ガルダの楽園 23



 密室で決まった極めて個人的かつ重大な計画の準備は迅速に始まった。

 光重は北部『アラゼ』の代表的な農民を呼びだし、今後の展望と都市計画を伝えた。それは治水工事と地図の作成、さらには農業計画と教育施設の設置計画などだ。

 これらを聞いた農民たちは「なんでい、なっちゅさんがやるんじゃないかい?」と訝しんだが、光重は首を振る。


「僕が死んでも、みんなで『アラゼ』を大きな国に出来るようにしたいんだ」


 この言葉に農民たちは鼻を鳴らす。


「へへん、さすがなっちゅさんだあな。俺たちゃ俺たちの手で街を作るんだ。こりゃ忙しくなるぞい」


 と、意気揚々に引き上げて行った。

 彼らのために都市開発の計画と展望を書き留め、机の引き出しにしまった。

 そういった行政運用の端的な引き継ぎを終わらせたのは、日もすっかりと沈んだ深夜の事である。

 温かい飲み物を持ってやってきたリリアに、光重はちょっとだけ疲れた笑みを浮かべた。


「ひどい顔」

「なんだか、疲れたよ」

「そりゃそうでしょ」


 まったく、と言いながらリリアは湯呑をテーブルに置いた。


「今日は珍しく晴れてるよ。雪も降ってない」


 リリアの言葉に光重は頷いて立ち上がった。窓辺へと歩み寄って、湯呑をズズズと音を立てて飲んだ。

 それからリリアの腕に手を伸ばして、彼女の手をしっかりと握って引き寄せた。


「いろんな苦労をかけてしまっているね、リリア」

「えっ……なに、急に……」

「アラ・カチューが上手く行ったら、もっと静かな場所へ行こう。なにも考えなくても許されるような、そんな場所だ」


 光重の言葉にリリアは顔を振る。


「そんな場所、ない。アラ・カチューが成功したら、ここにリュドミラも増えるわけでしょ? そうしたらわたし達はたくさんの事を考えなくちゃいけない。いま以上に」


 そうなのか、と光重は目を見張った。

 それをみてリリアは「ホント、バカだよね。なっちゅって」と肩を寄せた。

 リリアは光重の背に回り込むと、そっとその背に顔をうずめた。


「やっと、追いつけたような気がする。ずっとずっと昔から、わたしはなっちゅの事ばっかり見てた。すごく遠くて、全然手が届かないところにいた。でも、いまはすぐ近くに居てくれる気がする。やっと、近くにいてくれる気がするの」


 彼女の言葉に光重はなんと答えていいのかわからなかった。

 若野林屋でひどく打ち据えられた少女は、見違えるほどに美人になり、驚くべき弓と剣の技を持ち、シグネをはじめとしたたくさんの人たちを満足させる料理の腕を持っている。なにより、光重の副官として……本当によく働いてくれている。

 そんなリリアに「ありがとう……」としか光重は言えなかった。

 けれども、リリアは顔を振る。


「アラ・カチューがうまくいったら、ちょっとはわたしの事も大切にしてよ」


 彼女の小さな願いに光重は頷き、穏やかな月明かりの元でリリアの肩を抱いた。

 初めて彼女を抱きしめたような気がして、光重はドキッとした。

 若野林屋の頃よりもずっとずっと素敵になったリリアからは、あの頃と変わらない少女の匂いがしたような気がしたのだ。

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