Ep.10.5 俺はお前を認めない(ライトside)

 この日、俺は前々から予定していた収穫祭の巡回の為、いつもより一時間近く早く目を覚ました。


「おい、今日の服の用意は!?」


「おはようございます、殿下。お召し物のご用意は出来ております」


 こちらを、と執事が出してきたのは、普段より装飾が少なめで動きやすそうな服が一式用意されていた。それに袖を通しながら、馬車の準備が出来ているかも確認する。


 流石に歩きで回るわけには行かないからな……。


「申し訳ございません、その、馬車のご用意なのですが……」


「何だ、まさか出来て居ないのか?」


「いえ、馬車その物の準備は出来ております。ですが、予定時刻に出発する事は難しいかと」


 言葉を濁す執事を睨み付け、『ハッキリ答えないか』と叱る。


 しかし、俺が生まれたときから側についていたこの男はまるで気にせずに『そのご説明は陛下からお聞き下さい』とだけ言って部屋の扉を恭しく開いた。


 全く、一体何だって言うんだ!






















―――――――――


「父上!」


「おぉライト、いい所に来た。実はな、お前に任せたいことがあ……」


「俺は今日は朝から街の収穫祭に向かうと決めていた筈ですが!?」




 父上の言葉を遮ってそう先手を打てば、父上は笑顔を崩さないまま『お前にはすまないと思うが、大事な事なのだよ』と言う。何がだ、普段は見向きもしないくせに。


 すまないと思ってるなら笑ってるなよ!


 ……しかし、一応相手はこの炎の国“フェニックス”の王であり、残念ながら自分の父である。


 仕方なしに理由だけ聞いてみると、もうすぐ隣国“ミストラル”から王様と王妃様が視察にいらっしゃるらしい。


 でもそれなら大人同士の話で俺には関係無いじゃないか、と言おうとしたら、なんと娘である姫が急に一緒に来ることになったらしいのだ。そして、俺に任せたかったのは事もあろうにその姫の相手だと言う。


 ……冗談じゃない!!!


 以前から決まっていた親の仕事に無理矢理ついてくるような子供。しかも、一人娘で姫だなんて、とんでもないワガママ娘に違いない。実際、国内の令嬢達も相手の事などお構いなしな世間知らずばっかりだ。


 そんな類いの馬鹿の相手に一日を潰して以前からの予定を中止にするなんて絶対に嫌だと、俺は父上に従うふりをしつつ、こっそり城から抜け出したのだった。


 馬車が門を出る際、ミストラルの国の紋章入りの馬車とすれ違ったが、中の様子は見えなかった。まぁ、どうでもいいか。






















―――――――――


 ――……どうでもよくなかった。


 あの後、馬車を使い収穫祭を回っていた俺はあるアクシデントに見舞われた。

 一応速度は抑えていたし、周りには気を付けていたつもりだったが、馬車の死角に入り込んでいた子供(まぁまだ俺もガキだが)を引きそうになったのだ。


 急停止の衝撃でぶつけた頭を押さえつつ外の様子を伺うと、金髪のウェーブ髪に、青い目をした少女が此方を睨み付けていた。


 ぱっちりしているがたれ気味の目で睨まれたってどうってことはないのだが、この少女、なかなか口が達者だった。


 なんとこの少女、見栄と意地で被害者に暴言を吐いた俺に、何と正面切って食って掛かって来たのだ。

 これには正直驚きを通り越して呆れた、俺が乗っている馬車に入った紋章と、実際に話した俺の口調を聞けば相手の身分くらいすぐに分かっただろうに。


 と言うか、売られたケンカを買いつつも一人称は外用の“僕”で対応した自分を誉めてやりたい。だが、売り言葉に買い言葉でケンカをしつつも、後で思い返してみればあの少女の言葉は全部正論だった。


「…殿下、どうか気持ちをお静め下さい」


 言い合いを途中で止めたのは、少女を探しに来た若い男だった。


 そしてその男や後から来た者達が、口々に少女をこう呼んだ。『落ち着いてください、フローラ様!』と。


 あれがフローラ・ミストラルか。予想とは方向性が違ったが、どちらにせよ面倒そうな奴だ。

 それなのに、王城に戻るために踵を返す馬車から最後に見た、助けた子供に笑いかけるフローラ皇女の笑顔が何故だかまぶたの奥に焼き付いた。

 何故だか城に帰っても、フローラ皇女の事が頭から離れない。苛立ちを叩きつけるように上着を執事に渡しながら言い捨てる俺を見て、執事であるフリードが苦笑する。


「んだよ、笑うと可愛い癖にとんだじゃじゃ馬皇女だったな。あー、腹立つ……!」


「でしたらあまり関わらなければよい話でしょう。もうすぐライト皇子はイノセント学園にご入学なさる身。女児であらせられるフローラ姫との接点はしばらくありますまい」


「……いや、それは駄目だ」


「え?」


 執事の言葉には頷けない。今接点を無くせば、俺はあのガキに言い負けたままになる。

 それはあまりに嫌すぎる、何とかアイツに勝たなければ!


