第四章 アラ・カチュー

アラ・カチュー 01



 南部『ギヨレン』に潜入した内山文京が、腹孕妇の儀の情報を持って庁舎へと戻ってきた。光重の決断から一週間後の事である。

 この頃、すでに村の有力農民に対する行政運営権の移譲と北部『アラゼ』の段階的な遷都計画が固まっていた。つまり光重政権は過去のものとなり、村人の手による新政権が始動する下準備が最終段階に入っていたのだ。

 当然、これには南部『ギヨレン』からの攻撃も想定されていた。

 遷都と政権交代が行われた不安定な統治体制の元で南部『ギヨレン』が攻撃を仕掛けてこないとは言い切れなかった。そのための抵抗策も光重は用意していた。


「敵陣を攻略するのと自陣を防衛するのは、雲泥の差だ」


 作戦概要を書き記しながら光重はリリアにそう語ったという。

 内山文京は自慢の青髪を撫でながら、首をかしげた。


「なんだかね、罠の匂いがぷんぷんするの」


 彼女はそう言って南部『ギヨレン』で見聞きしたことを教えてくれた。

 こうした儀式は非公開に実施され、終了した後に領民に発表されるのが主である。腹孕妇の儀は領民の参加型であるから、すべてが終了したあととは言えないが――。


「予定では来月の初旬に、厚治国より天現宗派の猛者と僧兵が護衛について南部『ギヨレン』に入るみたい。そのあと一日あけてから宗教婚姻の儀が行われる」

「馬鹿に具体的だな」

「これだけじゃない」


 文京は懐から手帳を取り出して読み上げる。


「二週間後に助産婦が懐妊か否かの判定を行って、仮に懐妊できていなければ、即日で腹孕妇の儀が本庁舎広場で行われる。二晩の予定で行って、三週間の着床確認の期間をもうけて、まだ懐妊が確認出来なければ、再び二晩の予定で腹孕妇の儀が繰り返される」


 光重がギリギリと拳を握った。

 つまり、誰の子種かわからずとも懐妊できなければ永遠にリュドミラは男達の相手をさせられる。そういった計画が『事前に』発表されているのだ。

 南部『ギヨレン』の男たちは畏れ多くも公式に箴言密教の偶像とまぐわう事が出来るため、色めき立っていると文京は報告した。


「箴言密教徒でない連中のほうが多いような気がするけれどね」


 呆れ気味に文京が締めくくったとき、光重はため息をついた。

 腹孕妇の儀が事前に領民へ発表される事は異例だ。しかも懐妊しなければ永遠と繰り返すと行政が発表している事も、本来の目的とは異なる意図が感じられる。


「まるで罠だ。僕らをおびきだすための」

「もしくは、動けない事を承知の上での煽りかも」


 文京の言葉に光重は頷いた。

 そうしてから静かに立ち上がった。


「リュドミラが『ギヨレン』に入る前を狙う。彼女を『ギヨレン』に入れるな」


 この時の光重は鬼神のような恐ろしさがあったと文京は後に書き残している。

 光重の命を受けて内山文京はリリア、フェオドラ、シグネの三名に実行の段取りを伝えた。彼女達は各々に準備をしており、光重の号令で今晩でも動ける態勢を整えていた。


 そして、その日はやってきた。

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