Ep.112 妖精の悪戯

「よっしゃ、俺上がりー」


「えーっまた1抜け!?ライトさっきから強すぎるよーっ!」


「文句言うな、勝負は弱肉強食だ。運も実力の内!」


「……ふん、脳筋だから野生の勘が鋭いだけでしょ」


「なんだと!?負け惜しみなら一度でも俺に勝ってから言え!」


「良いだろう、もうひと勝負だ!」


 はい、引続き息抜きという体での空中庭園のお茶会継続中です。後ろで皆さん何やら盛り上がってますが、私はゲームで楽しくわいわいする気にはなりません……!


「あぁぁぁ、婚約が……破滅フラグが……ミストラルの国家転覆が……!」


 テーブルに突っ伏してうだる私の呟きに、追加のひと勝負を終わらせた三人は顔を見合わせてやれやれと息をついた。


「この期に及んでまだぐちぐち言ってんのかあいつは……」


「放っておきなよ。今さら逃げ道はないんだし、しばらくすれば受け入れるでしょ」


「あはは……、無自覚に拗らせた男の初恋は恐いなー……」


「……?何か言ったか?」


「ううん、別にー」


 怪訝そうに眉をひそめたライトからクォーツが白々しく視線を外したその先でガラス張りの扉が盛大に開いた。飛び込んできたのはガラスのティーポッドを持った学院長だ。


「どうだ、市街から取り寄せた庶民のカードゲームは!中々奥が深かろう?どれワシもひと勝負……」


「「「学院長と[俺/僕]達じゃ勝負になりませんよ」」」


「……ぴえん」


 学院長、撃沈。

 コント顔負けの三人揃った突っ込みにクスっとしたら、ちょっと元気が出てきたかも。


(まぁもう各国でも学院でも正式に発表する手筈で進んじゃってるらしいし、今さらじたばたしても仕方ないよねー……)


 それに、さっきは突然の事でパニクったけど冷静に考えればこれだけ長い付き合いの“現実いま”の皆がゲームみたいに私を断罪して身分を剥奪したりするとは思えないしね。杞憂杞憂。


「しっかしまぁ、学院長も息抜きだなんだって茶誘ったり遊戯かき集めてる間があるならいい加減生徒会の人手不足の方どうにかしてくれないもんですかね」


 またもババ抜きで1抜けしたライトがカードを切りながらため息混じりに呟く。その顔色は、やっぱり相変わらず良くない。


「そうだよねぇ、なんせ前は15人でこなしてた業務を今は僕ら5人だけで回してるわけだから当然皆手一杯にはなるよね。ライトも本調子じゃなさそうだし……まだ具合悪い?」


「いや、明確な体調不良があるわけじゃねーんだけど、どうしても夢見が悪くてな……」


「ふっ、悪夢にうなされてろくに眠れないだなんて子供だね」


「いや、悪夢っつーか……」


 普段なら速攻買っているフライの売り言葉もスルーして悩ましげに前髪をかき上げるライトに、皆意外そうに顔を見合わせた。


「夢の中で何かとても大切な物をなくした気がするのに、毎回起きると夢の内容を欠片も覚えてないんだ。だから、“何”を失ったのかもわからねーし、スッキリしねぇと言うかなんと言うか……」


「……ストレスのせいで昔の辛かった記憶を夢に見てるとかじゃなくて?」


 クォーツに問われ、『そう言う感覚じゃないんだよな』と頭をかくライトから視線を逸らし、私も学院長を見上げた。


「ライトの悪夢の原因が何であれ、彼に今すごく負担がかかっているのは確かだと思うんです。人員補充の件、どうにかなりませんか?」


 そう問いかけた瞬間、学院長があからさまに渋い顔になった。色好い返答は期待出来なさそうだ。


「その件じゃが……君達に多大な負担をかけて申し訳ないとは思っている。しかし、現状の中等科には適合者がおらず難航しているのが現実じゃ」


 そうだよね……。元々生徒会自体かなり細かい条件を満たさないと選ばれない組織な訳だし、適合してた生徒が軒並み退学になってしまった現在の中等科からまた新しい役員を探すのは無理があるのかも。


「来年になればルビー・アースランド皇女を始め優秀な新入生から数名新たに加入させたいが、今年中の補充は難しいと思って欲しい。一応、特待生枠の一般市民から魔力持ちの優秀な人材を探してはいるのだが」


「……っ!待て、フローラに散々危害を加えたマリン・クロスフィードはまさにその特待生枠で学院に入った生徒だったでしょう。まさかまだその制度を続けるつもりですか!?」


「ライト皇子の主張も最もだが、近年と言う常識は失われつつある。市街に膨大な魔力を持つ子が生まれるケースも増えてきている今、その人材を教育する環境をいち早く整えることは重要な課題だ。強い能力を持つ彼等を野放しにして、妙な危険思想を植え付けられた暁には、国家への反乱因子になりかねん」


