アラ・カチュー 06



 飛びかかってくる精悍な若者の太刀筋は、これまでの兵士のものとはひと味もふた味も違っていた。光重でさえ驚くほどの早さで太刀が煌めいた。彼は孤独と苦痛の中で自らの剣を磨き続けていたのだろう。

 光重と宣幸の戦いが始まった事を見るなり、流斬星は「う、うわああっ……」と叫びながら逃げ出して行った。

 宣幸はそれを肩越しに見届けてから「復讐のときだ」と呟いた。


「それは僕も同じだ。若野林屋の恨みを、ここで晴らす」

「綺羅星さまはおまえを赦さない。その意志を汲む」

「弱きものは討たれるのだ」

「ならば、どちらが弱きものかを判然とさせようではないか」


 光重は『殺害』という事柄の因縁を強く感じた。

 若野林屋が襲われ、怒りに狂って内幸道場へ乗り込んだ。そこで内幸家の長男であった綺羅星ほか数名を惨殺して、長征へと旅立った。

 本来であれば綺羅星が南部『ギヨレン』開拓団長として旗を振っていたかもしれない。けれども彼が光重に殺されてしまったが故に……次男である流斬星がその役割を負っている。

 大岡山宣幸は流斬星というより綺羅星に近い門徒だったのだろう。

 彼は自分が生き残り、内幸家で最も尊重されていた子息の綺羅星が死んだ事を強く悔やんでいる。それは剣の太刀筋からも、彼の表情や殺気からも痛いほどに光重は感じていた。

 一合、二合、三合……そして間合いをとって四合と――長剣と濶剣が打ち鳴らされ、火花が夜闇に散る。

 内幸流は正眼一刀流の構えから展開される長剣術の一種である。

 一方の光重が使うのは刺突一刀流を軸とした六合刀技の雑派である。ガルダで主として使われていた刀剣は斬撃の剣ではなく、カドガ剣に代表されるような刺突、殴打の濶剣であった。そのため体術と刺突術を混合させた身体剣術が主流だった。光重は若野林屋で学んだ剣術とガルダの剣術、さらには図書館で会得した異界剣術を併せた雑派で剣を振るう。


 大岡山宣幸は光重の構えに眉を寄せ、緊張感を高める。


 これは光重が正眼一刀流では相対することのない、殴打刺突を狙う側面の構えであったからだ。

 大岡山宣幸の持つ刀剣は切れ味鋭い反りのある長物である。一方の光重は平べったい殴打と刺突に富んだ濶剣で、こちらは本格的な全身甲冑を着こんだ相手に使用される類の剣である。

 つまり、軽装である両者において大岡山宣幸の武装の方が有利を得ているのだ。

 光重はそれを充分に承知したうえで『時間を引き延ばして』いた。

 ちらとリュドミラの乗る牛車を確認し、光重はカドガ剣を握り直した。


「殺すつもりで来い! 若野林屋の光重<ミツシゲ>!!!」

「ミツシゲは死んだのだ。いまの僕は、黒き河を往く密教徒――那曲光重<なくちゅ ひかりえ>だ!」


 互いが地面を蹴って飛びかかった。

 その一瞬の突撃に周囲の兵士たちは「あっ」と息を呑んだ。

 背を見せて逃げる流斬星も、乱戦の中にあったフェオドラもシグネも……光重と宣幸の激突に視線を向けていた。

 人々の視線を集めるほどの殺気と集中力と死力が、ふたりからは発せられていた。

 光重の濶剣が大きな音を立てて空を斬った。大ぶりな音は虚しく戦地に響き、宣幸の刀剣を懐に誘い込んでしまった。


「わっ……ッ!!!」


 光重の声が漏れ、宣幸の「ぐうっ……」という呻きが混じった。

 濶剣の剣身が宣幸の刀剣の一部に接触し、真っ赤な火花を散らした。

 そのため、光重の肩から袈裟斬る軌道が変わり、わずかに光重の腕の薄皮が斬られた。

 互いが入れ違い、振り返り際に新たな一太刀が放たれる。

 先手をとったのは軽く斬れ味の良い大岡山宣幸の一撃であった。

 その切っ先が閃光となって煌めきながら光重の首を狙ったとき――硬く、冷たい音が火花とともに爆ぜた。


「があっ!!!」


 大岡山宣幸の呻きとともに彼の刀剣が濶剣の太い剣身に弾かれた。


 濶剣の最も太い場所に切っ先が走ってしまったのだ。

 あまりの衝撃が刀剣から大岡山宣幸の腕を駆け抜け、痺れと痙攣によって剣をとりこぼした。地面に落ちた刀剣を拾おうと大岡山宣幸が手を伸ばした時、光重はすでに彼の刀剣を足で踏みつけていた。同時に、大岡山宣幸の肩に濶剣を突き付けていた。


「リュドミラは頂いて行くぞ」


 そう言って光重は濶剣を振り上げ、力を込めて振り下ろした。

 光重の濶剣は地面に落ちた宣幸の剣を打った。細く、軽い大岡山宣幸の刀剣は濶剣の切っ先によってぱきりと折れた。

 それを見届けて、光重は踵を返した。


 そのとき、リュドミラの乗る牛車が大いに揺れた。

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