってきて私の頬に触れた。


「まぁ!ごめんなさいフローラちゃん。でもフローラちゃん達が私を傷つけたから、皆がやり返してくれたの。これでお相子なんだから、彼を罰しないであげてね?」


「はぁ!?姫君の顔に傷つけておいてお咎めなしにしろって!?ふざけるな!ってかすみません先輩、俺のせいで……!」


 怒って私からキャロルちゃんを引き離したエドガーの剣幕に、彼女は何故か朗らかに笑う。


「なーんだ!それなら大丈夫よ!これくらいの怪我なら私が治してあげるから!!」


 右頬に触れる彼女の手に魔力が籠る気配を感じて、その手首をやんわりと押し返す。


「いいえ、お気持ちだけで充分ですわ。自分で治せますし、この程度であれば自然に治るのを待っても対して支障はないかと」


「遠慮しなくていいのに……。安心して?私、実は聖霊王さまの御遣いだって言う女の子と黒猫さんとお友達になったの!これからは彼女達が聖霊王さまからの神託を私に伝えてくれると言っていたし、あの子も私のお祈りで元気になったでしょ?きっとフローラちゃんの巫女の力より私の聖女の力の方が強いから、フローラちゃんも私に頼って良いのよ?」


 悠々と語られるキャロルちゃんの主張にただ微笑み、背筋を伸ばす。


「力の優劣の問題ではございません。強大な力と言うのは周囲に多大な影響を与えるのが必至。故に、使い所を見極めなくてはならないと言っているのです」


 『故に、治療は結構です』と静かに言い切れば、キャロルちゃんの黄金色の瞳が見る間に涙でいっぱいになった。


「せっかく差し伸べた手を振り払われるなんて悲しいわ……!もう知らない!」


「……っ!キャロル様!お待ちください!」


 飛び出したキャロルちゃんを追いかけて去っていき、最後にアーシャさんだけが振り返り『お騒がせしました』とお辞儀して、扉が閉まる。ようやく戻った静寂の中、まだ鈍く痛む頬に触れた。



   ~Ep.144 本旨を間違う事無かれ~


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