Ep.40 そのキャンパスに微笑むのは

「市販に売られてるこの内容の絵本って普通は白黒しかねーのに、色つきなんて珍しいな。初めて見た」


「にいさま、早く読んでください!」


「はいはい。『これは今よりずっと昔、この世界に、魔法が誕生する前のお話です』」


 絵本は結局ライトが読んでくれることになった。私は先に一人で黙読してしまったので、クリスとライトが楽しそうにしている姿を隣から眺める。

 途中ではしゃぎすぎて疲れてきたのか、クリスがうとうとと船をこぎ始めた。


「クリス、大丈夫?眠たいならお部屋に行こうか」


「んー、まだにいさまと遊びたいです……」


「まだ俺も帰らないから無理するな、ここでちょっと横になるか?」


 ライトがクリスの頭を撫でながら、然り気無く膝枕の体勢にさせる。やるなぁと感心する反面、クリスの膝枕はお姉ちゃんである私がしたかったなと焼きもちをやいてしまう。だって可愛いんだもの。

 でも、直ぐに寝息をたて始めたクリスの頭を優しい微笑みで撫でてるライトの姿を見たら、焼きもちもすぐに消えてしまった。二人とも金髪だし、高学年になったライトは少しずつ男の子らしいカッコよさが出てきてて、片やクリスは今が一番可愛い盛りの天使。そんな二人がまったりほのぼのしている姿は、かなりの目の保養になる。空調で部屋が冷えるので羽織っていたカーディガンを脱いで、クリスにそっとかけた。

 クリスの頭はライトが撫でてるので、私はそのまま背中をポンポンと叩く。段々私まで微睡んできた所で、周りに控えていたメイド達の囁きがちょっと聞こえてきた。


「何てほほえましい光景なのかしら、愛らしくてつい頬が緩んでしまうわ」


「フローラ様とクリス様はもちろん、ライト様もお髪が金色だからか、ああして並んでいらっしゃると小さな家族のようね」


 って貴女達、なんて妄想してるの!!ライトはメインヒーローで私は悪役皇女よ!?自分で言ってて悲しいけど、釣り合わないから!

 急に気恥ずかしくなって、思わず立ち上がって話をしていた二人を注意する。


「ーっ!ち、ちょっと貴女達!私たちはまだ子供です!おかしなことを言わないで!!」


「「はい姫様、失礼致しました」」


 生暖かい眼差しで謝罪をして下がったメイド達を見送ってから、クリスの頭に手を乗せたまま硬直したライトの顔を見てハッとした。


「ら、ライト……?」


「……っ!」


 そっと名前を呼ぶと、ビクッと肩を跳ねさせたライトが顔をあげる。いつもは力強くキラキラと輝いている深紅の瞳が少しだけ、揺れている気がして戸惑う。

 でも、すぐに一度キツく瞳を閉じてまぶたを上げたライトは、呆れたようなため息をつきつつ笑った。


「やれやれ、どこの国でも女性は色恋沙汰が好きだな。何がそんな良いんだか俺にはさっぱりだ。貴族が我を失うような愚かな恋をしてみろ、不幸になるだけだぜ」


「ちょ、なんてこと言うの!!!」


 おいメインヒーロー!!

 まさかの言葉にずっこけた。ちょっと、貴方一応この世界で一二を争う情熱的な恋をする素質があるポジションなのになんて言い種!

 いやでもほら、まだ小学生だしね!成長してヒロインであるマリンちゃんと出会えばもしかしたら、胸が焦げるくらいの情熱的な恋をしちゃうかもだよ?


(あれ……?)


 そんな妄想をした瞬間、ほんの一瞬だけ心臓がズキンと痛くなった。でも、本当に一瞬ですぐに治まったからまぁいいかと気にしないことにする。

 このモヤモヤした気持ちはきっとヒロインが参戦したら私の破滅の可能性が少なからずまた浮上してきちゃう可能性があることへの不安だよね、うん。


「確かに貴族間じゃ政略結婚が常だけど、近年は太平の世が続いている事もあって恋愛の末に婚姻を結ぶ夫婦も少なくないようだよ」


「そうそう。女性の理想を詰め込んだ甘いロマンス小説っていうジャンルも流行っているらしいし」


「そうですわよライトお兄様!ロマンス小説はとても良いものですから、ライトお兄様もフローラお姉様も一度お読みになってみてくださいな!」


「フライ!クォーツ、ルビーも!着いたなら連絡くれたら迎えに行ったのに!」


  私の誕生日祝いのパーティー自体は明日なので、ライトに続いてフライとクォーツ、ルビーの3人がミストラルに来てくれたようだ。


「ロマンス小説なんて男は読まねーから。くっだらねぇ……」


 でも現れたルビーにまでロマンス小説を勧められたライトはうんざりしている。えー、ロマンス小説面白いのにな。内容は少女漫画に近いし、こちらの世界は時代が時代なので身分差の恋みたいな切なく劇的なストーリーも多い。私はもちろん、ルビーにおすすめの小説を借りる約束をした。


