Ep.63 星空の散歩道

「うーん、せめて一階だったら、柵なんか乗り越えて下に飛び降りちゃうんだけど……」


 閉め出された私はどう頑張っても開かない窓から離れて、テラスの柵から少し身を乗り出して辺りを見てみる。ここは2階だけど、丁度手を伸ばせば飛び移れそうな位置に立派な木があるし、万が一落ちたとしても下は植え込みだから大きな怪我はしないと思う。前世の普通の女の子としての感覚もある私は、普通のご令嬢と違って柵を越えてテラスから脱出すると言うことにも抵抗はない。

 ただ……と、夜風に靡く自分のドレスを見た。お母様がわざわざ選んで、今日の為に贈ってくれた服。もしこれが破けてしまったらお母様が悲しむんじゃないかと思うと、どうしても飛び降りて脱出作戦を決行する気にはなれなかった。

 結局、悩み悩んだ末に皆に心配と探す手間をかけさせるのは申し訳ないけど諦めて朝までここで大人しく待つことにした。流石に一国の皇女が夜会に出掛けたまま帰らないとなれば、皆探してくれるだろうし。幸い今は春先だから、夜でもそんなには冷え込まない。袖無しのドレスだから少しだけ冷えるけど、一晩くらいなら大丈夫でしょうと柵に寄りかかって、何気なく夜空を見上げる。

 新月で月明かりが無い分、星が綺麗だな。手を伸ばしたら掴めそうだと、白い手袋に包まれた自分の右手を天に掲げた時だ。不意に、花の香りがするそよ風が吹き抜けた。髪が靡いて目に入りそうになって、反射的にぎゅっと目を閉じる。トンっと、誰かが目の前に降り立つ気配がした。


「全く、今日はひと言も話さないまま終わるかと思っていたのにまさかこんな形で君に会うとはね」


 そっと目を開くと、丁度フライがテラスに降り立った所だった。星の明かりに淡く照らされた白いテラスに舞い降りるその姿に、ゲームで見たスチルが重なる。テラス閉め出し事件はフライのイベントだったか……。でも、内容は思い出せません。我ながら残念な記憶力だわ。


「え、ちょっと待って!今どこから降ってきたの?」


「どこって、今僕たちが居るのは二階建て施設の二階のテラスなのだから、ここより高い場所なんて屋根の上しかないだろう?」


「そう、そう……だよね。って、何故そんな所に!」


 薄明かりの中でも麗しいその顔で『何を言っているんだ君は……』みたいな表情されると一瞬こちらがおかしな事を言った気になるけど待って。やっぱりいくらなんでも屋根に登るって選択肢はないよね!!?私が問いただすと、フライはうんざりしたように小さなため息をこぼした。


「パーティー中にちょっとしつこい昔馴染みに絡まれてしまってね……、彼が諦めるまで隠れていることにしたんだ。君こそ、もうパーティーは終わったろう?何故こんな所に?」


「あ、あはは、ちょっと外の空気を吸いたいなーと思ってテラスに出てぼーっとしてたら、窓閉められちゃって」


 ケーキの食べ過ぎで気持ち悪くなったなんて言ったら確実に鼻で笑われるので、“どうして”外の空気を吸いたかったかは伏せて現状だけを伝える。フライは一旦窓の取っ手を掴んで軽く揺らし、『つまりは閉め出されたわけだ』とため息混じりにベンチに腰かける。一晩中立ったままなのも辛いもんねと、私もその隣に座った。


「あっ!バイオリンの演奏聞いたよ、思わず聞き惚れちゃった」


「それはどうも。うっとりしすぎてうたた寝なんてしてない?」


「し、しないよ!流石にパーティー中には!!」


 言い返すとフライは一瞬くすりと笑ってくれたけど、またすぐ会話が止まる。

 周りが静かなせいか妙に気まずい……!何か、何か、何でも良いから他にも話題を!と考えながら、いつもより上の空でぼんやり景色を眺めているフライの横顔を見る。疲れた顔してるし、さっきのうんざりしたような言い方……。フライが絡まれた“昔馴染み”ってやっぱ、キール君の事だよね。

