終章 02



 南部『ギヨレン』は名だたる武将をリュドミラの強奪奇襲で失った。


 厚治国主の内幸源流道は逃げ帰って来た流斬星より状況を聞き、事件を『満月長夜の強奪事件』と命名した。

 この事件で後衛の武将が失われ、最前衛を固めていた天現宗派の武闘派僧侶が重傷を負った。

 大蛇が毒ネズミに殺されかけた、と源流道は述べて「この程度で済んで、むしろ良かったと考えるべきなのかもしれぬな」と呟いたとか。

 被害が少なかったのでお話は終わらない。

 内幸源流道は厚治国の国軍三十五万を引き連れて南部『ギヨレン』に入った。

 使者は北部『アラゼ』に対して那曲光重をはじめとした罪人の引き渡しと箴言密教の偶像であるリュドミラの返還を求めた。これが実現しない場合は、治安と秩序の観点から北部『アラゼ』は南部『ギヨレン』へ併合し、『大進州』として厚治国の統治下とする――という一方的なものであった。


 これは一方で南部『ギヨレン』の消滅も意味していた。


 内幸流斬星は厚治国の別邸で治療という名の謹慎をしていたし、多くの武将を失ってしまっていた。

 この厚治国の進州大遠征に参加した南部『ギヨレン』の武将と言えば、大岡山宣幸ぐらいであっただろう。一説には、大岡山宣幸を『大進州』総督府の高官につけ、時期を見計らって内幸流斬星を総督として赴任させる計画が源流道にあったのではないかと考えられている。

 けれども、北部『アラゼ』の農民新政権はこれを拒否――。

 使者の首を山から箱に入れて投げ返すという凶行に出た。

 これをもって、四十万を越える南部『ギヨレン』と厚治国軍の大軍勢が『アラゼ』を目指して進撃を開始した。

 このとき、少なからぬ疫病が大岡山宣幸が率いる南部『ギヨレン』正規軍に起こった。

 それは直近の『アラゼ攻め』に参加した兵士たちの間で発生した。

 兵士たちは「また、那曲光重が奇策で俺たちを殺すんじゃないのか」「今回は大軍勢だけれども、前回も大軍勢だった」「せっかく生き残ったのに、俺たちはまたつらい思いをしてアラゼの連中に殺されるんだ」という臆病風である。


 くしくも季節は冬である。


 デルデ峠はひどい雪で、二度目の雪中行軍は苦痛以外のなにものでもなかった。

 大岡山宣幸はひどく兵士たちを引き締めた。


「ここで退く事は許さん! どんな奇策も大軍勢の前には無力だ。我々は正義のために戦う! アラゼを攻め落とすまではギヨレンに帰れないものと思え!」


 光重との一騎打ちで敗れた宣幸は、その恨みもあって兵士たちを必要以上に叱咤していた。

 そして吹雪のデルデ峠でおびただしい串刺し遺体が見つかったとの報告に南部『ギヨレン』正規軍は震えあがった。

 吹雪の中で杭に貫かれたおびただしい数の遺体が、山中に突き立てられていたのだ。

 これを見た厚治国の偵察は「なんとも不気味で……」と本陣に報告している。

 それから間もなく、第一陣がデルデ峠越えを試みた。

 その際に大規模な雪崩が発生し、数千人が巻き込まれた。


「那曲光重の奇策だ!」

「ああ、光重は山の神をも味方につけておるのだ!」


 南部『ギヨレン』の兵士がそう騒ぐものだから、厚治国の正規兵にまで臆病風は蔓延してゆく。

 内幸源流道は状況を見極め、南部『ギヨレン』の市街地まで撤退した。

 そうして冬を越し、春先に再び陣形を整えてデルデ峠越えを敢行した。このとき、杭に括りつけられた等身大の藁人形が、山中のあちこちに転がっているのが発見された。それらには小手や壊れた鎧、兜などがかぶせられていた。

 これを見たとき、大岡山宣幸は「また、光重めにやられた」と奥歯を噛んだ。

 吹雪の雪山で見たおびただしい数の串刺し遺体は、ただの藁であったのだ。

 内幸源流道は万全を期し、春の峠越えを敢行したが――。


 今度は大雨がデルデ峠を襲った。


 激しい雨によって第二次遠征隊は行く手を阻まれ、土砂崩れによって再び被害を出した。第一次遠征の雪崩れといい、今回の土砂崩れ……。さらに追撃をかけるように河道閉塞した土砂溜まりが決壊し、猛烈な土石流となってふもとの陣を襲った。

 それはまるでデルデ峠自身が北部『アラゼ』への侵入を拒んでいるようだった。

 この自然現象を目の当たりにした内幸源流道は大岡山宣幸の「兵達は不安に駆られております。まるで光重の呪いだと」という言を受け入れて峠越えを延期した。

 南部『ギヨレン』に多くの兵が留まる事によって、南部開拓団の財政は大いに圧迫された。

 けれども、第四次遠征となる夏場のデルデ峠越えで厚治国の軍勢は初めて北部『アラゼ』の領域に踏み入る事となった。

 そこには整備された河川と田畑の『跡』が残るばかりの、廃墟の村ばかりだった。

 北部『アラゼ』の都であった場所も、大半が焼け落ちており……すでに荒廃していた。

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