 『どうかわかって欲しい』と、学院長直々に深く頭を下げられてしまってはもう私たちからは何も言えなかった。


「はぁぁ……、つまり結局当分は今のまま五人で頑張るしかないって訳ね」


「その話じゃが、とりあえず人員が補充されるまでは人手を増やすのではなく、極力君達の仕事を減らしていくようワシらも尽力していこうと思う。これから、学内とは別の仕事も増える事だしな」


「別のお仕事、ですか?」


「左様。魔法省から、への依頼じゃ。ここ数ヶ月、各国で出現し始めている“魔の力を持つ獣”を討伐、もしくは浄化して欲しいと」


「……っ!」


 差し出された書状の依頼はつまり、の退治だ……!この世界には本来、“存在していなかった”筈の生物。


「“魔物”は本来、建国神話にて登場する四人の英雄の施した封印によりこの大地にはもう現れぬ筈。だからこそ一般常識的には『魔物は空想上の生物』とされてきた。しかし、実際にはそうではない。微力ながら、魔の力を持つ獣達は今までも時折誕生していたのだ」


 テーブルの上で指を組み、神妙な面持ちで学院長が語る事実に目を見開いた。そんな話、全然知らなかったから。


「今までは出現自体が希で魔物の力も弱かったことから、アクアマリン教会の司祭と魔法省の魔導師達が秘密裏に討伐し闇に葬ってきた。しかし、現在の魔物達は今までの者とはまるで違う。とてもこれまでのやり方では間に合わない」


 そう言って、学院長が私の前まで来ておもむろに膝をついた。


「救世の力を持つ聖霊の巫女よ、どうか力を貸して頂きたい」


「……っ!もちろんです、私の力で良ろしければ」


 差し出された手を取って頷くと、学院長が穏やかに微笑んだ。


「ありがとう。 巫女自身には攻撃力こそ無いが、その癒しと浄化の力が必ず必要になると信じている。魔物の討伐の際には、魔法省よりジェラルド殿を筆頭にした高位魔導師が数名、学院側からは、ライト皇子、フライ皇子、クォーツ皇子の三名に同伴してもらうので安心して欲しい」


「えっ、皆も!?」


 バッとそっちを見れば、視線を合わせるなり三人ともしれっと片手を上げて笑った。さては知ってたな……!?何で私だけ蚊帳の外なの!?


(まぁ、でも私には戦闘力は0な訳だし、皆が来てくれるなら頼もしいな……)


 不満が三割、安心が七割の気持ちでふぅと息をつく。何にせよ、これから忙しくなりそうだ。




「ん?フライ、どうしたんだ?ぼーっと空眺めて」


 話が一段落した所で、ふとライトがフライの視線が窓の先から動かないことに気づいた。見上げた先から目は逸らさないまま、フライが口元に手を添える。


「……いや、結局フローラに攻撃力が一切無いと言うなら、あの時計台は誰が消滅させたのかと思ってね」


「ーっ!?あ、いや、それは……!」


「「「ぼくらがやったんだよーっ」」」


「~っ、出てきちゃ駄目!!」


 フライの指摘に応じて鞄から出てこようとした妖精達を押し戻す。いや、皆には見えないし聞こえない筈なんだけど一応、ね?


 まさかバレてないよねと咄嗟に顔を上げたらばっちりライトと目があっちゃったけど、数秒しないでスッと逸らされた。せ、セーフ……!でも、どう言い訳しよう……!


「あぁ……あれはきっと、妖精フェアリー悪戯トリックかも知れんなぁ」


 冷や汗をかく私に気づいているのか居ないのか、至極当たり前みたいにそうこぼしたのは学院長だった。


「『妖精の悪戯』?何それ、初耳ですよ」


「若者には馴染みがないかもしれんが、古より時折あるんじゃよ。妖精に愛された者が、死に直面するような場面で不可思議な現象に命を救われたり、行方知れずになった幼子が数年後に無傷のまま帰って来たり、ずっと昔に亡くなった人間の持ち物がまるで時が止まったかのように美しい状態で子孫や縁深い者の手元に戻ったり……等。そんな不思議で幸せな出来事を、この大陸では昔から”妖精の悪戯“と呼ぶんじゃよ」


「へぇ、夢のある話だね。今度ルビーにも教えたげようかな」


「はっは、好きにするといい。まぁつまり、フローラ皇女は妖精達に愛されているのかもしれんと言う話じゃ」


 学院長がそう言った途端鞄から飛び出した妖精達みんなに『ひめさまだいすきー!』なんて言われたらちょっと照れちゃうじゃないですか。でも嬉しいし上手く誤魔化せたみたいだから……まぁいっか!


「ふぅん……妖精ね。なるほど、道理で」


 って、せっかくスッキリ納得したんだらライトも含みがある視線でこっち見るの止めてーっ!

 このようせい達の姿、本当に私以外には見えてないんだよ……ね?












ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

「うー、困ったなぁ。いきなり婚約だなんて……!」


「まぁ!学院全ての女生徒が憧れるお三方との婚約ですもの、どうせならご堪能されればよいではないですか!」


「そうよ、フローラは難しく考えすぎなんだわ」


 ながーい一日が終わってやっと帰ってきた女子寮の自室にて、ベッドに突っ伏した私の愚痴は瞳を輝かせたミリアちゃんと白けた表情のレインに一蹴された。悲しい。


「だってだって、色々急すぎるんだもん!そもそも婚約者って一体どんなことしたら良いの!?」


 バッと飛び起きてミリアちゃんに熱視線を送る。なんせ彼女は自分の婚約者キール君と相思相愛だからね!色々教えてください、先生!


「えっ!?そ、そうですね。特に決められたルールがあるわけでは有りませんが、定期的に顔を合わせてお茶をしたりお食事をしたり……」


 うんうん。


「互いの誕生日にはもちろん贈り物をしますし、渡す際に二人で外出をしても良いですね」


 ふむふむ。


「一番の違いは夜会でしょうか……。婚約者が居る場合は、毎回始まりから終わりまでその方にエスコートして頂けるので精神的にずっと楽になるかと思いますわ」


 ほおほお、なるほどねー……って、あれ?


「なんか、今までと全然変わらないな……?」


「そうよねぇ、今までも学内でも長期休み中でも一週間に一度は誘われて一緒にお食事していたし、お誕生日には互いの国での夜会にも毎年参加していたし、夜会のエスコートも当然のように迎えに来て頂いていたものね。寧ろこの環境で今まで正式に婚約して居なかったことが不思議だわ」


 レインのその指摘がガンっと頭を打つ。


「ま、まあまあレイン様。男女の仲など何がどうきっかけになって変動するかわからないものなのですから。私だってキールと婚約者となって長いですが、口づけすらしておりませんでしたし……」


「「ーっ!?」」


 苦笑いのミリアちゃんの一言に、レインとバッと顔を見合わせる。数秒して、ミリアちゃんもハッとして顔を真っ赤にさせた。


「ちっ、違うんです、今のは……!」


「いや、ミリアちゃんさっき『つい先日まで』って言ったよね!ってことはキスしたの!?いつ?どんな場面で!?」


「ちょっとフローラ、矢継ぎ早に聞いては可哀想よ。順を追って、じっくり聞かせて貰いましょう?」


「かっ、勘弁してくださーいっ!」


 真っ赤になった顔をお盆で隠しながらミリアちゃんが走り出す。あーあ、逃げられちゃった。


「……でも、今回皆様がフローラ様とのご婚約を手放しに受け入れられたのは、何より魔物討伐の件があったからかと思いますよ」


「え?」


 扉を少しだけ開けたミリアちゃんが、ふと足を止めて振り向いた。さっきまでの恋する乙女じゃなく、酷く穏やかな優しい笑顔で。


「“魔物”の力は未知数で、フローラ様の身にどんな危険が降り注ぐかわかりません。ですが彼等は各国の皇子。如何に仲が良くても、ただのの為に危険が伴う場へ赴くなど、決して許されない」


「あっ……だから……!」


「えぇ。だからになられたのではないでしょうか。貴女様の身に降りかかる災いを、払う剣となる為に」


 その言葉に、声を失った。どうしよう、そんな事考えもつかなかった……!

 青ざめた私を見て、レインとミリアちゃんがクスッと笑う。


「しっかりしなさい!それだけ皆、貴女が好きって事だわ。もちろん私達もね」


「そうですよ!殿下方ばかりにいい顔はさせません。私共だって、フローラ様になら地の果てだろうが異世界だろうがどこまででもお供致しますわ!貴女に救われた命なのですから」


「……っ!うん……!二人ともありがとう!」


「「きゃっ!」」


 滲んだ涙を見られないよう、二人に抱きついてぎゅーっとしがみつく。仲間達のその言葉だけで、どんな破滅フラグも運命も、なんて事なくなるような気がした。


 と、言うことで。


「じゃあ、改めてミリアちゃんとキール君のファーストキスの話を聞こうかな!」


「ーっ!?」


 そう言った瞬間ミリアちゃんがビクッと動くけど、もうしっかり抱きついちゃったからね!逃がしませんよー!


 この後、恋バナ(私とレインは聞き専)で大いに盛り上がり、最終的にハイネにみっっちり叱られたのでした。







 ーー……それからは、学院の授業に国の政治に、巫女としての遠征に魔物の討伐にと、乙女ゲームの運命シナリオも、最近感じていた謎の視線も、捕まった後護送中に行方知らずになったと言うマリンちゃんの所在すら気にする間もない位に忙しなく日々は過ぎ。

 気がつけば私達は、中学二年生になろうとしていた。


    ~Ep.112 妖精フェアリー悪戯トリック


   『時の流れは移り行けども、変わらぬ絆がここにある』



 

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