Ep.74 地味に困るんです
ダイエットを止めたお陰で、あの温水プールで溺れた日以降は読書にスポーツ、音楽に食欲と十分に秋を楽しんだ。ライトに魔力の練習も兼ねてとグラウンドに連れ出してもらったり、ルビーとレインが寮の裏の紅葉が綺麗だからそれを見ながら読書しようよって誘いに来てくれたり、テル先生から綺麗な音符柄の便箋で『たまにはレッスンなしでゆっくりお茶でも』とお誘いをいただいて、フライと二人でお茶をいただきながら先生の素敵な演奏を聴いたり、クォーツからいっぱい拾ったからとクルミや栗をたくさん貰ったり。
そんな堪能した秋が終われば、あっという間に冬がやってくる。のは、別にいいんだけど。それとは別に、私には最近ちょっと困ったことがある。
「あぁ、まただ……!」
私は寮の自室で、宿題の為にペンケースから取り出した新品の消しゴムを見て項垂れた。今朝開封したばっかりのはずの消しゴムの四つ角がいつの間にか全部使われて、見事なカーブになっていれば誰だって嫌でしょう。消しゴムの角大事!これじゃせっかくの新品なのに細かいとこ消せないじゃない、全くもーっ!
「なに?またやられたの、その地味ーな嫌がらせ」
どかっと乱暴に椅子に座った私を見て、ブランがやれやれと言った感じで聞いてくる。
そう、『また』なのだ。実は夏休み明け以降からずっと、私はこの手の地味すぎるが意外と困る嫌がらせに苛まされていたんだけど、最近特に頻度がひどい。前は週に一回あるか無いかだったのが、今は二日に一回の割合でやられている。
それも、今みたいに勝手に消しゴムの角使われるとか、シャーペンの芯入れる部分のキャップだけ全部取ってくとか、帰るときに靴が下駄箱から消えてて近くの棚の一番高いところに乗ってたりとか、本当に地味なのばっか!
どうにもフライと一緒に居た日に限ってやられるからファンの子達のヤキモチかなと思ってちょっと探ってみたけど、特に怪しい動きの女の子は引っ掛からなかったし。探っても探っても証拠は見事なまでに出てこないし、嫌がらせの内容が地味過ぎてなかなか人には相談出来ないしでもうお手上げである。
ため息をついた私を見上げて、ブランがふわふわの体で腕にすり寄ってきた。
「大丈夫?」
「うん、大丈夫。もう少しすれば冬休みだしね。そしたら変なことも起こらなくなるでしょ」
心配してくれるブランを撫でながらそう答えて、壁にかけられた新品のドレスを見る。冬休みに入る前日にあるクリスマスパーティー用にお父様とお母様が贈ってくれたドレスだ。夜会の時くらい、何事もないといいなぁ……。
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そんな訳で、やって来ました夜会の日。今回は冬場で寒いのでテラスとかは解放されてないけど、変わりに夏場のパーティーより更に会場が豪華だ。
ワルツを踊り終えるなり、一曲目を踊ったライトも二曲目を踊ったクォーツも獲物を見つけた肉食獣の目をした女の子達に拐われていってしまったので、ざわつく場内をノンアルコールカクテル片手にひとりでブラブラ。きらびやかな会場とテーブルに並ぶご馳走にテンションも上がる。何から食べようかな~とウキウキしてたら、ばったりフライと出くわした。1メートルくらい離れてついてくる、大量のファンのお嬢様方の視線が痛い。あれは、フライが知り合いと一曲目を踊り終わるタイミングを狙ってるんだろうな……。
「ごきげんよう、フローラ。……本当にその髪型にしたんだ?」
「うん!どうかな、似合う?」
彼女達には聞かれないよう小声でだけど、フライが私の髪型を指摘した。
今日の私の髪型は、前に雨の日にフライが悪戯で私の髪をいじった際にしてきた編み込みヘアだ。今日の為にやり方を習っておいたその髪を見せてニコニコしながら聞く私に、フライも小さく微笑む。
「あぁ、悪くないね」
「えぇ、そこはもうちょっと他の言い方をしてほしいなぁ……」
全てにおいてド直球なライトや、ゆるふわ天然で意外と恥ずかしいことをさらっと言うクォーツみたいなストレートな褒め方をしてくれとは言わないけど、似合ってるか似合ってないかくらいは答えてほしいのが乙女心である。まぁ、今誉めてもらっちゃったらそれはそれであのフライファンの子達に何されるかわからないから、仕方ないんだけどね。
ちょっと拗ねた私に苦笑いしつつ、フライが片手を差し出した。同時に、壁に控えていたオーケストラによる三曲目のワルツが始まる。ダンスタイムだ。
「ライトとクォーツとはもう踊ったんだろう?僕の相手もして頂けるかな?」
「えぇ、もちろん」
差し出されたフライの手に自分の手を重ねる。ダンスホールに出るとファンの子達だけじゃなく周りのご令嬢達のギラギラした眼差しも一斉にこちらに向いたから、多分フライもこの一曲が躍り終わったらさっきのライトやクォーツみたいに、聖夜に託つけて勢いづいたお嬢様たちに浚われて行くんだろうな、可哀想に……と苦笑いが漏れた。
(あれ……?)
