アラ・カチュー 02




 リュドミラの乗った牛車が深夜の街道をたいまつの光を頼りに進んでいた。


 天現宗派の僧兵によって護られたリュドミラの牛車は、異様な長蛇となりながら進州南部『ギヨレン』を目指していた。

 光重はリュドミラの乗る牛車は厚治国からやってくる猛者の僧兵によって護られていると予想した。そのため南部『ギヨレン』から遠い場所で彼女を奪取しようと考えていた。

 しかし、彼女の護衛を見たリリアが「どうするの……?」と眉を寄せた。

 すでにシグネは動物たちと所定の配置についている。また合図によって逆方向から顔を隠したフェオドラが車列に飛びこむ段取りとなっている。そのため光重はリリアとふたりで茂みから車列を見ていた。

 内山文京は逃走経路となる森の中で馬車を待機させている。彼女の馬車に飛び乗って一行は異大陸へと飛ぶつもりだった。深夜から早朝にかけて船を出してくれる人を探すのは一苦労だったが、なんとか手配をすることが出来た。

 こうした一連の手配は秘密裏かつ迅速に行われ、本日の車列を迎える事となったのだ。

 けれども、その車列を護る僧兵に加えて大岡山宣幸が指揮する武装した兵士たちの姿もある。おまけに内幸流斬星と精鋭騎馬隊も護衛に加わっている。


「なんで流斬星までいるんだ……。これじゃあ、ギヨレンの防備は手薄じゃないか」


 光重が呻くように言ったが、状況はまったく好転しない。

 リリアは「それだけリュドミラを『ギヨレン』に迎え入れたいのよ。どんな危険を覚悟しても……」と感想を述べた。

 南部『ギヨレン』にリュドミラの身柄が無事に移れば、恒久平和と宗教文化融和の式典が華々しく挙行される。それは天現宗派からすれば、文字通りのものだが……光重たち箴言密教徒からすれば、ただの悪夢でしかない。その悪夢の式典の中心で、すべての邪気を受け止めなくてはいけないのがリュドミラである事も……光重の胸を苦しめた。

 ご丁寧に『ギヨレン』で挙行する点も、光重を意識してのことだろう。内幸家の性根の悪さが伺える政治的采配だ。

 光重がリュドミラを助ける行動に出れば、北部『アラゼ』は南部『ギヨレン』に喧嘩を売った事になる。これは表向き『平和の式典』であるのだから、邪魔立てする人間がいてはいけないのだ。


「見え透いた罠だね……」


 ぽつりと呟いてからリリアをまっすぐに見つめる。


「そんな罠に僕は飛び込む。たとえどんな結果になろうとも……。そんなバカげたことを僕はしようとしている。リリアを巻き込んで……」

「言ったじゃん。なっちゅがそうしたいなら、わたしはそれに従う。ずっとずっと昔に、なっちゅはわたしを助けてくれた。だから、今度はわたしが助ける番よ」


 そんなことない、と光重は顔を振りながら彼女の優しさに涙を流した。

 それを拭ってから、カドガ剣を抜いた。

 リリアも半弓に鏑矢をつがえた。


 牛車がゆっくりと街道を進む。


 車列のたいまつが風に揺られ、歩調に揺られ、呼吸に揺れる。

 じっと光重はそれを見つめながら、闇の中に埋もれ、光の中に垣間見えるリュドミラの牛車を見つめていた。


「本当にリリアには迷惑ばかりをかけてしまう」

「そういうの、いまはやめて。戦いに集中しないと……」

「戦って勝つ必要はないんだ。さっきも話した通り……目的はリュドミラの救出なんだ。その大役はリリアにしか頼めない」

「全員、生きて脱出する。そうでしょ?」


 この問いかけに光重は言葉では返答できなかった。

 光重は自分が捕まって投獄されても良いと思っていた。

 かつて自分の父親が処刑されたように、自分もまた処刑されてしまっても……致し方ないと思った。

 リュドミラが『残忍な平和の道具』として利用されないのであれば、この世界がどう変質してしまっても構わないと思った。

 この想いが表情に浮かんでいたのか、リリアは「まったく……」と唇を尖らせた。


「そういう考え、やめてよね。全員生きて文京の元へ行く。その気持ちで戦いたい」

「……うん、わかった」

「それとさ、リュドミラばっかり優先させすぎじゃない? ちょっとはわたしの心配もしてよ。わたしが捕まったりしたら、ちゃんと助けてくれるんでしょうね? 嫌よ、腹孕妇の儀にわたしが出るなんて!」


 きっぱりとリリアに言われたものだから、光重は「あっ……」と返答してしまった。

 リリアが捕まってしまう可能性は理解していたが、リュドミラの事であたまがいっぱいで……彼女が捕まってしまったときのことをまったく考えていなかった。


「もう、なっちゅはリュドミラの事ばっかりなんだから……!」


 肩を寄せたリリアは「ふぅ……」とわずかに息をついてから。


「わたし、頑張るからさ。リュドミラみたいにはなれないかもしれないけど、わたしはわたしなりになっちゅのために頑張るから」

「なんだよ。ぼ、僕はリリアの事をすごく頼りに――」

「来たよ!」


 目標としていた場所に牛車が差しかかった。


「やってくれ!」


 光重の言葉に合わせてリリアが半弓を空に構えた。

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