佐多椋の50文

1 

 目醒めると、昨夜まで積もっていた十字架がひとつ残らず融けていた。僕は再び眠ることにした。


2

「もしわたしが壊れたら、直してくれるの?」


3

 土曜、日付が変わろうとする頃の新宿に、硫酸の雨が降り注いだとしたら。


4

 実現するかはともかく、実行してみたいと思っていることがひとつある。《殺藝の三段活用》だ。


5

 まだ転がっていない。ならばまだ終わってもいないのかもしれない。


6

「嘘、嘘に決まってるのだから、もうそんなことは二度と言わないで」


7

 公園に夜が落ちていたので、拾った。ひんやりとしたそれは、わずかな明滅を繰り返しながら、縮んでいく。


8

 第三章に入っていた申し送りへの回答を見た瞬間、絶句した。削除の校正記号の横に、《削除》でも《トル》でもなく、《抹殺》と書かれている。


9

 あるいは花が咲いているのかもしれなかった。しかし、今のわたしにはそれを判断することができなかった。すべてはもう終わってしまったのだから。


10

 地下街の行き止まりで立ち止まっている男はたいてい、どこにも行けないと感じているのだという。


11

 それははじめ呪いの言葉だったらしいが、時間が経ち、いつのまにか愛の言葉に変わっていたらしい。


12

 学生の頃よく通っていた定食屋が潰れていたことが、なぜかひどくおれを落ち込ませていた。


13

「それは物語じゃない、たんなる嘘の積み重ねを物語だなんて云わないで」


14

 その部屋の壁は白一色に塗られていて、家具はすべて黒いもので揃えられていた。それをお洒落だと思う人もいるのかもしれないが、私にはただ気持ち悪く感じられた。なんというか……死んでいる途中の部屋に見えた。


15

 ただ泣いていただけなのに、嘆いていると、悲しんでいると思ったら大間違いだ、ただ泣いているから泣いているときだってあるはずなのに。


16

 腐ったショートケーキのように救いのない人間が目の前にいる。


17

 捨てられていた指輪を拾った大学生がそれを投げ捨てる。指輪は呪いをかけて、大学生は車に轢かれて死ぬ。だいたい、そういったようなことだ。


18

 彼女は侮蔑の感情を込めてその猫を観ていた。猫を。


19

 諦めたのかって訊くから、まだ諦めてませんよ、って云うと、なんだ腹立ったような顔するのやめてもらえないかな。


20

「感性が磨り減った人に対して何か喋っても損するだけ、お婆ちゃんが言ってた」


21

 抱きしめれば崩れることがわかってる、塩でできた女の身体を、じっと眺めていたら一日が過ぎる。


22

 もし下品な歌詞の音楽を大音量で流している空間でだけ、熟睡できる病にかかっているとしたら。


23

 醜い塊がある。何度も何度もその塊を蹴り続けた子供は、やがて気が狂って川へ身を投げたという話だ。


24

「重低音が形を持って襲いかかってきたとしたら、そりゃすぐ死んじゃうよねえ、僕らなんか」


25

 狂い咲いた桔梗の花を持ち帰ったならきっと、もとのあなたに戻ってくれると信じています。


26

 動かなくなった右手を庇いながら歩くには、戦場は少し五月蝿すぎるような気がした。


27

 何か言っているけど聞こえない。聞こえない言葉は存在しないのと同じだから、存在を消すために眼を瞑る。


28

 仕事をしていたら、ふと、遠くへ行った叔母のことを思い出した。


29

 一度も出席したことのない授業のレポートを書くために徹夜するようなものだ、それは、きっと。


30

 元からそうだったのかもしれないが、どうしても僕にはそうは思えなかった。変わったように見えた、それもひどく突然に。


31

 西船橋駅の北口から徒歩で7分ほど歩いたところに、その魔術師は住んでいた。


32

 狂人が作った出来損ないのダブステップのような小説を書きたいと、弓削澤は言った。


33

 かつてエスペラントで「赤い幻」を意味するコンビ名で活動していた漫才師の片割れは今、某ゲーム制作会社でディレクターとして働いているという。


34

「もしもし、こんにちは。はい承りました。それでは始末のお時間でーす」


35

 DITA化によって部品化が完成されたマニュアルはもはや、それ自体が工業製品であるといえるだろう。


36

 いくら働いても、生きていける気がしない、生きていける気がしないのに生きている。


37

 残念ながら一生池袋には行けません。


38

 夜の住宅街特有の空気を吸い込んで、僕はささやかな決闘に向かう。


39

 しゃべるターンテーブルを持って旅に出ようと思い立ったのは先月のことだった。


40

 いずれ滅びゆく定めの箱庭なのだから、早めに燃やしてしまった方がいい。


41

 Googleの入力ボックスに「人生 意味」と打ち込んだら、「人生 意味 ない」とサジェストされたので、死ぬことにした。


42

 ジグザグジギーのコント並にしつこい勧誘だった。


43

 届かなくなった声のためにしてやれることは何もない。


44

 InDesignやIllustratorのファイルは、「名前を付けて保存」を選ばずに保存する限り、履歴のようなものが残ってファイルサイズが膨らみ続けるというが、人間の記憶も似たようなものかもしれない。


45

 かつて存在した「JUNK ZERO」と、現在存在する「オールナイトニッポンニッポン0(ZERO)」とでは、同じZEROでも意味が違うのは言うまでもない。


46

 嘘みたいに晴れた空にも、塵は舞っている。それと同じように、どれほど純粋なものに見えた感情にもやはり、夾雑物は紛れ込んでいるのだ。


47

 純粋な悪意は、子供の悪戯心と見分けがつかない。


48

「そうはいっても、あなた童貞でしょう」


49

 もしも生まれ変われるとしたら、二度と生まれ変われない人に生まれ変わりたいです。


50

 なくしたものは、もう取り戻せない。取り戻せたように見えてもそれは、また新しくそこに生まれたものなのだ。

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小説フリー素材集 Vol.1/書き出しより《佐多椋の50文》 佐多椋 @firstheaven

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