Ep.17  火のない所に

 翌朝、いつもより三十分くらい早めに花壇に行くと、朝日に照らされて花が綺麗に咲き誇っていた。

 長期休みの間はわざわざ庭師さんが雇われて手入れをしてくれているので、いつもよりずっと花達が生き生きしている。

 やっぱりどの世界でもプロって凄いのね。


「あっ、フローラちゃん。早いねー、ごきげんよう」


「あっレイン、ごきげんよう」


 まだ水やりにもちょっと早かった為に花壇の周りを散歩していたら、肥料入りのアンプルを持ったレインとバッタリ会った。

 この一年でかなり打ち解けた為、もう口調もほぼタメ口だ。


「なんかちょっと久しぶりだね。」


「そうね、お休み中は会ってなかったものね」


「だねー。では、休み明けの水やりしっかりやりますか!」


 レインの掛け声に、私も片手を上げて『おーっ!』と応じる。うん、貴族の子とは思えない良いノリだ。

 水やりが終わったら、昨日の話聞いて貰おうっと。






















―――――――――

 久しぶりに使う魔法はブランクのせいかちょっと感覚に違和感があったけど、一年前に比べると大分上達したと思う。

 一年生の最初の頃は、手の平サイズの雨雲一つで手一杯だったのに、今では花壇の大きさと同じくらいの雨雲を作って一度に水やりが出来るくらいになった。


「地道な努力って大事よねー……」


「……なんか今朝は元気ないね、どうかしたの?」


 しみじみと呟いた私を、レインが心配しれくれた。

 ありがとう、ちょっと黄昏てただけだから大丈夫よ。あぁ、そうだ。


「ねぇレイン、ちょっと話を聞いてもらえない?」


「……??もちろんいいよ、何の話?」


 わざわざ一旦作業を止めて聞いてくれようとしたので、片手間に聞いてくれればいいからと作業は止めないように促す。

 聞いてもらう側だったのにちょっと偉そうだったかな、でも本当に、聞いてもらうだけで良いんだし……。

 少なくとも誰かに話せば、昨日からのあのモヤモヤした感じも多少楽になるかなと思うんだ。


 ――……と、言うわけで私は昨日の図書室での一部始終をレインに話した。

 レインはその間、一切話の腰を折らずに、所々で頷きながらちゃんと聞いてくれた。



 ※ちなみに、もちろん作業もちゃんと進めていた。


「なるほど、それは多分びっくりしたんじゃないかな」


「だから、その驚かれる理由がわからないのよ」


 そう言うと、レインが数回パチパチと瞬きをしてから、『フローラって噂話とか疎いでしょ?』と言われた。

 ―……うん、前世から噂や流行には疎いよ。


 そう言う話をする友達も居なかったし、現世では私はまだあまり社交界に顔を出してないしね。


「あのね、スプリング王家の兄弟の仲の良さはハリボテだって有名なんだよ」


「えっ!?」


 あの仲良し兄弟が!!?信じられない、と言う気持ちが表情に出てたのか、レインがその有名だと言う“噂”の内容を簡単に話してくれた。

 スプリング王家の血筋は代々非常に聰明なんだそうで、当然ご長男であり跡継ぎであるフェザー皇子も頭が良い。

 学園に入る前から、その優秀さは有名だったそうなんだけど……


「弟君であらせられるフライ様が五歳の頃、兄が七歳でようやく覚えたのと同じ書を独学で習得されたんだって」


「あぁ、フライ様も勉強が得意でいらっしゃるものね」


 で、既に“神童”だと呼ばれていたフェザー皇子より更に優秀だった弟君に、親戚や民の心はあっという間に傾いてしまい、フェザー皇子は内実かなりぞんざいな扱いをされており、その不満が原因であるフライ皇子に行っている。

 また、フライ皇子も自分の優秀さがわかっている野心家で、兄の立場を狙っている……と。

 何ともまぁ、ありがちなお話ですなぁ。


「……たかだか小学生がそんな悪どいこと考えるわけ無いのに」


「えっ?フローラちゃん、今何か言ったー?」


「ううん、何でもない!教えてくれてありがとう」


 ちなみに、子供達は優しいお兄様であるフェザー皇子をしたっており、逆に同世代よりあからさまに秀でているフライ皇子は敬遠されて来たらしい。

 だから最近は、“フライ皇子は野心家”の部分が更に誇張されて噂が広まってるんだとか。

 ――……恐っ!!貴族社会恐いよ、根も葉もない噂好きだな!

 マダムかっ、マダムが井戸端会議ならぬ舞踏会談義してるせいか!!