 そう推理してたら、ふっと『貴方とて、自分に何の感情も持たない人間と深くは付き合いたくないでしょう』と言うキール君の言葉が頭をよぎった。


「……ねぇフライ」


「ん?なんだい?」


「私のことどう思ってる?」


「ーっ!!?君はまた何突拍子も無いこと……わっ!」


「危ない!!いきなりどうしたの?」


 流石に今さら嫌われてるとは思わないけど、なんて返してくれるかな~と何の気なしに聞いた瞬間、妙に焦った様子でフライが私からバッと離れた。勢いよく下がりすぎてベンチから落ちかけたその腕を咄嗟に掴んで引っ張ったけど、体勢を持ち直したフライに逆に肩を掴まれ激しく揺さぶられる。ちょ、ちょっと待って、また気持ち悪くなっちゃうから!

 怒ったせいか少しだけ耳を赤く染めたフライが声を荒げた。


「『いきなりどうしたの?』はこちらの台詞だ!僕は別に君に特別な感情なんて……、~っとにかく!一体何をどうしていきなりそんな事を聞いてくるんだ!」


「え?いや、この間フライ、初めて私のこと“友達”って言ってくれたけど、元を正すと私かなり無茶な真似して友達になってもらったから……あのときの事とか、フライは本当はどう思ってるのかなぁって」


 『そんな驚くようなこと聞いたかな?』と首をかしげると、ようやく揺さぶりから解放された。フライは揺さぶり疲れたのか、脱力したように姿勢を崩す。


「あ、あぁ、なるほどね……。本当に今更過ぎるって言うか、何故このタイミングでそんな話を……」


 その呟きに肩を跳ねさせた私を見て、フライが表情をなくした。


「もしかして、……キールに何か言われた?」


「ーっ!?な、何も言われてないよ?」


「……ははっ、嘘が下手だな、君は。視線を斜めにそらすのは嘘をついているわかりやすい反応のひとつだよ?ライトから聞いてるから、隠さなくていい。あの日、医務室で彼に会ったんだろう?」


 薄氷のような瞳から慌てて視線を逸らし口笛を吹きだした私を見て、フライが小さく吹き出して。それから、ふらっと立ち上がりテラスの柵まで歩いて、振り返った。


「何を言われたかは知らないけれど、さっきの君の質問には答えるよ。僕は始め、確かに君を嫌っていた。でも今は……、馬鹿正直で、嘘が下手で、汚い貴族たちと違って裏表のない君を、信頼に値する人物だと、好ましいと思ってる。バイオリンが気に入ったんなら、今度行きつけのバイオリン工房に連れていっても構わないと思うくらいにはね」


「え、本当に!?」


「ああ。ただ、キールは……」


 楽しみな約束から一転して変わったフライの声音の固さに、思わず聞いてしまう。


「フライは、キール君のこと嫌いなの?」


「……嫌い、と言うわけじゃないんだけど、正直あまり関わりたくないんだ」


「どうして?しつこく勝負を挑まれるから?」


 その私の質問に首を横に振ったフライは、どこか遠い眼差しをしていた。


「別に勝負は構わないんだよ、ライトと出会ってすぐの頃、彼にも似たようなことをされたものさ。頭脳戦ばかりだったから、全て圧勝してやったけど。ライトはその都度同じ種目を徹夜で練習してはリベンジに来たね。そう考えると、迷惑さはライトの方が酷かったな」


「あ、あはは、ライトは昔から負けず嫌いだったんだね」


 私のリアクションに、フライもまあねと肩を竦めつつ、『でも、何だかんだ面白かったよ』と笑っている。幼馴染みだからこその二人の仲の良さの原点を見た気がして、ちょっとほっこりした。同時に、なら尚更なんでキール君が駄目なのかが気になってくる。


「……キールは僕に勝負を挑んでいるんじゃなく、周りから聞いた勝手なイメージから、彼の頭の中でも作り出した『絶対に敵わない最強の敵』の姿を僕に重ねているだけな気がするんだよ。だから正直、彼と居ると息苦しいんだ。あの視線に晒されると、大人から見た“優秀な第二皇子”の僕と、少し人より器用なだけのただの中学生の僕は……どちらが本物なのかと迷ってしまうから」


 憂いを帯びたように見える、乙女顔負けの庇護欲を誘う今の横顔は、確かに年齢より大人びて見える。と、同時に、ぶっちゃけ女の子にしか見えない。今は真面目な話中だから言わないけど……と、私は小さく笑ってしまった。


