Ep.49 皇子失踪事件

 ライトが居なくなった。

 それを知った私が叱られるのを覚悟で乗り込んだのは、フリードさんの部屋だった。

 彼はライトの専属執事だから、何か知ってるかもと思ったのだ。


「フリードさん!ライトが居なくなったって本当ですか!?」


「ーっ!?フローラ様っ、何故それを……!」


「説明はあとです!それより、ライトが居なくなっちゃった原因はわからないの!?」


 私の問いに、フリードさんが『申し訳ございません』と悔しそうに呟く。最初にライトが自室に居ないことを知ったのは、フリードさんだったそうだ。


「先日フローラ様を拐おうとした不届きな男達の取り調べ結果が出ましたので、それをお伝えすべく殿下の元を尋ねたのですが……、その時にはすでに部屋はもぬけの殻でした」


 取り調べた結果、あの男達は洗脳でもされていたらしく、私やライトを襲ったことに対してなにも覚えてなかったらしい。

 “洗脳”は普通には扱えない魔法のひとつで、この世界でその使い方を知る者は、二つある“教会”の関係者……しかも教会内でもトップクラスの地位になる、“司祭”と名がつく人達だけだから、これは妙だと急いでライトに報告しに行ったフリードさんが見たのは、開け放たれた窓辺で揺れるカーテンだった

と言う。


「部屋が荒らされた形跡は無く、扉の方には鍵がかかってたのに、入ったら窓が開けっぱなしになっていた……なら、ライトは自分で部屋から抜け出したことになりますね」


「えぇ……。まだ建国祭の名残で他国の貴族の方も多くお見えの今、うちの皇子が理由もなくこのような真似をなさるとは思えないのですが……」


 フリードさんはそこで言葉を濁す。確かにライトは子供っぽい面も多いけど、“皇子”としての自分の立場もきちんと弁えているしっかり者なのだ。この失踪には、きっと、必ず理由がある。

 ライトをよく知っている人々はその“理由”を手がかりとして探しているけど、いまだに目ぼしいものは出てきてないらしい。

 私はふと、そもそも自分がライトを探しに来た理由を思い出した。


「実は昼間、ライトのことを“王妃様の子じゃない”と罵ってくる人達に絡まれたんです。その事は何か関係ありませんか?もしかして、あの王妃様の肖像画があったお部屋に居るとか……」


 私のその問いに、フリードさんが目を見開く。


「……っ!あの部屋のことを覚えておいでなのですか!?」


「え!?えぇ、まぁ……。あっ、でも約束したのでライトにはなんにも話してないですよ!」


「……やはり、記憶操作の暗示は効きませんでしたか。流石……と言うべきかも知れませんね」


「へ?」


 言い訳した私を見据えてポツリと呟いたフリードさんは、なんでもありませんと首を振った。


「ライト様はあの部屋について何も知りませんし、その類いの嫌がらせはあまり珍しくはないので可能性としては低いでしょう」


「そう……ですか……」


「どちらかと言えば、ライト様が気にかけていた例の教会周りで起きていた誘拐事件絡みかと思います。脅迫されたにせよ呼び出されたにせよ、何かしらやり取りをした暗号や手紙の類いがあるかと思い、現在は目ぼしいものを探しておりますが……今のところ見当たりません」


 そうだよね、電話もメールもないこの世界だ。呼び出されたんなら必ず何かしら手紙かメモ書きか何かあるはず。それが出てこないので、ライトは調査の為に出ていったのかも知れないと言う方向に推理を固め、騒ぎにならないよう少数精鋭でライトの姿を探しているそうだ。

 自分も探しに行かねばと飛び出していったフリードさんを見送ったけれど、私だって黙ってらんないよ……!


 いじめで花壇を荒らされて落ち込んでた時も、溺れたルビーを助けに海に飛び込んだ時も、この間誘拐されそうになったときだって、私が危ないときにはライトはいつもなんだかんだ言いながらも助けてくれた。もし今彼が危ない目にあってるなら、今度は私が助ける番だ!

 思い出せ私、なんの前触れもなくライトがこんな真似はしない。きっと今日の行動の中に前兆があった筈なんだ……!紙、紙……兵士たちの調査は掻い潜って、かつライトにはその内容が読まれたであろう紙……そんなものある!?

 いや、諦めるな私。紙、紙……!と今日一日の記憶を振り返るけど、ライト別に今日紙なんか一度も持ってなかった。今日ライトが握ったものは、剣術大会用の剣、タピオカミルクティーのコップ、それから皆で食べたチュロス……ん?チュロス?

 そうだ、あの時ライト、食べ終わったチュロスの包み紙三枚目の内、一枚だけは捨てないでポケットに入れてた!


