ガルダの楽園 20



 こうしてシグネは仲間のアガナ人とともに北部『アラゼ』の集落へ入った。


 彼女はここで骨折の治療を行いながら雪解けを待つ事となった。

 シグネは決して弱音を吐かなかったが、アガナ人の話しによれば相当な疲労を抱えているだろうとのことだった。

 彼らの話を総合すると戦長シグネが率いるセヴァート族は、アガナ凍土で起こったアガナ人の戦乱に巻き込まれ、敗北した。一族の追放という憂き目にあい、彼女は精霊の力を借りてワギャップ海峡を渡った。そこで野営地という名の簡易的な居城を築いたが、北部『アラゼ』の冬はアガナ人にとっても過酷だった。

 彼女達は北部『アラゼ』の動物達とともに生活の基盤を作り、文明人を襲っては物資を強奪して生活を維持していた。

 彼女が文明人を非常に嫌っているのは、アガナ凍土の戦乱は『精霊石』を使った文明人の道具が発端だと話した。古来からナタと棍棒と弓矢で戦う保守的なアガナ人たちは、精霊石を使う文明人の道具の前に次々と倒れていった。

 この話しを聞いたとき、光重は内幸流斬星ではない勢力が北方よりアガナの大地に侵入しているのだと理解した。しかも侵入した勢力は魔導兵器――『精霊石』とは『魔導石』の事だろう――を使って原住民を二分する戦いを起こしたのだ。

 吹雪がひどくなった夜遅くにそれらの話を聞き終えたとき、シグネが高熱を出したとリリアが報告してきた。


「あの勇敢なアガナの戦士は相当に疲れているのだ。うまい汁でも喰わせてやってくれ」


 光重がそう告げるとリリアは頷いたのだが……。


「構わないけど、ものすごく臭いのよ、あの人」


 シグネの看護は匂いとの戦いとなった。




 戦長のシグネは全治数週間の骨折であったが、吹雪が落ちついた四日目の昼から彼女は補助なしで歩き始めた。

 そして光重を捕まえるなり、言ったのだ。


「おまえ、わたしの身体がもっと強くなると言ったな。何が悪い。言ってみろ」


 最初こそ「もっと寝ておかないと」「いや、怪我がまだ全快じゃないんだから」と断っていたが、あまりにしつこいものだから彼女の肉体的な欠点を指摘していった。

 シグネの肉体は大きい。それは自然の中で培われたものであるが、それゆえに戦いの中で不要な筋肉が多かった。特に肩や胸周りは必要最低限に抑える必要がある。

 それらを指摘したうえでシグネに筋力をつけるための訓練方法を告げた。

 彼女は案外純粋な女の子で「ほうほう、それで?」と指で地面にメモまでとる始末だった。その日から、彼女は怪我の身体であるのに筋力訓練を始めてしまった。それも六時間とか八時間とかやるものだから、光重は慌てて「それではダメだよ」と叱った。


「人間の身体は鍛えれば鍛えるだけで良いってわけじゃないんだ。ちゃんとした食事を食べて、ちゃんと眠って、それで鍛えなくちゃ効果がない。そんなやみくもはダメだ」


 光重の指摘にシグネはちゃんと従い、リリアの作る料理を「うまい、これはいいな」と言いながら次から次へと杯をあけて行った。

 シグネがそうするものだから、アガナ人たちもそれに従う。唯一従わないのは、厩や牛舎を覗いては動物達を震えあがらせている愛熊『ルモイ』だけであった。おまけにルモイはよく食う動物である。

 シグネが集落に滞在して二週間が過ぎたとき、彼女はリリアの飯はうまいがフェオドラの飯は辛すぎると注文をつけ、ちょっとした喧嘩になった。

 食ってばかりのシグネに対してリリアとフェオドラが怒ったのだ。

 そこでシグネが吹雪の雪原に消え、夕暮れ時に冬眠中の猪を三頭も引きずって戻ってきた。それの毛を剥ぎ、血抜きをして、解体して――。


「――悪かった。これで、うまいものを頼む」


 そう言って和解の意を示したのだ。


 それを見た光重は、このシグネという女性は想像よりも乙女なのかもしれないと思ったほどだ。

 この頃にはすでに怪我の具合はほとんど良くなっており、一方で胸まわりの筋肉も具合が良くなってきた。ナタや棍棒を振る速度も速くなったし、腕を動かしやすくなったと彼女は喜んだが――。


「妙に胸が柔らかくなってしまった。これはこのままで良いのか?」


 そういって豊満な胸を誇示してきたのだ。

 アガナ語を理解しないフェオドラとリリアだったが、シグネの身振りのせいで、茶碗を投げ合う喧嘩となった。

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