「……何笑ってるんだい?」


「ふふ、ごめんね。ただ、そんなの迷うことないのになって思ったの」


「え?」


「だって、皇子らしい部分も素の腹黒いけど意外とお人好しな部分もどっちも同じフライでしょ?私も外にいるときはちゃんと皇女らしく振る舞うけど、そっちが偽物の自分だなんて思ってない。多分ライトやクォーツや、レインだってそうだと思うな」


 偽物と本物。私にとっても耳が痛い話だ。私もある意味“本物”ではないから。でも、元々純粋な皇女として育った“フローラ”と、前世から引き継いだ女子高生の“花音”。両方混ざって、初めて今の私になったと思ってる。だから、転生の部分は伏せたけど、その気持ちをそのまま伝えた。

 ポカンとしてるフライを追い越して、テラスの柵の上に立つ。満天の星空の下で両手を広げて、にこりと微笑んだ。

 

「そりゃあ仲良しな相手でも、嫌な面は必ずあると思う。でもね、その嫌な面が埋もれて隠れちゃう位の“好きな面”を知ってれば、何も問題ないと思うんだ」


「……ははっ、本当に単純というか、楽観的と言うか……。でも、そうだね。君の言う通りかもしれない。誰にどう見られようが僕は僕だ。フローラ、ありが…」


「だから、女装して女の子顔負けの絶世の美女姿になったってフライはフライだし何も問題ないと思うの!!」


「って、どうしてそうなった!?着ないよ、着るわけないでしょ、大体この場に女性物のドレスなんかないじゃないか!!」


 肩の力が抜けたように柔らかく笑ったフライのあまりの美貌に、つい願望が口をついて出ちゃった。叫ぶように拒否するフライの言葉に、私は自分のドレスの裾をつまんで広げて見せる。


「ここに一着あるけど……」


「馬っ……馬鹿!まさか君が着ているそれを脱いで渡す気かい?尚更却下!何故君はそうまでして僕に女装をさせたがるんだ……!」


 急に真っ赤になって顔を逸らしたフライがそっぽを向いたので、彼の前にぴょんと飛び降りる。


「だってフライなら絶対、大人っぽいクールな美人さんになると思うの!私自分が落ち着きないから、ミステリアスな感じの綺麗なお姉さんに憧れるんだ。だからフライの女装なら理想の素敵な女性になるはずだし、男の子達にも絶対モテモテになると思うの!!」


 ついでに、男だとバラした時の周りの反応が面白そうだなんてそんな鬼畜なことは思ってませんよ?と、視線を逸らして陽気に口笛……だとまた指摘されそうだから、鼻唄を口ずさむ私。

 そんな私をじっと見つめて、フライがなにかを呟いた。聞き取れないくらいに小さな声で。


「モテモテの素敵な女性……ね。それなら、君の笑顔の方がよっぽど……」


「ん?なに?」


「いいや、なんでもないよ。それより、もう帰ろうか」


「え?いや、帰るもなにも窓閉まっちゃってる……って、いっ、いきなり何!?」


「何って、どうせだから送り届けるついでに君にも僕が男だとしっかり思い知らせようかと思ってね」


 振り向いて首を傾げた私を徐にフライが抱き上げた、二回目のお姫様抱っこだ。でもそれを恥ずかしがるより、フライが私を抱えたままテラスの柵を乗り越えた点に、嫌な予感しかしない。震える声で、『ここ二階だけど』と言うと、フライは今までで一番いい笑顔で私を見た。嫌な予感しかしない。


