ガルダの楽園 19




 再び地鳴りのような吹雪がグラグ平原に吹き始めた。


 猛烈な地響きを伴いながら雪煙をまきあげてセヴァート族が突進してくる。

 動物達を巧みに操りながら、あっというまに距離を詰められてしまった。

 光重はカドガ剣を抜き、すれ違いざまに鹿に乗ったアガナ人のナタを打った。

 ガツンッ、という鈍い音とともにナタが宙を舞う。


「戦いたくない。武器をおさめてくれ!」


 光重がアガナ語で主張したが、熊に乗った女がその背後を狙って突進してきた。

 女がナタを手に光重を襲おうとしたとき、強弓の一撃が空気を切り裂いて走った。巨女は首を曲げつつ、素手でその一撃を受け止めた。それは尋常ならない反応である。そうして強弓を放った射手を睨んだ。


「この吹雪の中で正確な射撃をするとは、なかなかの腕だな。いいだろう、セヴァート族の戦長シグネがお相手する!」


 熊頭を巡らせてシグネはリリアへと突進した。

 弓を構えていたリリアが再びの一撃を放つが、シグネの猛烈なナタがそれを叩き落とした。


「雪の地に崩れよ! 文明人ッッ!」

「きゃああっ!!!」


 リリアに振り下ろされたナタが火花を散らした。


「うぐうっ……!!!」


 ずぼっ、と衝撃で膝下まで雪に埋もれたフェオドラの双剣がシグネのナタを受け止めた。


「ぼうっとするな! 逃げろ!」


 フェオドラの叱責に腰を抜かしたリリアが転がるようにして立ち上がった。

 そうして彼女は自身の長剣を抜いた。


「れ、礼は言わないわ!」

「風でなんにも聞こえない。なんだって!?」

「うっさいっ!」


 シグネとの鍔迫り合いに耐えていたフェオドラが足元の雪を蹴りあげて、その拮抗から逃れた。振り下ろされたナタが雪を叩き、白い雪の粉が吹雪にまぎれた。

 雪上を転がりながらフェオドラが「寒いのって、本当に嫌いだ」と悪態をついた。

 再びシグネが突進の気配を見せたとき、光重のカドガ剣がシグネの足をめがけて煌めいた。


「ぐうっ……!!!」


 大きく上体を逸らした熊によってシグネは雪上へと落ちたが、不意に現れた光重に対して熊の巨大な手が降りかかった。

 ぶんっ……という猛烈な熊手が雪と空気を抉った。前に突き出た巨大な口が光重の肉体を噛もうと追撃してくる。

 どすどすと雪を蹴って突進してくる猛獣に、光重は退却しながら攻撃を避け続けた。

 そして一瞬の隙をついて剣の柄で熊の眉間を打った。

 熊の猛烈な悲鳴が響く中で、シグネが「ルモイッ!」と当惑の声をあげた。

 その隙にフェオドラとリリアが躍りかかる。

 雌雄双剣のフェオドラと長剣使いのリリアを相手にしながら、シグネは互角の戦いを繰り広げた。一本のナタと棍棒を巧みに使いながら三方から振り下ろされ、突き出される剣を凌いでいた。


 一合、二合と剣が打ちあわされ、火花が散る。


 その様子に武装農民や原住民はあっけにとられていた。

 これほど戦闘に特化したアガナ人がいたのか、という驚きと、なんという流麗な剣術を駆使する文明人がいたものか、という驚きである。


 シグネの戦いは猛烈だった。


 棍棒とナタは相手を斬るというよりも叩くというために使用されていた。さらに雪原の雪を蹴りあげたり、雪質を見極めて相手を足場の悪い場所へ誘導したり……彼女は考えることなく自分が勝利する戦局を作りだそうとしていた。

 フェオドラが躍りかかろうとしたとき、彼女は硬く凍った雪の層に足をとられて態勢を崩した。そのときシグネの拳が猛烈な音を放ちながら襲いかかった。


「むうぅっ!!!」


 フェオドラが身体を捩ってそれをかわすと、入れ替わるようにリリアが長剣を振りかぶって必殺の一撃を放った。

 しかし、それすらも計算していたシグネは雪を蹴りあげて身を引いた。

 雪を顔に受けながらも振り下ろしたリリアの剣は、虚しく雪原を打っただけである。その隙に頭上よりナタがリリアの後頭部めがけて振り下ろされた。


「ぎゃああっっ!!!」


 風を切ってナタが雪原に飛んだ。

 カドガ剣がシグネのナタを打ち、彼女は猛烈な痺れを手首に感じた事だろう。

 光重は「話し合いをするんだ」とアガナ語で言った。


「ひどい訛りのアガナ語と話す事はない!」


 棍棒を持ち直したシグネに光重は頷く。


「あなたも筋肉のつけ方がへたくそだ。それでは身体が重くて動きにくい」

「……なにぃ?」

「もっと強くなれる。あなたは豊かな肉体と戦いの才能を持っている。それをあなた自身が殺している」

「文明人が何を言う!」

「太古の医学はあなたを救う。それは現代の文明ではない!」

「黙れッ! この文明人ッ!」


 獣の如く雪を蹴って襲ってきたシグネの一撃をカドガ剣が迎え撃った。

 しかし、それは剣戟や刺突を意図したものではない。

 打ち据えられたシグネの棍棒は、勢いそのままに彼女の脛を打った。


「ぐうっ……!?」


 自らが振り下ろした棍棒はカドガ剣の一撃によって軌道を変え、自身の脛を強打したのだ。


「ぐあああっっッッ!!!」


 棍棒を投げ捨てて、シグネが雪原に転がった。

 光重は剣を鞘に納めて彼女に取りつく。


「大丈夫か、傷を見せろ!」

「触るなッ!」


 光重は顔を殴られたり、頬を掴まれたりしながらもシグネの太い脛を探り当てた。獣の匂いでむせ返るような体臭が彼女から放たれる。しかし、それは人間が本来放つべき匂いの根源のように思われた。

 脛は割れていなかったが、傷に触れると彼女は悲鳴をあげた。


「骨を砕いたか」


 わずかに光重は呟き、リリアやフェオドラに命じた。


「近くに集落までどれぐらいだ?」

「ここから三時間ほど」


 そう答えたリリアに「悪いけど、そこまで耐えてくれよ」とシグネの身体を背負おうとした。


「やめろ文明人ッ! おまえなどに世話になる覚えはない」

「こっちには世話をする理由がある。あんた達の知恵と力を借りたいんだ」

「文明人が、なにを知りたいというのだ……うぐっ……!!!」

「アガナ語をはじめとした、あなた達の生活を知りたい。そのうえで、互いの規則を決めよう。必要があれば、足を踏み入れないという約束も。そのまえに、あなたの足を治療しなくちゃいけない」


 光重がシグネに肩を貸して立ち上がったとき、巨大な熊が突進してきた。

 しかし、それを止めたのはシグネの「やめな!」という声だった。

 従順な熊はシグネの言葉に畏まって身を丸めた。


「話だけだ。あんたの聞き取りにくいアガナ語は聞くに堪えないが、話だけなら聞いてやる……」

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