Ep.107 『心配だから』

 前略、なんやかんやあって暴走した妖精ちゃん達の魔法で、近々解体予定だった時計台が跡形もなく消し飛びました。


「なんて呑気に脳内ナレーションしてる場合じゃないよ!どうしよぉぉぉぉぉっ!」


 校舎よりも背が高かった時計台が消えて見晴らしがよくなった空を見上げながら、涙目であっちにウロウロこっちにウロウロ。しらばっくれる訳にはいかないし事情を説明して学院長先生に謝るべきなんだろうけど……!


「わるものたいさーん!」


「やっつけたー!」


「「わーいわーい!!」」


「ーー……」


 どう説明しろと?と、あまりに可愛すぎる妖精達に逆に真顔になった。こんっっっなお人形さんみたいな手の平サイズの妖精達が時計台を一瞬で消し飛ばしたなんて誰も信じないよ!第一この子達の姿は私以外の人間には見えないんだし、あぁぁぁぁ、えらいこっちゃ……!


「はぁ、もうしょーがないなぁ!」


「ぐえっ!」


「ひゃっ!ちょっとブラン、どこ行くの!?」


「どう対応するにしても現場がどうなってるかわからなきゃどうしようもないでしょ?空から運んであげるから、どうなってるか見に行くよ!」


「……っ!うん、ありがとう!!」


 ブランに背中を支えて貰い、思い切り青空に飛び上がる。飛び立つ瞬間何か踏んづけたような……気のせい?











「どう?見える?」


「魔力の名残の土煙のせいでよく見えないかも……。もう少し降りれる?」


「了解、任せて!」


 くるんと空中で旋回したブランに抱えられたまま、時計台のあった場所の地面近くを低空飛行していく。


「(巨大な建物が壊れたのに瓦礫のひとつもない……妖精達の力のせい?)……っ!」


「フローラ、どうしたの?」


「……っ、何、あれ……!」


 ブランの問いかけにも答えずに、見つけたそれに言葉を失う。

 本来時計台があった場所の真下。ただの地面である筈のそこが大きく抉れて空洞になっていたのだ。

 小さめのホール位の広さの底に淡く輝く魔方陣も見える。ブランにギリギリの低さまで降ろして貰って手を伸ばすと、丁度地面との境目辺りで静電気みたくバチッと指先が弾かれてしまった。多分、結界だ。


「学院の敷地内にこんな物があるなんて聞いたことないわ……。一体何の為の物なの……?」


「フローラ、あの魔方陣の紋章は……ーっ!!」


 ブランが何かを言いかけた直後、がさりと背後の茂みが揺れた。あれだけ派手に建物が消し飛んだんだ。見ていた誰かが来たのだろうとブランを抱き締めて身構える。


 不安でぎゅっと抱き合う私とブラン。どうしよう、先生かな?それとも生徒?万が一、また悪い人だったらどうしよう……。そんな考えがぐるぐる回る中、茂みを勢いよく掻き分けて飛び出してきたのは何とも見慣れた金髪だった。

 安心したやら拍子抜けしたやらで、パチパチと目を瞬く。


「ライト!?何でここに……!」


「何でじゃないだろ……!休日の朝っぱらからまた一体何をやらかしたんだお前はぁぁぁぁぁぁっ!!!」


「ごっ、ごめんなさぁぁぁぁいっ!!!」


 肩を震わせたライトの怒号が閑静な朝の森に響く。

 この後、めちゃくちゃ叱られた。







 で、それから一時間後。


「ねー、なんかここに来る途中で花壇に頭突っ込んで背中に足跡ついたチャールズ先輩拾ったんだけど何事ー?」


「やっと見つけた。全く、下見だとか言って休みに人を呼びつけておいて自分は居ないなんてどういう了見……って、フローラ?どうしたの?そんなに気落ちして」


 おライトさんにみっっっちり叱られしゅんとしていたら、寮側の道から制服姿のクォーツとフライまでやって来た。話を聞くに、生徒会の幹部として時計台解体の当日より前に三人で下見に来たみたいだ。


 落ち込む私に気づいて駆け寄ってきたフライの手が、慰めるように背中をさすってくれる。クォーツは縛り上げたチャールズ先輩をライトに『いらないからあげる』と突き出して『俺もいらない』と返されていた。

 コントみたいなやり取りについ吹き出しちゃった私に、三人の眼差しが一斉に集まる。


「「「で、結局何があった[んだ/の]?」」」


「え、えーと、実はね……」


 声を揃えて問いかけられ、観念して事情を話すことにした。




 流石に時計台を壊した(消した?)のが妖精だとは言えないのでそこだけは簿かしつつ、今朝から現在までの経緯、最近のチャールズ先輩のストーカー紛いな求婚の事、ついでに謎のシャッター音と視線の事を説明し終えると、三人の表情が険しくなった。最近は忙しくて学院では生徒会室でしか会えてなかったし、私の置かれた状況がここまでとは思ってなかったらしい。