「そうだね、だからしっかり掴まっていて?」


「ち、ちょっと、まさか……きゃーっ!!!」


 そのまさかだった。フライは私を抱えたまま、思い切り飛び降りたのだ!感じる浮遊感に思わず目を閉じて、フライの首に腕を回してしがみつく。

 でも、途中であれ?となった。落ちていく感じが途中で消えて、寧ろリズム良く体が空に向かって浮かんでいる感じがするのだ。

 耳元で、くすりとフライの笑い声がした。


「見ないのかい?」


 そう囁かれて、薄目を開ける。

 辺り一面の星空が、視界いっぱいに飛び込んできた。見渡す限り星の煌めきが続いて、まるで星空を散歩してるみたい。


「綺麗……!」


 私の呟きに、フライが優しく微笑む。気恥ずかしくなって視線を逸らすと、フライが近くの木の枝に足をついて、そこに小さな竜巻が巻き起こるのが見えた。その竜巻の反動を使って、私達の身体は再び空高く浮かび上がる。つまり、足場から足場までの間を風の魔力で飛びながら移動しているのだ。風の魔法ってこんな使い方あるんだ……。そう思った時、一瞬したの方でもなにかがキラッと光った気がした。でも、移動速度が速くてすぐにその場から離れちゃったから、その光が何かまではわからなかった。


 でも、絵本の世界みたいに素敵な星空の散歩にあっという間にそんなことは忘れて感動に浸る。パーティーの夜にお姫様抱っこされて星空を空中散歩すると言うイベント顔負けの思い出をくれたフライが最後に降り立ったのは、私の部屋のベランダだった。見慣れたそこに私をおろしたフライが、悪戯っぽく笑って言う。


「気に入って頂けたかな?お姫様」


 キザな台詞も、彼が言うと異様に様になる。“お姫様”なんて言われるとリアクションに困ります!いや、まぁ実際皇女だから間違ってないけどなんかそれとはニュアンスが違うよね……!!

 流石に恥ずかしすぎて赤くなった頬を両手で隠した私を見て、フライが笑いだした。


「はは、どう?ちょっとは僕も男だと理解した?」


「ちょっとどころか充分すぎるよ……!でも、送ってくれてありがとう、お陰で閉め出されたままにならずに済んだよ。それに、星空のお散歩すっごく素敵だった!今日の星空の眺めはきっと一生忘れないよ」


「ははっ、大袈裟だな。また機会があれば空中散歩くらいいくらでもお付き合いしますよ?姫。……僕の腕に余力がある時限定だけど」


 乙女の理想を体現した完璧な台詞……の後に、腕を然り気無く擦りながらフライが呟いたその言葉が私にクリーンヒットした。


「ご、ごめんっ!腕しびれるほど重かった!!?」


「……いや、そんなこと有るわけないでしょう」


「じゃあ何故視線を斜めに逸らすの!?嘘ついてるときのリアクションだよね、それ!」


 さっき自分でそう言ったくせに!と怒る気持ちと、重たい思いをさせて悪かったなって気持ちと、さっきパーティーでケーキを食べ過ぎたせいだーっ!と言う後悔の気持ちで悶々としていたら、フライが笑いを堪えるように肩を震わせてから小さく咳払いをした。


「……今笑ったでしょう」


「僕が?まさか」


 じっとりした目で睨むけど、さっきの私の指摘で学習したのか今度はまっすぐに私を見据えてフライは微笑む。

 むくれていたら、不意に額に柔らかい何かが当たった。


「ーっ!?え?え……!?フライ、今!」


「別れ時の口づけはご挨拶でしょう?おやすみフローラ、バイオリン工房は、次の休みにでもゆっくり見に行こう」


「うん、ありがとう、楽しみにしてる!……って、やっぱおでこにキスしたよね!?あっ、ちょっと!!」


 悪びれもせず優雅に一礼したフライは、紫紺色のマントを翻して星空を飛び去っていった。その背中が見えなくなったと同時に中から窓が開いて、息を切らしたハイネが現れる。ハイネが私を見るなり、安心したように長く息をついた。


「姫様!お戻りでしたか、よかった……!」


「心配かけてごめんなさい、ただいまハイネ。ところで、ひとつお願いがあるの」


「はい、なんでしょう?」


 一流のメイドらしくすっと背筋を伸ばしたハイネのスタイルの良さに涙しつつ、私はフライの腕をしびれさせた自分の身体を抱きしめ叫んだ。


「明日から、私のご飯の量減らしてーっ!!」


 ハイネに苦笑されても、気にしない。とりあえず痩せよう、フライのあの綺麗な腕がプルプルならずに済むくらいの軽さまで。そう星空に誓う私だった。


   ~Ep.63 星空の散歩道~




※フローラの名誉のための補足→フローラの体型は至って標準です、太ってはいません。ただ、フライが腕力ないのにちょっと頑張りすぎただけなのでした(;・∀・)

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