Ep.35 一歩一歩、近づいて
(き、気まずい……。でもさっきからずーっと私ばっか喋ってたからもう話題ないし……って、あれ?)
沈黙は辛くてチラチラとフライ皇子の横顔を見ていて、ふと気づいた。顔色が悪いのだ。普段から彫刻のように艶やかで白い肌は白を超えて青くなり、よく見れば若干手が震えている。身体は濡れなかった筈だけど、地下通路自体寒いし冷えちゃったのかな?いや、でも寧ろ暖かいくらいだし……と、思い付いたもうひとつの可能性を口にしてみる。
「フライ様ひょっとして……、暗いの苦手です?」
「……っ!な、何の事だい?」
ビクッとフライ皇子の肩が跳ねる。反応から図星なのが丸わかりだけど、フライ皇子はあからさまにサッと目を反らした。バレたくなかったんだろう。なので、そのまま左手でフライ皇子の右手をぎゅっと掴んで、そのまま歩き出した。
「えっ!?ちょっと、何の真似……!?」
「この真っ暗状態で迷子になったら困りますから。ここからは手を繋いでいきましょう!」
「……っ」
ぎゅっと無理矢理に繋いだ手が予想外に冷たくてビックリした。フライ皇子ははじめは居心地悪そうに何度か繋いだ手を外そうと動かしてたけど、私が意地でもそれに気づかないふりをして離さない。だからその内諦めたようで、抵抗もなくなった。大人しく手を繋いだまま、とりあえず戻りたいときに来た道がわかるように印を付けながら進んでいく。
やがて、フライ皇子がふと口を開いた。
「……笑わないの?」
「えっ?何か面白いものありましたか?」
真面目に返したのに、足を止めたフライ皇子に舌打ちされた。何故だ。
小さくむくれた私を、フライ皇子が引っ張った。不意打ちに引っ張られるままに体勢を変えられて、背中が壁にぶつかった。バンっと音を立てて壁についたフライ皇子の腕で両サイドも塞がれる、に、逃げられない……!って言うかこれ壁ドンだよね!?まだ四年生なのに!
(あぁ、でも間近で見ると、やっぱり美人だなぁフライ皇子)
(前世含む)人生初の壁ドンだけど、流石に中身が前世の記憶持ちの私と相手は小学生男子ではときめきも一瞬だった。すぐ冷静になって、逆に初めて間近に来た彼の顔を観察する余裕さえ出てくる。
不機嫌な顔も綺麗なんて、女子からしたら羨ましい限りだ。髪もサラサラで絹糸みたい。
「~っ、僕がこう言う場所が嫌いなことだよ!情けないって笑えば良いだろう、なんでそんな優しく笑って手なんか繋いで来るんだ」
苦虫を噛み潰したような呟きだけど、小学生が暗いとこ苦手なんて可愛くて良いじゃないかと私は思う。だから、丁度私の頬の横の壁に叩きつけられたフライ皇子の拳にもう一度、自分の手を重ねた。
昔怖い夢とかを見た時、私は誰かにこうして手を握ってほしいって、何度も願ってたから。お母さんも仕事で居なかったから、その時の願いは叶ったことなかったけど。とにかく、人は寂しいときや恐いとき、他の人の温もりが欲しくなる物なのだ。
「だって、こうすれば恐くないかなと思って」
「……っ!」
重ねた手を、フライ皇子は弾かない。でも、眉間のシワはより深くなった。
「そ、それだけじゃない!これだけ冷たくし続けても毎日ニコニコして近寄ってきて、挙げ句にはやっかみから苛めにあってまで僕に付きまとう理由は何?こうまでするほど君は僕が好きなのか!?」
「いえ、全然?」
「なっ……!!?」
即答した瞬間、フライ皇子が音が立ちそうなくらいに一瞬でピキッと硬直したのが面白くてちょっと笑ってしまった。
勢いでぶつけた問いを私に一瞬で砕かれたフライ皇子は、私を壁に追いやったままガックリと項垂れる。
「好きじゃないならなんなんだ……!」
「ふふっ、だってまだ好きになるにも嫌いになるにも、そう言う気持ちになるほど関わって無いじゃないですか。フライ様は私のこと大嫌いみたいですけど」
落胆していたフライ皇子がぐっと押し黙る。自覚はあるんだろうな。
「~っ、まぁ……確かに一理あるね。今のは僕の聞き方が悪かった。でも、そこまで理解出来てるなら尚更どうして……」
『僕に関わってくるのか』と聞きたいのが、声にしなくても伝わってくる。私は微笑んだまま、もう一度フライ皇子と手を繋いだ。
「フライ様、私のこと嫌いですか?」
「……っ、あぁ、嫌いだね」
「だったら、やっぱりフライ様は優しい人です」
「は……?」
『どうしてそうなった?』と、フライ皇子の空色の瞳が言っている。
「だって嫌いな私の事も、無視しないでちゃんとこうしてお話してくれるじゃないですか。しかも、噴水に落ちたのも助けに来てくださいましたし」
「……そんなことで?」
フライ皇子からしたら意外な答えだったのかも知れない。彼の戸惑いが、繋いだ手からも感じられた。確かに端から見たらおかしな理由なのかも知れないけど。
「どんな相手でも、言葉を交わさなきゃ気持ちだって交わりようが無いでしょう?無視されちゃうと、こちらの心を伝える術すら絶たれてしまうから」
