アラ・カチュー 05




 フェオドラの宣言が車列の先頭から響き、後方からは獣と人々の悲鳴があがっている。ときどきシグネの狂気に満ちた笑い声が聞こえる。


 そんな前後の狂乱に挟まれて、光重はカドガ剣を構えていた。


 周囲に倒れた兵士の数は、すでに二十を越えているだろう。ガルダの濶剣は、まったく刃こぼれしていない。頑丈なものだった。

 倒れている男たちのほとんどは、手首や足首を斬り飛ばされ、戦闘に復帰できなくなっている者たちだ。光重は彼らの命を奪うような事はしなかった。

 ただ、眼前で震えながら剣を構える内幸流斬星を生かしておくかは……まだ判断がつかない。

 光重の一撃によって派手に落馬した流斬星は、半身が泥にまみれていた。

 剣の鍛錬を怠っているのか、切っ先がこちらに定まらない。


「あ、兄の……か、か、かっ、仇をっ、うぅ、うぅぅ、うつぅっ!!!」


 流斬星は上ずった声で宣言したが、うまく光重は理解できなかった。

 逃げにかかっているリュドミラの乗った輿をちらと見て、光重は剣を構えなおす。


「なぜ、若野林屋を襲ったのです?」

「し、知らぬッ、そのようなことは!」

「リュドミラは人です。神様ではないのです。あなた方の宗教の扱いは、とうてい許せない」

「そ、それも知らぬ! 父上が決めた事だ!」


 なぜだろう。


 どうして内幸流斬星はここまで女々しく思えるのだろう。

 このような男は『内幸家』に産まれたが故に、上等な召し物、馬、剣、鎧、そして玉座を与えられているに過ぎない。彼よりもすぐれた人格者は、光重の村にはたくさんいる。けれども、彼らが流斬星のように讃えられる事はない。

 なんの努力もなく、ただ源流道が示した道を往くだけで称賛を得られる人種――。

 それがリュドミラを長く拘束し、腹孕妇の儀にかけようとしている。政治的な理由から、宗教的な理由から……。

 光重はその考えに至ったとき、途方もない怒りに震えた。

 天を仰ぎ、黒々とした月のない雲に懺悔の句を諳んじた。

 それは遠きガルダの山間の街に居るであろう……春塵に対してだ。


「ごめん、春塵。キミのカドガ剣は命を吸う事になるだろう。約束を破ってしまう僕を赦してくれ」


 返答なんてない。


 都合よく返答をしてくれる神様はいないのだ。


 神様は戒めと教訓を与えてくれるだけで、光重達を直接的に導いたりはしない。

 それを光重も、春塵も、よく理解している。

 再び外野から護衛の兵士が飛び込んでくる。彼らの腕や膝を強く斬り飛ばして、光重は濶剣の血を払う。

 その動作に流斬星は「ひっ!」と身を退く。


「こんな男のために……リュドミラや若野林屋のみんなは――」


 瞬間、鋭い太刀が光重を襲った。

 濶剣で受け止め、反撃に転じようとしたが……外れた。


「……ン!」

「お逃げください、流斬星さま」


 現れたのは精悍な顔立ちの剣士である。彼もまた落馬していたのか、膝から下は泥だらけだった。


「おまえは……」


 光重が呟いたとき、大岡山宣幸は剣を構えなおした。


「お相手する。綺羅星さまが殺されたあの日より、おまえを殺す事を願いながら生きてきた」

「……。」

「なにか言わぬかっ! 商家の落ち武者風情め!」


 光重は顔を振る。

 彼のような素晴らしい男がいて、内幸家は生き続けている。

 けれども、彼もまた内幸家に毒されている。


「どいてくれ。あなたを殺すつもりはない。リュドミラを返してくれ」

「あんたも統治者のはしくれなら分かるはずだ。俺たち『ギヨレン』は弱小国『アラゼ』に『負けた』のだ。その責めを負わなくてはいけない。まして、ここで箴言密教の偶像<リュドミラ>を奪われてみろ。南部『ギヨレン』で我々は生きていけない」


 大岡山宣幸の発言はもっともだ。

 彼らは失策に失策を重ね、内幸源流道の機嫌を大いに損ねるだろう。

 南部『ギヨレン』の政権は源流道によって改変され、新たな体制によって統治と運営がなされる。当然の流れである。

 光重は大岡山宣幸に問うた。


「あなたが恐れているのは、自身の身の危険か?」

「流斬星さまの身だ。内幸家への恩義を果たせなくなることが、もっとも恐ろしいのだ」


 なぜ、このような正直な馬鹿者なのだろう。

 光重はため息をついた。

 大岡山宣幸という男は、かつて試合で見たことがある。彼は優秀な剣士だし、秀才でもある。けれども、内幸家への恩義という一点において、彼は縛りに縛られている。

 光重は大岡山宣幸を哀れだと思った。

 彼は神ではなく、個人への忠誠として剣を握っている。それは間違っていない。いないのだが……その厚い忠誠故に多くの血が流れる事になってしまうだろう。


「あなたを斬りたくはない。退いてくれないか。そちらの事情も理解しているつもりだが、僕らは止まることができないのだ」

「それは事情を理解していないというのだ。箴言密教の偶像を奪うというのなら、わたしを斬ってから往け!」


 大岡山宣幸の剣が、たいまつの明かりで煌めいた。

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