「そんな毛嫌いしてないで、一回読んでみたらいいのに」


「嫌だって!甘いのは菓子だけで充分だ!」


「もう、そんなこと言って……いつか本気で恋した時に好きな子に全く振り向いて貰えなくなっちゃっても知らないからね!」


 ライトはメインヒーローだけど、他にも攻略対象は4人居るのだから、ライバルは多いぞ!ライトやフライやクォーツが、実際どんな子を好きになるかまでは知らないけどさ。


「あぁそうだ、そんな話より、二週間後にフェニックスで建国祭があるんだけど、皆来ないか?」


 私の呟きをにちょっとばつが悪そうな顔になったライトが、無理に笑顔を作りながら話題を変える。逃げたな……。

 でも、なかなか魅力的なお話だ。


「建国祭ってことは、お祭りだよね?」


「あぁ。かなり規模が大きいし王宮は夜会に近い状態になってしまうが、城下でも様々な催し物が出て賑やかだぞ。有志の剣術大会とかもあるしな!」


 『観光がてらどうだ?』というお誘いに『お祭り!!楽しそう!!!』となって、ライトが恋をなんであんな拒絶してるのかとかはスポーンっと頭から飛んでいった。自分の瞳が好奇心で輝いてるのがわかる。


「お祭りってことは、わたあめとかある?」


「わ、わたあめ?何だそりゃ」


「えっ?無いの!?お祭りでしょう?わたあめじゃなくてもりんご飴とかヨーヨー釣りとか金魚すくいとか……!」


「フローラ、君が想像してるお祭りはうちの国(アースランド)の縁日じゃないかな!?」


 『多分絶対、確実に違うと思うよ!?』と、眉を潜めているライトの様子を見ながらクォーツが言う。がっかりしてテンションが下がった私を見て、ライトもクォーツもフライも苦笑した。その苦笑いのまま、ライトが聞いてくる。


「何だよその“わたあめ”ってのは」


「お祭りでは定番のお菓子だよ!熱で溶かしたお砂糖を細く伸ばしてふわふわにしてて、口に入れると溶けるの!甘くて美味しいんだよー!」


 手振りを踏まえた私の説明に、甘いものに目がないライトの瞳がキラリと光る。


「フローラ、その話詳しく!」


「……はぁ、だからなんで君は君でわたあめごときの話にのっちゃうかな、この甘党が!」


 もうすっかり素を見せてくれるようになったフライの鋭い突っ込みに、空中庭園に皆の笑い声が思い切り響いた。

 






 そんな賑やかな仲間達に祝われて5年生の誕生日も終わり、夜は例の絵本を気に入ったクリスがもう一度読んでほしいとやって来たので、今度は黙読じゃなくてちゃんと読み聞かせてあげた。


「『こうして世界の人々を癒した聖霊の巫女は、魔王を封印した騎士と結ばれて、平和になった大地に新たな国を作り人々は幸せに暮らすようになりましたとさ。めでたしめでたし』……って、あら、また寝入っちゃった」


 面白いことは確かだけど、夜読むにはちょっと長かったかしらねと微笑んで、抱っこしたクリスを無駄に広い天涯つきベッドに移動する。今夜はお姉ちゃんと一緒に寝ようね。


「フローラ様、クリス様、そろそろお休みの時間……あら、お声をかける間でもなかったようですね」


 そこでタイミングよく入ってきたのはハイネだ。寄り添ってお布団に入った私達を見て微笑みつつ、読み終えてほったらかしになっていた絵本をハイネが片そうとしたその時だ。ハラリと、一枚の羊皮紙が最終ページと背表紙の間から落ちた。なんだろうと拾い上げて、そこに描かれた女性の姿に首を傾いだ


「お母様……?」


「……っ!」


 色がついてないから髪や瞳の色はわからないけど、古いけれど破れもせず綺麗な紙の中で微笑んでいる女性は、私達の母……現ミストラル王妃に瓜二つだった。それを覗き込んだハイネが、なぜか一瞬だけ息を呑む。

 でもすぐに微笑んで、優秀なメイドらしく絵本を片して、寝る前のホットミルクを入れてくれた。はちみつの香りが心地よいミルクをちびちび飲みながら、この絵は何だろうとハイネに聞いてみたけれど、『絵画がご趣味の国王様が描いてたまたま挟まれていたのかもしれませんね』と誤魔化されてしまった。

 確かにお父様は絵が好きで、王宮のあちこちにお母様や私、クリスの肖像画が飾ってあるから可能性としては高い意見だ。ちなみにお母様の絵が一番多い、流石は愛妻家である。

 そんなことはさておき、もう一度拾った絵を見てみた。描き方のタッチもお父様の絵に似てる……けど、なんとなく、これはお母様ではないような気がした。

 

「……眠れない」


 結局謎の絵は元の通り絵本に挟んでベッドに入ったけど、ごちゃごちゃ考え込んでたせいで眠れなくなってしまった。どうしよう、暇だ……と悩んで、いいものを思い出す。眠れぬ夜は読書に限るのだ。

 そうしてクリスを起こさないようにこっそり読んだ、ルビーが貸してくれた今一番人気のロマンス小説はとても面白かったけど、当然のように悪役令嬢が出てきていた。やっぱり物語を盛り上げるにおいて、ライバルキャラって必須なのね。だからそれはいいのだけれど気になるのは、その小説の悪役令嬢がフワフワの毛が先端についた派手なセンスを持った縦ロールのお嬢様だった事である。この間絡んできた先輩もフワフワ扇子持ってたけど、悪役ポジションのキャラの必須アイテムなの?


「扇子かぁ……、持ってないな、私」


 なんとなく興味が湧いて、部屋にある小道具の棚を漁ってみる。扇子は一本もなかったけど、代わりに昔はアパートでよくお世話になったあれが出てきた。

 フェニックスの夏はミストラルより暑い。

 建国祭にお邪魔する際には持っていこうかなと、外行き用の鞄にそれをそっと忍ばせた。


    ~Ep.40 そのキャンパスに微笑むのは~


 『お母様に瓜二つな不思議な女性。貴方は、一体誰かしら?』



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