Ep.72 それは、誰もが知る些細なおとぎ話《後編》

「今の四大国が出来る、遥か昔。この大陸はひとつの大きな国だった」


 学院長の穏やかな声は、まるで小説の一説のようにすっと頭のなかに入ってくる。気づけば相槌すらおざなりにして、すっかり聞き入っていた。




 遠い遠い昔の話。当時、魔力を一切持たない無力な人間達が暮らしていた名もなかったこの大陸には、魔法がない代わりに人々の願いを叶えてくれる“聖霊”の加護があったという。人々は呼び出した聖霊から生きる術をもらい、聖霊は人々からの崇拝と、感謝として与えられる対価を受け取り聖霊の世界に帰っていく。互いにWin-Winの対等な関係。それはある年、突如として終わりを迎えることとなる。

 万能とされ神に近しい能力を持つ種族だったからこそ、聖霊達には犯してはいけない禁忌がいくつか存在した。

 しかしある年、年若い女性に呼び出された一人の聖霊の男は、その女性に恋をしてしまう。そして、その女性の願いを叶える為にその触れてはならない禁忌を犯してしまった。これが悲劇の、始まりだった。


「その“禁忌”って、一体なんだったんですか?」


「そこまではわからん。だが、重要なのは禁忌の内容でなく、それを犯してしまった結果だ」


 私情の為に世界の禁忌に触れた結果、その聖霊の男の身は闇に呑まれてしまい、いずれ我を見失い人々を傷つけ世界を汚す厄災となっていく。これが世界の一番最初の“魔族”の誕生であった。


「その魔族の男は人々の欲を利用し仲間を増やし、罪なき獣を闇に染め魔物に変えていった。大陸には見る間に魔物が増えたが、当時の人間は魔力など持っていない。つまり、魔物と戦う術はなかったのだ。そこで当時の聖霊達の王は、人間の中でも特に心根が清らかな4人を選び、一人にひとつずつ、自分が持つ力を分け与えた」


 一人目には、どんな邪悪も焼き払い闇を照らす炎の力を。二人目には、人々にまとわりつく欲や穢れを吹き飛ばす風の力を。三人目には、仲間たちが行く道を造り出す為の大地の力を。そして、4人目にはどんな穢れも洗い流し浄化する、水の力を。


「そして彼等は長い戦いの末、聖なる力で満ちたある島で遂に魔族の男を聖霊達の世界へと封印した。結果的にその代償として人間界に聖霊達も来ることが出来なくはなってしまったが、同時に大陸に魔物は現れなくなったと言うわけだ」


 なるほど、だからさっき『今となっては』魔物も居ないって、含みがある言い方をしてたのね。


「そんな話、全然知りませんでした……」


「無理もない。聖霊の強大な力を求める者達による新たな争いが起きぬよう、各国の王族は、この史実を秘匿とし、四つの英雄の道具の内唯一残った“聖霊の巫女の指輪”の管理をフローレンス教会に任せたと言うわけじゃ」


「ほかの3つは今でも見つかってないんですか?」


「あぁ、残念ながら手がかりも何もなく、どんな道具だったのかすらわからない。持ち主であった4人の英雄は戦いの終焉と共に亡くなってしまったそうだから、彼らの容姿などの特徴についても情報はほとんど残っていないしな」


 その辺りはマリンちゃんが聖霊の巫女のに覚醒した辺りのシナリオでちらっと出てきた。血縁が途絶えてしまっていたからこそ、指輪は新たな主を求めてヒロインを選んだのだと。


「しかし、聖霊に選ばれた英雄達を異様に崇拝しているアクアマリン教会の者たちは血の繋がりにこだわりが強く、矜持も凄まじくてなぁ……。かつては巫女の指輪を寄越せと何度かフローレンス教会に戦いを仕掛けてきたこともあったそうだ。結果として苦肉の策でフローレンス教会が特殊な水晶に指輪を封じ込めてからは指輪の略奪はあきらめたようだが。代わりに近年では、この世に居ない筈の聖霊の巫女の子孫を諦めきれずに探して、僅かにでも魔力を持つ子供をかき集めていると言う噂まである」


「え……、巫女様がどんな人だったのか手がかりもないのにですか?特徴、わからないんでしょう?」


「……いや、実際には手がかりはひとつだけあるのじゃよ。と言ってもただの口伝なので信憑性は薄いが……」


 そこで意味深に言葉を切った学院長が、憂いを帯びた表情で金色に煌めく私の髪を掬った。


「一説によると、聖霊の巫女は太陽の様に煌めく金色の髪をしていたそうじゃ。古来より金髪は聖霊しか持たず、人間ではあり得ない髪色だとされてきたこの大陸で、金の髪は非常に稀有だ。実際、現在金色の髪を持つのは貴女の国ミストラルと、ライト皇子の国フェニックスのみ。そう考えると、もしかしたらこの二つの王族のどちらかは救国の英雄たる巫女の血を継いでいるのやも知れん」


 そこまで話すと、学院長は私の髪から手を離して小さく舌を出して『なんてな』と笑った。


「まぁ髪色なぞ見ようによってはどうとでも表現の誤魔化しが効くので本当に巫女が金髪だったかは今となってはわからぬし、実際には聖霊の巫女達は十代の若さで亡くなったそうじゃから巫女の血族が今も生きているなどあり得ん話ではあるが。だがもしかしたらそうだったかもしれないと考えてみると、ロマンじゃなぁ」


