アラ・カチュー 03




 鏑矢が夜空に向かって放たれると「ピーッ!!!」という音が矢から鳴り響いた。

 突然の鏑矢に車列のたいまつが揺れた。

 光重は茂みから駆けだし、大声で叫んだ。


「我が名は那曲光重ッ! 不当な宗教弾圧を阻止すべく内幸流斬星に正々堂々の戦いを挑む者なり!」


 この宣言に重なるようにして「うぐぅっ!」という悲鳴がふたつ、みっつと湧きあがった。それと同時に遠くより山犬の遠吠えが夜の街道に響きわたった。

 ドドドド……、という音とともに僧兵の悲鳴があがった。

 鏑矢の音に反応したシグネが愛熊『ルモイ』の背に乗って、猪や山犬、鹿を引き連れて駆けてくる。

 その隙にもリリアは再び矢を射かける。

 狙うは騎馬に乗る指揮官と思しき人影である。

 光重の宣言とともにあがった悲鳴は、リリアの第二射、第三射が騎兵の首を射抜いた悲鳴であった。同様の悲鳴が四つ、五つとあがるなかで――。


「一本、外した!」


 リリアはそう言って空になった矢筒と半弓を捨て、抜刀して車列へと飛びだした。

 混乱する車列に光重も続く。

 すでに車列を分断する形でシグネは動物と突入しており、混乱の中で彼女は『ルモイ』とともに暴れまわっていた。

 シグネの姿はまさに鬼神であった。

 右手にナタを左手に斧を持った彼女は、小枝を削ぎ落すように人間の手足を折り斬ってゆく。それは悲鳴というよりも断末魔である。


「おらおらっ! 来いやあっ、文明人ッ!!!」


 シグネがナタをひと薙ぎすると、人間の腕や首が夜闇にはじけ飛ぶ。ぽんぽんと宙を舞う刎ねられた首や四肢は、心細いたいまつの火に煽られて不気味な恐怖を沸き立たせる。


「怪物じゃ、怪物がおるぞ!」


 全身を鋼の鎧で覆った騎兵が、シグネの斧によって顔面を潰された。

 そのときの耳障りな音と呻くような悲鳴、さらには目を向けることのできない『人間の形』に誰しもが嗚咽した。

 祟りを前に無力な農民が逃げまどうように、シグネの前に僧兵や護衛の兵士が逃げまどう。

 彼女の顔を塗った赤い顔料が、いつしか血によって染まっていた。

 派手な打ち回しが車列の後方で起こる一方で、静かな死が先頭の歩みを止めていた。

 たいまつに煌めく双剣がしなやかな軌道を描いて兵士たちの顔を抉っていた。

 風のように流れ、稲妻のように駆け巡る双剣が馬や牛や兵士の身体を傷つけていた。

 顔を布で覆い、目元だけを露わにしたフェオドラの猛攻がとまったのは巨大な薙刀を持つ僧兵との打ち合いが始まったときだった。

 大柄な僧兵は天現宗派で有名な怪力の男らしく、他の者たちよりもひとまわりもふたまわりも大きな薙刀を振りまわしていた。

 間合いの広い長物を振りまわす怪力僧兵に、さすがのフェオドラも攻撃の手を止めたのだ。


「何者かは知らぬが、どうせは箴言密教の間者であろう! そのような邪教徒は正統経典である天現宗派が成敗し、その首を我らの祭壇で浄化してくれよう!」


 大声で威嚇する薙刀の怪力僧兵にフェオドラはぐっと奥歯を噛んだ。

 異大陸には天現宗派や箴言密教以外の宗教がたくさんある。異国より流れてきた宗派もあれば土着のものもある。大小様々な宗教がたくさんあり、それが元で街を焼いたり赤子を処刑したり、それはひどい事が繰り返されてきた。

 それらを知っているアッガーナ人のフェオドラだからこそ、この怪力僧兵の言葉が気にくわなかった。

 彼女が那曲光重に対して好感を抱くのは、ただ秀才で穏やかだからではない。

 光重はどんな宗派に対しても寛容だった。お互いを認め、お互いを傷つけず、助け合う。そのための信仰であれば、天現宗派も箴言密教も異国の宗教も関係がなかった。光重が建設した北部『アラゼ』は、彼の寛容さを体現したような街や村が多かった。つまり礼拝堂や祈祷所、さらには仏閣に教会などといった多様なものが身勝手に建設された。けれども、光重はまったく問題として取り上げなかったのだ。

 フェオドラは決まった時間に祈りを捧げる。たとえ、それが大切な話しあいの途中であっても、光重は「祈りの時間ではないか?」と声をかけてくれた。

 そうした事柄が、フェオドラの中で光重の忠誠へと変わっていたのだ。


「大男よ、おまえの太刀はわたしを捕える事は出来ない」

「ほざけっ! 邪教徒!」


 威勢のいい男に集中していたとき、他の僧兵が剣を片手に躍り出てきた。それを鮮やかにフェオドラはかわし、双剣で手首を切り飛ばした。

 悲鳴とともに転がる僧兵に怪力大男は怒鳴った。


「ええいっ! 手出しをするなッ! この軍列で最も強いワシの獲物じゃ!」


 相当な自信をのぞかせるが、フェオドラは冷静だった。

 力ある者は神にすがらない。弱者が力を得たとき、力を誇示しない。

 ただしき導きの声は、力を誇示する教えを説かないのだから。

 ア・タウバのスーラに記された古の教えは、現代にも通用する崇高な教えとなっております。


 フェオドラはザルマーニ語で神へ感謝の言葉を述べたとき、大男の薙刀が殺意を持って振り上げられた。

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