 ……昨日のお互いをわかりあって、素直に兄の言葉を聞くフライ皇子は、普通の可愛い小さな男の子だった。

 まぁ、直接会話すると恐いのは恐かったけど、あれは単なる腹黒だもんね。

 何だかやるせないなぁ……。


「あぁそうだ、フローラちゃんの噂も聞いたよー。こっちは明らかに『嘘でしょ!!?』って感じのだけど」


「えっ!?なっ、何ですの!!?」


「んー?えっと、フローラちゃんが国王様達の公務に無理矢理くっついてフェニックスに行って、ライト様に媚売って学園に紹介状を出して頂いたって話」


 レインが笑って教えてくれたその内容に絶句する。

 何だそれは、前半はまぁあってるけど後半が色々おかしすぎる!!


?売ったのは媚じゃなくてケンカだよ!!

って言うか小学校低学年がよく『媚を売る』 なんて言い回し知ってたな。

 憎い!小さい子の噂話まで生々しくしてしまうほどの進んだ教育が憎い!!


 しかも、この話だけでも既に私のライフポイントは0に近いのにまだ続きがあるらしい。

 聞きたいような、聞きたくないような……。


 そんな私の荒れた心境のせいか、水やり用に出している雨雲が先程からかなり黒く変色してきている。


 使い手の心理が大きく影響するって本当なのねー……。

 なんて気持ちが逸れた時、レインの口から爆弾が落とされた。


「なんか、フローラちゃんがライト様のこと好きで婚約者になろうとしてるって話が出てきてるみたいだよ」


「は、はぁぁぁぁぁっ!!?」


「わっ!?」


 な、な、なっ……


「何なのそれーっ!!」


 なんて言いがかりだ!

 まぁ、悪い子じゃないのはわかったからもう嫌いではないけど、婚約だなんてとんでもない。

 火のない所に煙立ちまくりですよ、あの諺作った人、一体どういうことなんですか!


 と、とにかく、そっちは流石に火消しにかからないとマズイわね。まず火種がどこかわからないけど……ん?


「レイン、顔色が真っ青よ。どうかしたの?」


「あ、あ、あの、フローラちゃ……様、後ろ……!」


 わざわざ“ちゃん”を“様”に言い直したレインに違和感を感じつつも振り返る。

 すると、そこには水も滴る(物理)美少年

が立っていた。

「……どうやら、お前はどうも俺に恨みがあるらしいな」


「らっ……」


 ライト皇子ーっっっ!!何故この流れでここに居る、貴方いつもあと十五分は遅く来るじゃないの!!

 それに……


「あ、あの、その水は……」


「犯人は、今お……、僕の目の前に居るんだが?」


 ――……ですよね。


 さっき叫び声あげたときに確かに“バシャッ”て水音がしたような気はしてたんだ。


「もっ、申し訳ございませんライト様!」



 そりゃ、これだけ頭からずぶ濡れにされたら怒るよね。これからまだ授業があるんだし……。

 しかも、開いていた窓から中に水が飛んだので、廊下まで水が溜まりビシャビシャだ。


 こ、これは……


「とにかく、タオルが必要ですね。私、取ってきます!」


「あっ待ってレイン、私のミスだから自分で取りに……」


「……待て。タオルはいい」


 焦って拭くものを求めて走り出そうとした 私たちを、ライト皇子が引き留める。

そして、その足元にライト皇子が足で円を描くと……


「ーっ!」


「凄いですね……!」


 なんと、その円の部分から炎が上がり、あっという間にライト皇子にかかっていた水と廊下に溜まっていた水を蒸発させた。

 しかもその火力のコントロールが絶妙で、完全に乾いている上にどこも焦げたりはしていない。

 流石、技術試験学年トップだ。フライ皇子と同率一位だったみたいだけど。


「まぁ、きちんと謝罪したから今回は許してやろう」


「あ、ありがとうございます!」


 完全に乾いた髪を手でちょっと整えながら、ライト皇子がそう言った。よ、良かった……。

 レインはと言うと、ライト皇子の見事な魔法に魅せられたのかちょっとうっとりしている。

 おーい、二年生に色恋沙汰はちょっと早すぎないかい?


「じゃあ、僕は行くから。次からは気を付けるように」


「はい、本当に申し訳ございませんでした」


 窓まで駆け寄って、ライト皇子にもう一度頭を下げる。と、何故か一度歩きだしたライト皇子が足を止めて私の肩を掴んだ。


「今回のこれと例の噂の火消し件、貸しにしておくからそのつもりで」


 ……私の耳元でそう囁くと、ライト皇子は悠々とその場から去っていった。


「ふっ、フローラちゃん、まさかホントに……」


「えっ!?ちっ、違いますわ!冗談じゃありません!!」


「照れなくても大丈夫、私は言いふらしたりしないから!それにしてもあんな仲良かったんだねー」


 語尾にハートやら音符やらがつきそうな声色で語るレインに、さっきのライト皇子の不吉な一言はどこかに飛んでしまって。

 このあとレインに必死の弁解をして遅刻となった私は、結局先生とハイネからお説教を頂いたのでございました。あぁ、もっと子供らしく過ごしたいよ……!


     ~Ep.17 火のない所に~


『火種がない煙って一体どこ消せば良いの……!?』

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