段々と口調が砕けてきてしまったけど今さら取り繕う気もなくて、そのまま語り続ける。これは前世でのトラウマのひとつだ。嫌がらせも聞こえがしな悪口もまだいい。私が一番辛かったのは、誰も私の叫びを、聞いてくれないことだったので。
だから、ライトが『伝えたいことあるなら行ってこい』って背中を押してくれたのが嬉しかったし。嫌いでも、大嫌いでも話しかければ呆れて、怒って、嘆きながらも答えてくれるフライ皇子は、絶対、優しい人だと思う。それに……
「今日は嫌いでも明日、明日が駄目なら明後日、それでも駄目なら一年後とかまで粘ります。心は、変わるものだから」
ライトの受け売りだけど、私は、常に未来を見てる彼のこの言葉があったから頑張れたのだ。
「はぁー…………。本当に訳がわからない、調子狂うなもう……!なんで僕、こんなの助けちゃったんだ……!」
「だからフライ様が優しいからですよ」
「~っ!もういい!時間を無駄にした、早く先へ進もう」
バッと体の向きを変えて、フライ皇子が歩き出す。彼の右手に重なった私の手は振りほどかないまま。
(……耳が真っ赤になってる)
横顔を見られないよう急に歩き出したんだろうけど、エメラルドのような緑色の髪の合間から覗く耳が真っ赤なことに気づいてちょっとだけ笑った。背中に流れている青緑の髪を、ほんの少し触ってみる。あまりのサラサラさにちょっと妬けた。
私の吹き出す声に気づいたフライ皇子が、振り向かないまま不機嫌な声を出す。
「な、何だよ、何がおかしいんだい?言っておくけど、僕はまだ君を受け入れたわけじゃ……」
「ねぇフライ様、すっごく綺麗な髪ですね!三つ編みとかしてみていいですか?」
「良いわけないだろ、君本当こっちの話聞かないよね!?」
怒ったフライ皇子が振り向いて、繋いでない方の手で拳を作った。と、同時に、痛そうに顔を歪める。
「痛っ……!」
「……っ、フライ様、手首見せてください!」
「ーっ!いや、大丈夫だから……」
「いいから見せて!!」
抵抗はすれど、小学生って実は男の子より女の子のが力強いし、しかもフライ皇子はもとからパワーが弱めの人だ。私もどんくさいからちょっと手こずったけど、どうにか袖を捲り上げる事に成功して、絶句した。
フライ皇子の白い肌が、手首から肘までのなかなか広い範囲が、青アザになっていたのだ。
「どっ、どうして黙ってたんですか!!」
「…………君には関係な」
「関係ないわけないわけが無いでしょう!!」
フライ皇子が切れ長の目を見開くが、怒鳴ったことは謝らない。私を助けてくれて怪我したのに、関係ないわけないでしょ!全くもう、強がりさんなんだから……!
アザって確か、冷やした方がいいんだよね?でもここは地下通路だ、氷もなければ水道もない。山道の洞窟とかと違って人為的な通路だから、湧水とかも期待出来ないし……仕方がない。
私はポケットからハンカチを取り出した。
「ちょっと待って下さいね、今濡らしますから!……って、遠い!!いつの間にそんな離れたんですか!!?」
ハンカチを広げながら顔を上げれば、患者の筈のフライ皇子は三メートル程離れた位置まで進んで、そこから腕を組んでこちらを見ているではないか。静かな地下通路内は声も響くし離れてたって会話は出来るけど何故!!!
ショックを受けている私を見て、フライ皇子が苦笑交じりに声を上げる。
「君の魔力でそのハンカチを濡らすつもりなんだろう?暴発に巻き込まれてライトのようにずぶ濡れにされちゃ、堪ったものじゃないからね」
「なっ……!ぼ、暴発なんかしませんよ!見ててください!!」
何て失礼なことを言うのだ!これでも大分上達したんだから……と、ハンカチを包むように魔力を巡らせる。まず、ポツリと雨粒のような雫がハンカチに一滴零れた。そこを中心に魔力を注いでいく。シャボン玉のような水球が雫のシミから少しずつ膨らみ始める。私の魔力に反応して水球が育っているのだ。
(なんか、魔力がいつもより込めやすいような気がするな……)
ライトと手を繋いで魔力で船を操ったあの時みたいだ。あの時は身体の内側から魔力が沸き上がるような感覚で、今は逆に何か大きな力に包み込まれて後押しされてる感じだから、少し違うけど。
でもこの感覚は掴んでおいて損はない気がする。集中する為に瞳を閉じて、一気に水球を膨らませた。
(なんか、さっきより通路の中が明るくなってきてる気がするけど……まぁいいか)
「……っ!今の光……!ちょっと待つんだ、魔力を抑えて!!」
「え……、きっ、きゃーっ!!」
フライ皇子の叫びで集中が途切れて目を開いた瞬間、通路壁にぶつかって四角になるほど肥大化していた水球が弾け飛び、私は水浸しになったのだった。
~Ep.35 一歩一歩、近づいて~
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