「……っ!そっか、だからあの時の人たち、私とライトにこだわってたんだ……!」


「ん?どうかしたかね、顔色がよくないが……。やはり、食事が足りていないのではないか?」


「ーっ!い、いえ、大丈夫ですよ!それより、おとぎ話にまでなった聖女様の血を自分や友達が受け継いでいたら、確かにロマンチックですね」


 どうにか笑って同意をしたけれど、ダイエットの決意をまたヒビ割るような心配をされて、更に今更ながらに五年生の時のあの誘拐事件の原因がわかってしまった私は内心穏やかじゃない。彼らは私やライト個人が欲しかったんじゃない。何らかの理由で“聖霊の巫女の後継者”である、金髪の人間を探してたから私たちにあれほど執着してきたんだ。子供たちを拐おうとしたのもきっと、同じ理由だろう。

 でも、あの誘拐事件は色々な大人の事情で揉み消されて世間には知られてないから当然学院長はその話を知らない。“ロマンがある”なんて言ってる辺り悪意もなく話してくれたんだとわかるし。

 実際には私はただの悪役皇女で聖女でもなんでもないのだから、本来狙われる理由もないし、第一あの時の犯人は概ね捕まったんだから、心配することはないだろうと無理やり自分を納得させる。ダイエット仕様でお砂糖控えめのほろ苦いラテと一緒に、『本当に大丈夫なのか』と言う不安を一気に飲み込んだ。

 学院長が心配げに私を見てるけど、なんて話していいかわからないからあの事件については何も言えない。でも黙ってるのも感じ悪いしと、代わりにただ素直に感じたままの感想をぽつりと溢した。


「聖霊の巫女の癒しの力か……。自分の身を守るために戦える強さも大事ですけど、傷ついた大事な人達を元気にしてあげられるなら、私はそっちの力の方が好きです。もちろん、強くなる修行も頑張りますけどね!」


「ーっ!」


 そう言った私を見て、学院長が一瞬目を見開いた。急にどうしたのかしら?


「それにほら、私決してドジなわけじゃないんですけど、人よりちょっと運動神経が悪いみたいでよく転んで怪我しちゃうんで、そういうのパパッと治せちゃったらいいですよね!なんて。じゃあ私、この後ダイエットの為に温水プールいかなきゃなので失礼します!」


 結局今度は学院長先生が黙りこんじゃったので、軽く冗談めかして話を終わらせる。ガラス扉から出た後、最後に振り向いて手を振った私をみて学院長がなにか呟いてたけど、なんて言ってたかまでは聞き取れなかった。


「『自分の身を守るより、大切な人を助けたい』か……、やはり似ておるな……」


 


「あれ?それにしても、教会の人達が厳重に隠してる筈のお話を学院長先生は何で知ってたのかな……」










_________________

 秋先で外が寒くても、私が借りてるこのプールはお水じゃなく温水がはられているので温かい。貸しきりの広ーいプールのど真ん中にプカプカ浮かんで、ぼんやりする。


「……駄目だ、考えても頭まとまんないや。切り替えよう!」


 また襲われるのが不安なら、その分頑張って強くなればいい話だしね!と、私は気を紛らす為にも魔力の練習に打ち込むことにした。

 モヤモヤした気持ちを払うのも兼ねて、教科書に載っていた魔力応用を片っ端からがむしゃらに練習しまくる。周りがプールだから、水が跳ねるのも気兼ねしなくていい。調子にのって図書館で借りた魔力の参考書一冊分の練習を終えた頃には、三時間くらい時間が経っていた。でも、まだまだ練習し足りない。


「うーん、でもこれ以上応用の練習方法なんて……あ」


 そこでふと、さっき学院長から聞いた魔力の練習方法を思い出した。丁度良いから試しにやってみようと、プールの上に仰向けで浮かぶ。

 そして、水に浸かっている指先から、爪先から、じわじわと魔力を水に放出してみる。しばらくすると辺りの水温が少しずつ上がってきたような気がした。ちょっとぬるいかな位だったお水が、お風呂みたくポカポカしてくる。ポカポカ、ポカポカ……温かい。温かいのに変だな、なんか段々寒気がしてきたような……。


「あ、あれ……?」


 と、そこでまぶたも薄くしか開けられないくらいに、体に力が入らないことに気がついた。調子に乗って練習しすぎた、魔力切れだ……!早く上がらなきゃ!あぁ、でも上手く体が動かないや……。


 とぷんと体が水に沈んで、伸ばした手は何にも届かないまま虚しく水をかく。このままじゃ溺れると、パニックな頭の片隅にいるどこか冷静な自分が判断した。あーもう、私の馬鹿……!!って言うか、こんな魔力もショボいダメ悪役皇女が聖女様の血筋な訳ないよねぇ……。もし聖霊の巫女様の子孫が本当に居るなら、それは私じゃなくライトだと思う。なんて考えている間にも、水面の光がどんどん遠くなっていく。これ、真面目にヤバイかもしれない。


「ゴボッ……!」

 

 咳き込んで吐き出したなけなしの空気がキラキラと光ながら水面に上がってく。駄目だ、もう息が……!と思ったその時だ。誰かが飛び込んできた衝撃で、 いきなり水面が激しく泡立って。何も掴めずに水をむなしくかくだけだった私の右手を、しっかり掴んでくれた。


   ~Ep.72 それは、誰もが知る些細なおとぎ後編






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