 とは言え、相手が女の子では流石に白い手袋を投げつける訳にも行かない。


 途方にくれた俺は、城に帰ってすぐに二人の友達に相談の手紙を送った。


 賢い友達だから、きっといい案をくれるだろう。


 後日二人から届いた返事には、片方には『女性相手なら知性を使うか、魔力を用いた勝負をすべきだ』との意見があり、もう片方には『周りに干渉されずに勝負したいなら、いっそ向こうをイノセント学園に引きずり込むといい』と言う意見があった。

 どちらも良い案なので、すぐに行動に移すべく父上達を口車に乗せてフローラが学園に入学するよう仕向けた。


 後日挨拶に来た時のあの狼狽えっぷりはなかったな。


 まぁ、ほとんどの間は上手く猫を被ってたから動揺を見せたのは二人になった時だけだったが。


 どちらにせよ、入学した学舎で知性を競うのであれば男女で争っても責められることはないし、全力でアイツを叩きのめす事が出来るだろう。


 今から実に楽しみだ。






















―――――――――


 入学式の日、何故かフライがフローラと接触していた。変な物を集めるのが好きなフライは、変な“人”であるフローラにも興味が湧いたのかも知れない。


 ――……が、あんな馬鹿に俺の大切な友人を近づけさせてなるものかと、その時はすぐ邪魔に入って二人の接触は阻止する事が出来た。


 フライめ、『彼女も入学させた方が……』ってのは自分がただ単に観察対象を見たかっただけだな?




 全く、フライの方には今後常に目を光らせないと。

 ――……なんて思っていた俺が甘かった。


 何と、フローラと同じクラスになったクォーツが奴と仲良くなっていたらしい。毎日のように花壇を見て話す二人の姿を見たから間違いないだろう。


 そう言えば、フローラは書面の学力試験はトップだったにも関わらず、魔力の実技は全然だった。


 その訓練のつもりなのか、毎朝毎放課後魔力を使った水やりにせいを出している。


「~♪」


「……何を歌ってるんだか」


 窓から丁度見える花壇に目をやれば、フローラがご機嫌に小声で歌いながら雨雲を操っていた。あの実技試験の日より大分成長したらしい。


 まぁ、次の平日の朝にでも、クォーツの事の確認ついでにあの実技試験の結果について指摘してやろう。慣れない学園生活に揉まれた後で、どれだけ猫を被っていられるか見物だ。





















―――――――――


「らっ、ライト様!?いかがなさいました!!?」


「……ただのかすり傷だ、大事ない」


 ――……両親の教えを無視して女子に意地悪をした俺にバチが当たったらしい。


 今朝、フローラを毎朝見かける時間より多少早めに寮を出て、裏門の側に隠れながら奴が来るのを待っていた。

 しかし、今日に限ってなかなか来なかったフローラは、あろうことか裏門が閉まってしまった後に駆け足で登校してきたのだ。


 ふわふわに結ばれた二つ結い髪が揺れていて、かなり急いできた事が伺える。寝坊したと言うならばそれも指摘してやろうと、隠れていた所から一歩踏み出そうとしたその時……。


「えーいっ、上っちゃえ!」


「――……!?」



 不意に聞こえた信じがたい言葉に閉ざされた裏門を見れば、フローラは軽やかにその門を上って行く所で。

 あまりの発想に呆気に取られている内に、彼女は門の一番上までたどり着いていた。


「流石にこれは……」


 あまりにも危険行為すぎる、地位の高い女児がそんな真似をして、顔に傷でも作ろう物なら大惨事だ。


 心配なんかしてやりたくないが、一応注意くらいしてやろう。

 そう思いこっそり裏門に近づいた俺は、今正に反対側に回ろうとしていたじゃじゃ馬姫に声をかけた。


「こんな爽やかな朝に何をしているんだ、じゃじゃ馬姫」


「えっ……!?」


「ーっ!?」


 だが、わざわざ近づいて声をかけたら驚かせたらしく、フローラがバランスを崩して門から落下した。……日頃から女性の扱い何て言うふざけた学をも学ばされていた俺は、咄嗟にその身体を受け止める形で下敷きにされたのだった。


「……あぁそうだ、これを洗っておいてくれ」


「は、はい、畏まりました」


 自身の血が染みてしまったハンカチをメイドに渡しながら、庇った際に手の甲を擦りむいた事が頭を過る。

 怪我なんて何年ぶりだろう、なんで俺が庇ってやらなきゃいけないんだ、こいつの自業自得じゃないか……。


 そんな風に怒りが湧いてきて、未だに俺の上に乗っていたフローラに一言言ってやろうと目線を合わせて……何も言えなくなった。


 あのじゃじゃ馬ならかすり傷など気にも止めないと思っていたのに、実際に顔を見てみれば明らかに顔色が変わっていて。

 かなり強い力で引っ張られるままに水道まで連れていかれ、傷口を念入りに洗われこれで応急措置をされたのだ。


 ……ずいぶん手当てに慣れてたが、まさかしょっちゅう自身に傷を作ってるんじゃないだろうな。いや、しかしあのじゃじゃ馬なら……


「ライト様、最近はずいぶんと考え込んでいらっしゃる事が多いですね。何か興味が湧くものでもございましたか?」


「……いいや、興味など湧いてない!」


 何を思ったか、明らかに可愛らしい女子のハンカチをメイドに渡していた所を見ていた若い執事がそんな指摘をしてきた。聞かれると同時に浮かんだ最近の関心対象の姿を、頭を振ってさっさと追いやる。

 そうだ、これは興味ではなく怒りと呆れだ。


 フローラ・ミストラル、同じ王族に生まれた子として俺は彼女を認めはしない。


 今年は結局学力試験の方では残念ながら数点の差に泣いて敗北したが、来年こそは必ず負かしてやろう。

 そして言ってやるのだ、『俺はお前を認めない!』と。


 ……春休みの里帰りの際、先生には厳しくご指南を頼むと手紙を認めた。


   ~Ep.10.5  俺はお前を認めない~




『……まぁ、その春休みの間に全員揃って顔を合わすことになろうとは、この時の俺には知る由も無かったのだった』


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