「……それだ!」


 フリードさんの部屋にあった地図を頼りにライトの部屋を探し出した私は、迷い無く椅子にかかってた昼間彼が着ていた上着のポケットに手を突っ込む。予想通り、きちんと折り畳まれたピンクと水色のストライプ柄の包み紙が出てきた。


《フローレンス教会の子供達は預かった、返してほしくば本日0時までに指定の場所に来られたし》


 いかにもなテンプレート文。しかし、その一番下に、“紛い物の皇子へ”と書かれていた。よく見ると、紙にも細かいシワがたくさんついている。ライトが怒りで一度、この紙を握りつぶした証拠だ。だからライトは誰にも相談せずに一人で行ったのね……!

 

 私はメモ書きが汚れないように透明なビニールでしっかり包んでそれをフリードさんの部屋に置いてから、脅迫文に書かれていた指定の場所に向かった。


 書き写した地図を頼りにたどり着いたのは港。なるほど、これまたテンプレだけど大人数をまとめて誘拐するなら、船は最適な手段だ。

 隠れられそうな場所に身を潜めながらライトを探すけど見当たらない。代わりに、港の一番端にある倉庫からなにやら妙な声が聞こえてくる。それが小さな子供達のすすり泣きだと気がつくのに、そう時間はかからなかった。

 近くにあったボロいはしごをなんとかよじ登って、天窓から中の様子を伺う。縛り上げられ怯えて泣いている子供達を見張っている二人の顔に、見覚えがあった。あのチュロス店に並んでいた常連客らしいいかついおじさん達だ。


「なるほど、チュロスが好きだった訳じゃなくて、情報のやり取りの為にあの店を利用してたのね……!」


 思わずため息が出たけど、自分の鈍さにあきれている場合じゃない。今は情報収集だ、敵の目的もわからないまま無闇に飛び込んでも、助けるどころか自滅するだけだ。

 そもそも、あの男達は一体何なの?身代金目当ての誘拐犯や貴族に雇われた賊なら、孤児はまず狙わない。お金にならないから。なら奴隷商人?いや、それにしては彼等の身なりが良すぎるし、こんな王都に近い場所はターゲットにしないか……。


「うわぁぁぁんっ、帰りたいよーっ!!」


 とりあえず犯人の人数、容姿、立ち位置を記憶しつつ考え込んでいたら、恐怖が限界に達したのか一人の子がそう泣き声を張り上げた。ごめんね、怖いよね。必ず助けるからと拳を握りしめながら、今すぐ飛び込みたい衝動を抑えて中の会話に耳を傾ける。どうやら、ライトはまだ来ていないようだ。


「ーー……もうすぐ時間なのに来ねーな、相手は皇太子だろ?いくらフローレンス側の協会に頻繁に通っててこのガキどもに情があるようだっつったって、ギリギリになれば我が身可愛さに来ないかも知れないぜ」


「問題ない。ライト・フェニックスが現れなかった場合も、このガキどもは本部へ連れ帰れと司祭様が仰せだ」


「おっ、じゃあまた魔力があるガキがいれば“十六夜の司祭”候補が増えるってわけか。いいねぇ、そうなれば教会も更に潤うってもんだ!」


 外を見張りながら会話するいかついおじさん達二人の背後、夜闇のような紫色のローブを被った人影も動いた。どうやら、犯人は三人組らしい。


「……二人とも、口を慎みたまえ。報告書にあった金髪の娘は見つかっていないのか?」


「そのようです。ライト皇子と共にその少女も捕まえられれば好都合でしたが、そう上手くは行きませんね。年齢的にも容姿的にも、今度こそ聖霊の巫女が見つかったと思ったのですが……」


「わざわざ本物を探すこたーねぇよ、時間の無駄さ!手近なガキを金髪に染めさせて崇めさせてりゃいいのさ!!」


 “金髪の娘”、その単語にびくりと肩が跳ねる。月明かりで煌めく私の髪は、金色。会話に飛び交う単語の意味こそさっぱりだけれど。彼等が探している少女の条件に私も当てはまっているらしい。

 これは、助けに入るかライトを探すより前に髪色を変えておいた方がいいかも……と思って、フリードさんから貰ったヘアスプレー“ルナの涙”を吹き付けようとポケットから取り出した、その時だった。


「きゃっ……!」


 ガクンっと言う衝撃でのぼっていた梯子が折れて、かなり高い位置から地面へと放り出された。反射で出かけた悲鳴を誤魔化すために自らの口を手で塞いだ私の喉元に、ひやりと冷たい感触が触れる。


「外の見回り役なんざ面倒だと思ってたが、ついてたなぁ。見つけたぜ、お姫様」


「ーっ!」


 怪しく光る切っ先の向こうで、あのチュロス屋台のおじさんがニタリと笑った。


   ~Ep.49 皇子失踪事件~

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