と、フライのリードで楽しく踊っていた視界に不意に入ってきた暗緑色の髪と青髪に首を傾げた。なんとマリンちゃんが、あのキール君と踊っていたのだ。この世界のルールでは、婚約者が居る人も一回だけなら他の異性と踊って大丈夫だからそれ自体は別に何の問題もないけれど。
(あれだけ“攻略対象”の面子にしか興味無さそうだったのに、変だな……)
「……僕と踊っている最中なのに、他の男に目移りかい?傷つくなぁ」
私が上の空なことに気づいたフライに指摘されてハッとなる。でも、慌てて謝ろうとした私を見つめるフライの肩が笑いを堪える時の感じであからさまに震えてることに気づいてイラっと来たので、曲が終わる寸前によろけたフリをして余裕綽々な皇子様の足の甲を踏んづけておいた。ふふん、毎度からかわれっぱなしだと思ったら大間違いなんだから!
地味に痛みを堪えるフライにちょっとやり過ぎたかなと反省してる間に、キール君とマリンちゃんは居なくなっていた。
ダンスの後、肉食獣……ならぬファンのお嬢様方のお誘いを『足を痛めてしまってね』の一点張りでかわしたフライは私に視線で『君が足を踏んだのだから、当然介抱してくれるね?』と圧をかけてきた。圧力に屈してフライと二人で休憩室に入るなり、フライがさっき私が踏んづけた方の足を擦りながらぼやく。
「全く、ピンヒールで思いっきり踏みつけるかな、普通……」
「ごめんね、でもフライが心にもないこと言ってからかうのがいけないのよ?貴方のその容姿であんなヤキモチ妬いてるみたいな言い方したら、普通の女の子は期待しちゃうんだからね!どうせ私のことなんか意識もしてないくせに」
「はいはい、まぁ確かにそこに関しては僕が悪かったよ。生憎、僕もライト程じゃないけど“恋愛”なんて不確定な感情には振り回されたくない質なんでね。たった一人の他人に心を奪われて正気じゃなくなるなんて、冗談じゃない」
「まぁ、フライは理知的だから確かにあんまベタ惚れにはならないかもだけど、恋ってそんな味気ないもんじゃないのよ!」
私のその発言を、フライはふっと鼻で笑った。うわぁ、可愛くない!とむくれつつも、さっき頂いてきた飲み物のカップをフライに渡す。フライのカップはブラックコーヒー、私はロイヤルミルクティーだ。苦そうな真っ黒い液体は、正直美味しそうだとは思えない。
「よくブラックなんて飲めるよねぇ、苦くない?」
「甘い物を多く口にする場所では、この苦味が口直しにいいんだよ。そっちこそ、よく甘い飲み物と一緒に甘い物を食べられるよね。ライトと言い君と言い、全くお子さま舌なんだから」
「いっ、いいじゃない、好きなんだから!」
それにまだ中学生だし!ブラックコーヒー飲めなくても困らないもんと言い訳しつつ、冷めて丁度いい温度になったミルクティーを一気に飲み干す。
「ほらまた、そんな一気に飲んだら……、フローラ?」
「……っ、ゴホッ!」
「ーっ!フローラ!!」
でも、舌に感じた違和感に息が詰まって喉元を押さえる。咳き込んだ私の異変に気づいて立ち上がったフライに支えて貰った私の指先から床に落ちたカップが、赤い絨毯にシミを作った。
~Ep.74 地味に困るんです~
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