Ep.32 破滅フラグ回避の為、言質を取ることにした


「フライ様、おはようございます!いい朝ですよ!!」


 私の部屋にある花柄のそれとはまるで違う、シンプルだけど質のいいレースのカーテンを開く。当然だ、ここは男子寮の一室なのだから。差し込む朝日が気持ちいいけど、まだ寝ている家主は眩しいのか、嫌そうに麗しい相貌を歪めた。


「ん、んん……っ」


「おはようございます!寝覚めのお紅茶をどうぞ!!」


「あぁ、うん、ありがとう……」


  ぼんやりと目覚めた彼に紅茶を差し出すと、カップを受け取ったその手が固まった。


「……ちょっと待って。なぜ君がここに居るのかな?」


「フライ様に先日嫌われてしまったようなので、和解の道を探すべく本日から毎朝フライ様のお世話をさせていただくことに致しましたの!あ、フライ様、朝食のパンはバゲットかクロワッサン、どちらが宜しいですか?」


「いや、僕朝は食事要らないから。ふざけるのも大概にしてくれないか、今すぐ出てい……っ、何これ。何で足が縛られているんだ!?」


 起き上がろうとして自分の足を見て、リボンでグルグル巻きにされていることに気づいたフライ皇子が叫ぶ。

 朝食の用意を整えながら、私は反対ににっこり笑ってやった。あ、リボンはあとで返してくださいね、髪飾り用のやつなので。


「フライ様と親睦を深める計画を考えた際に、ある方から『アイツは朝にめっぽう弱いから、縛り上げて寝ぼけてる間に『友人になる』って言質取っちまえば一発だぜ!』と言われまして、この際なりふり構わず既成事実を先に作ってしまおうかと馳せ参じました」


「誰だそんなふざけたアドバイスしたの!ライトか、ライトだな、その口調はライトだろう絶対そうだ!そもそも既成事実って何だよ、言い方おかしいでしょう!?」


 『正解です』と拍手する私を睨み付けながら、手は縛られていなかったフライ皇子が怒りをぶつけるようにバンッとテーブルを叩く。その言葉に首をかしげた。

 何かおかしいかな?うちのメイドさん達に『フライ様とお近づきになりたいんです』って言ったら『王族同士ですし、既成事実でもあれば一発ですよ』って言われたんだけども。既成事実って、実際にはなにもなかったことをさもあったかのようにでっち上げる事だよね?だから、とにかく一度”友達“って言わせてしまえばあとでゆっくり仲良くなれるかなと思ったのに。


 きょとんとする私に、何故か一瞬赤くなったフライ皇子が長いため息を溢す。


「男女間での既成事実って言うのは本来……っ、~っ!ま、まぁいい。それより本当に帰ってくれないか、そもそもどうやって入ったんだ!」


「フェザー様に『フライ様と心の距離を近づけたいんです』って言ったら、二つ返事で合鍵をくださいました。それにしてもフライ様、朝は弱いと窺ってましたのに意外と元気ですわね。寝ぼけてらっしゃる間に言質をいただくつもりでしたのに、誤算でしたわ……」


「兄さん、まさかの裏切り……!そりゃ朝目覚めるなり他人が部屋にいて縛り上げられてるなんて緊急事態になってたら誰だって嫌でも目が覚めるんじゃないかな!!心の距離は近づくどころかもう宇宙の果てまで逃げ出してるよ!!大体……っ」


 ハァッと一旦息をついたフライ皇子が、あれだけたくさん巻かれていた足のリボンをさっとほどいて立ち上がる。あーっ!縛るのに一時間もかかったのに……!


「足だけ縛ったって、手が自由なら簡単にほどけるに決まってるでしょう?」


 た、確かに!!


「なんと!盲点でしたわ!!明日は手も縛っておくことにしますね!!」


「いや、僕は来ないでほしいって言ってるんだけど!?縛るの前提で話進めないでくれる!?」


 流石に頭がパニックなのか、仮面のような笑顔でも、冷めきったような無感情な眼差しでも無く、頬をひきつらせて後ずさっているフライ皇子。その姿を見て、思う。

 私だってこれがかなりぶっとんだ行いだと自覚はしてるし、申し訳ない気持ちもあるけどそれより、何より。なんだ、この子も普通の人間なんじゃないかと。

 だからこそ、ここは押しの一手だと思うの!と、壁を背に青ざめているフライ皇子に詰め寄った。


「まぁまぁそんなに青い顔をされて!やはり成長期に朝食を抜くのはよくありません、せっかく作りたてを用意したのですから召し上がってくださいな!」


「だから要らないって……!」


「デザートでクッキーも焼いて来ましたの、さぁどうぞ!」


 朝食のトレーの方に気をとられて油断していたフライ皇子のポケットに、個包装したクッキーを突っ込む。

 初めて見る、困り果てた顔のフライ皇子がもう一度『要らないって言ってるのに!』と声を荒げながら私を振り払った。


「朝食はもちろんだけど、お菓子なんか尚更要らないよ!甘味なんか食べて何になるって言うんだ!」


「その日がちょっとだけいい日になるんですよ!」


「……っ!」


 朝からかなり無理してテンションを保っていたけど、そこだけは完全に素で返したからか、フライ皇子が固まった。その隙に畳みかける。


「美味しいご飯もですけど、甘いものはちょっとだけ、笑顔を、元気をわけてくれるんです。だから、ちゃんと食べてください。甘すぎないようにちゃんとお砂糖は控えてあるから!」


 攻略本にあった通り、フライ皇子は甘すぎるものは嫌いなのだろう。言い切った私を見て逃げ切れないと判断したのか、齢9つとは思えない大人びた仕草でフライ皇子が嘆息する。


「……っ、一枚だけだからね。クッキーだけは受けとるから、本当に帰ってくれないか」


「ーっ!はい、“今日の所は”お暇いたしますわ!」


「出来たら明日以降も永遠にお暇していてほしい……!クッキーも受けとるのは今日だけだよ、一枚しか食べられない物をわざわざ焼き上げる労力と材料が無駄になるでしょう。大体もう七時じゃないか、こんなことしてたら遅刻だよ!」


「ご心配には及びませんわ。はじめから初日は一枚しか召し上がって頂けないだろうと思い、初めから一枚しか持ってきていませんの!余った分は毎日ライト様が食べて下さるそうですからご安心なさって!第一今日は日曜日でしてよ!」


「馬鹿の癖に何その無駄な用意周到さ!逆に安心出来ない!!」


 ポケットから思わずといった様子でクッキーを取り出したフライ皇子の様子を見て吹き出しそうになるのを堪えながら、唯一の出入口である扉に向かう。

 退室の前に、いかにも皇女らしく、優雅に膝を折って微笑んだ。


「では、ごきげんようフライ様。朝食とクッキーはしっかりと召し上がって下さいね。王族ともあろう者が、一日の食習慣すら乱れているようでは恥ずかしいですわよ」


「今しがた、王族どころか人としてあり得ない行動をした君が何を言うんだ、白々しい……!」


「あら失敬な。明日はクッキーは二枚に増やしてお持ちしますわね、ではまた明日!!よいお休みを!」


 最後ににこっと笑いながら、明日も必ず来る宣言を突きつける。


 『もう二度と来るな……!!』なんて言う爽やかな朝を破る叫び声なんて、私は全く聞かなかった。


   ~Ep.32 破滅フラグ回避の為、言質を取ることにした~


   『世の中、言わせた者勝ちよね!』


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