終章 04



 住職は桐箱に入っていたカドガ剣をそっと指先で撫でてから、肩の力を抜いて呟いた。


「それから間もなくして、内幸流斬星が戻ってきた。彼の背後には大岡山宣幸によって追放された貴族まがいの連中が大勢いた。泥の作業、農作業を嫌い、人に指示を与え、その指示によって金が生まれると考えている、卑しい人々だ」


 子ども達を見つめて住職は言った。


「南部『ギヨレン』という地域がなくなり、進州という名に変わったのはそれからだ。大岡山宣幸を支持する一派と内幸流斬星を支持する一派での、醜い内部抗争が始まり、最終的に厚治国主の内幸源流道が裁定を下した。『南部ギヨレン廃止令』だよ。それは大岡山宣幸の追放を意味していたし、厚治国に『ギヨレン』が併呑された瞬間だった。

 内幸流斬星からしてみれば、それは当然の流れだったかもしれないけれども……みんなからすれば、この土地はみんなのものだし、源流道のものではないよね。だから、反抗したんだ。反抗して、完膚なきまでにたくさんの人たちが追放されて、処罰された。

 大岡山宣幸という人は、人間扱いをしてくれた内幸源流道に忠誠を誓ったけれども、その内幸源流道の指示によって、再び人間扱いされなくなってしまったんだ」


 長く住職が話したところで、ある女の子が「可哀そう……」と呟いた。


 それに住職はゆっくりと頷いてから。


「だから、この剣を大切にして、箴言密教の教えに身をゆだねてみようと大岡山宣幸は思ったんだね。もしかしたら、それすらも那曲光重にはお見通しだったのかもしれない」


 すると少年の一人が大きく飛び上がるように挙手して質問した。


「じゃあじゃあ、その大岡山宣幸って人はいまも生きてるの?」


 この問いかけに、再び住職は机の上に閉じていた『進州・アガナ開拓日誌』を手に取った。


「大岡山宣幸は俗世を捨てて、誰もが怖がって踏み入らないデルデ峠に寺院を開いた。箴言密教の敬虔な教徒――那曲光重が、もしかしたら北部『アラゼ』を目指して戻ってくるかもしれない。そのときの港となるように」


 そこまで住職は話してから、幾度か頷いた。


「そういった理由から、内山文京はわたしにこの日誌を託して消えて行ったのかもしれない。那曲光重は大岡山宣幸がどこで何をしているのか知っているだろう。だから、わたしも、彼が竜胆色の空と灰のような雪が降るガルダで、春塵を含めた大勢の仲間と楽しく暮らしている事を知っているつもりだ――」



 彼が下界に現れたとき、その道しるべとなる場所を――このデルデ峠で守ってゆくために。

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竜胆色の灰と雪 進州・アガナ開拓日誌 HiraRen @HiraRen

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