Ep.36 縮まる距離
私の魔力は水だから炎系の爆発と違って破壊力こそないものの、大きな力の爆発と言うのはやっぱり間近で見ればビックリする物で。衝撃でへたり込んだままぽつりと呟く。
「や、やっちゃった……!」
大失態だ、『暴発なんてしない』と大見得を切った手前、フライ皇子の方を見たくない。幸い濡れたのは半径1メートル位だったから離れていたフライ皇子は無事だっただろう、それだけが幸いだった。流石は未来の腹黒皇子、勘が鋭い。
「ーー……」
無言のフライ皇子がこちらに歩み寄ってくる足音と、私がぶちまけた水が滴り落ちる水音だけが地下通路に響く中、私の頭に何かがベチョっと落ちてきた。言わずもがな、私が濡らそうとしていたハンカチである。うん、バッチリ濡れている。その代償は大きかったけど……!
「うぅ、せっかく噴水に落ちた時には濡れなかったのに……!」
「……ふっ、ふふ、ははははははっ!馬鹿だな、だから言ったのに……!」
「わ、笑わないで下さいよーっ!ほらっ、手首見せてください!」
確かに私の失態だけど、なにもお腹抱えて笑うこと無いじゃないかとちょっとご機嫌斜めになりながら、彼のアザに濡らして絞ったハンカチを巻き付けて応急処置は完了。
って、あれ?よく考えると今フライ皇子、笑った!?大人しく手当てを受け入れてくれたその顔を思わず唖然と見上げてしまう。
「……っ!!」
私の海に近い色をした深い蒼の瞳と、フライ皇子の空のような涼しげな双眸が重なった。フライ皇子が一瞬呆けてからハッとしたように目を見開いたその瞬間、バサリと音がして目の前が暗くなる。
「わっ!な、なんですか?」
「手当てのお礼に貸して上げるよ。その格好のままじゃ風邪引くでしょう。僕は水浸しにはなってないからね」
「あ……」
私の視界が暗くなったのは、フライ皇子が自分のブレザーを脱いで被せてきたからだった。
「でっ、でも、フライ様が寒くなっちゃいますし……っ」
「失礼だな、女性みたいな見目をしていようが男だからね。そんなに柔じゃない。それに、ずぶ濡れの君に被せた時点で
確かにそうだと納得した。手で持って返そうとしてたブレザーをよく見てみれば、布のあちこちが水気を吸って濃く変色してしまっている。これじゃあ今返されても着れないだろう。
しばらく悩んだけど、フライ皇子が早く進みたそうにじっとこちらを見てるので、お言葉に甘えて借りる事にした。濡れて身体に張り付く自分のブレザーを脱いで代わりにフライ皇子の上着に袖を通すと、少し寒さがマシになる。私が小柄なせいでちょっとサイズが合わなくてだぼっとしてるけど。
こちらを見下ろしているフライ皇子を見上げると、不器用な優しさに頬が綻んだ。
「フライ様、ありがとうございます」
「……っ!礼を言われる程のことじゃないよ。じゃあ行こうか、流石にそろそろ周りも僕らが消えた事を心配している筈だ。出口まであとどれくらいあるのか、そもそもどこに出るのかもわからないし」
「はい!おっとと……っ!?」
「ーっ!?」
また赤くなりつつ顔を背けたフライ皇子に促されて立ち上がろうとして、よろけてしまった時だ。私が水浸しにしてしまった壁の一ヶ所、他の壁とはタイルの色が違うそれに、私が体重をかけてしまったのだ。
その瞬間、パァッと金色の光が円形に広がり、その内側に見る間に美しい模様が広がり出す。ファンタジー漫画やゲームでお馴染み、魔方陣である。
(綺麗……!)
そう美しさに息を飲んだのは一瞬だった。広がる魔方陣についていた私の手が、ズズっとそこに吸い込まれ始めたのだ。
「え!?わっ、吸い込まれてる!!?ど、どうしよう、抜けないし……!」
「やっぱり君が”要“だったか……!フローラ!!」
「フライ様!?駄目です、来たら巻き込まれちゃいますよ!」
「大丈夫!僕の予想が当たっていれば……!」
「~っ、きゃっ……!!」
初めて名前を呼ばれたとかそんなことを気にする余裕もなくパニックになる私に駆け寄ったフライ皇子は、そのまま私を魔方陣から引き離す……のではなく、そのまま一緒に魔方陣に飛び込んだ。何で!!?要ってなんのこと!?
光が炸裂して目も開けられないほどなのに、不思議と恐くは無くて。フライ皇子に掴まれたのと反対の腕が誰かに引っ張られたと感じたところで、意識を手放した。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
『ねーねー、だいじょうぶー?』
『みこさま、おきないねー』
『おきないねー』
『ねーっ』と、小さな子供同士が声をあわせて同意しあっているようなその囁きに、うつらうつらしていた意識が浮上してくる。
同時に何やら髪の毛や制服をあちこち微弱な力で弄られてる感触と、甘い花のような香りに首を傾げながらそっと瞳を開いた。
(なんか、周りにちっこいのがたくさん飛んでる……。虫、では無さそうだけど……?)
小さいけど人みたいな身体、パステルカラーのお洋服、背中に生えた透き通った羽根。まだぼやけた視界にたくさん写るその子達は、まるで……
「よっ、妖精!?」
しかしガバッと起き上がった瞬間、私は柔らかい芝生の上に一人だった。もちろん妖精さん達の姿はない。夢だったのかなぁと首を傾げてたら、ガサリと不意に背後の草木が揺れたので反射的に身を竦める。
現れた人物の顔を見て、彼も私も互いに安堵した。
「……っ!良かった、気がついたみたいだね」
「フライ様……!あの……っ」
「おっと。……ふらついてるじゃないか、無理して動かない方がいい。空間転移の影響で、まだ体力が回復してないだろう」
立ち上がろうとしてまたもふらついた私を制して、フライ皇子がすぐ近くにあったガラスの椅子を引く。長年のお姫様生活の感覚でつい普通に腰かけてしまったけど、ここは一体なんだろう?
ガラス張りの壁に暖かな日差し、室内なのに咲き誇る花達に生い茂る木々。これは……
「温室……?」
「あぁ。それもただの温室じゃない、特別な許可が無いと入れない“薬草園”だ。地下通路から出られたのは良かったが、厄介な場所に出てしまったね……」
フライ皇子が困っているのを他所に、私は“薬草園”の文字で新たな記憶の引き出しが開くのを感じていた。ここって、フライ皇子とフェザー皇子絡みのイベントで関わりがあった場所じゃない!?しかも、育ててる植物の重要度が高くて(なんでそんな重要にされてたのかは忘れたけど)、勝手に入れば下手したら学院のトップの先生からお呼び出しを喰らう位の場所!なんで私達こんな場所に居るの……!?一難去ってまた一難の自体に、頭の奥がズキリと傷んだ。
~Ep.36 縮まる距離~
『二人の距離は縮まりましたが、対価が大きすぎやしませんか!?』
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