 ため息をついたライトが額に手を当てて天を仰ぐ。


「まぁ事情はわかった。その馬鹿チャールズの対処と時計台消失の件についてはまぁ学院からの沙汰を待つとして……お前は今後、その求婚問題の対策が決まるまで一人で出歩くの禁止!!!女子しか居られない場所はレイン、寮内はハイネ、他の場所に出歩く時は俺かフライかクォーツを呼ぶこと!わかったな!」


「はいっ、肝に命じます!」


「全くだね……。散々君の良さも知らず好き放題見下していた輩が手の平を返して求婚なんて白々しい。やはり手段は選んで居られないね。その件については、僕が対応するよ。いいね?」


「うっ……!は、はい、お願いします……」


「僕たちも周りの反応への読みが甘かったよ。花壇なら僕がはじめから一緒に行けばよかったね、ごめんね怖い思いさせちゃって」


「ううん!皆は悪くないよ。寧ろ、迷惑かけちゃってごめんなさい」


 それぞれからの言葉を受け止めてペコリと頭を下げると、三人は顔を見合わせてからやれやれと肩をすくめた。


「全くお前は、俺らが迷惑だから怒ってると本気で思ってたのか?」


「本当に馬鹿だな。そんな訳ないでしょ」


「そうだよ、皆ただ心配なんだ。僕たちは、君の事が大好きなんだから」


「……っ!!」


 クォーツの最後の言葉がじんと胸に染みる。少し熱くなった目頭を誤魔化すように少し目を擦ってから、微笑んだ。


「うん、ありがとう!私も皆の事、大好きです!」


「ばっ、大好きってお前……っ!」


「クォーツ……、然り気無く一番良い立ち位置で抜け駆けするの止めてくれないかな。不愉快なんだけど……!」


「ふっ、僕もフローラも“友達として”言っただけでしょ。何動揺してるの?」


「「動揺なんてしてない!!」」


 からかうようなクォーツに声を揃えて怒鳴るライトとフライに、何を怒ってるんだろうと首を傾げた。


「まぁフライはともかくさ……、ライト、本当に自分の気持ち自覚してない訳?」


「何の話だよ」


「いや、だからフローラの事さ、そこまで気になるって何でかなとか自分で思わない?」


「はぁ?そりゃ危ない時は助けるだろ。友達なんだから。あいつ可愛い顔してるのに隙だらけで危なっかしいからなぁ、おちおち目も離せやしない」


「うわぁ、本気かこの人……鈍いの粋超えてるんだけど」


(何話してるんだろ、全然聞こえないや)


 そのまま逃げるように歩き出した二人をクォーツまで追いかける姿を見ながら、ハッと大事なことを思い出す。


「あっ、待って!皆にも確認してほしい場所が……!」


 慌ててそう呼び止めると、三者三様のリアクションで三人が振り向いた。


「はぁ……、今度はどうした?」


「重要なことなら、僕らだけでなく大人も踏まえて確認すべきじゃないかな」


「時計台が消えてるだけで十分異常だけどね。で、どうしたの?」


「あのね、時計台があった場所の地面の下に結界が張られてたの!ね、ブラン」


「うん、僕も見た!」


 顔色を変えた三人が目を見合わせてから、時計台の跡地に駆け戻る。だけど……


「なんだよ、何もないじゃないか」


「えっ!?」


 ライトが地面を軽く蹴って、『空洞すら無さそうだぞ』と呟く。私も行ってみると、さっきまで空洞化していたそこはただの大地になっていた。


 驚いて膝をついて、両手を地面につく。


「そんな、さっきは確かに……っ」


「とにかく落ち着こう?僕らだけじゃどうにもならないしフローラも疲れてるでしょ、一旦休まなきゃ。ほら、立てる?」


 正面に屈んで差し出されたクォーツの手を掴んで、立ち上がらせてもらう。


「あれ?フローラ、手熱くない?」


「言われてみれば……。ここに近づいてからなんだか指輪の石が熱いような……」


 指に光る聖霊女王タイターニアの指輪を見てみる。なんだかいつもより、赤い石の辺りが熱を持っているような気がした。なんでだろ?


「そりゃずっと炎天下の外で駄弁ってれば身体も指輪も熱くなるさ。ほら、具合悪くなる前に室内戻ろう、ぜ……」


「ーっ!ライト!?どうしたの?ちょっと!」


 突然聞こえたフライの焦り声に振り返った私達が目にしたのは、突然意識を失い崩れ落ちるライトの姿だった。


    ~Ep.107 『心配だから』~


  『その怒りは、愛情の裏返し』


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