ガルダの楽園 18



 進州北端のワギャップ湾の沿岸にセヴァート族の集落があることが判明した。未開発の沿岸に位置し、どのようにしてアガナ人が入ったのか疑問が残る。

 再び集落がアガナ人によって焼かれたという報が入ったのは、日が沈む夕暮れ時だった。


 季節は極寒の冬であり、ひどい雪が北部『アラゼ』を覆っていた。


 セヴァート族は夜行性の動物のように、ひどい雪の日に大きく活動することがあった。

 光重を長とする討伐隊は副長にリリア、戦長にフェオドラを据えた三十名の部隊となった。腕利きの男たちを集めたが、そこは農民上がりで本格的な戦闘に突入してはひとたまりもなかった。

 もし内幸流斬星が光重の討伐隊を見たのなら、敗残兵とか山賊とか揶揄されるだろう。悲しい事にそれに反論できない粗末な部隊だった。木の盾を片手に防寒対策で厚着した面々が黙々と吹雪の平原を越え、丘を越えて凍結した湖を渡る。

 破壊された集落を目の当たりにして、なんとも光重は言葉にしがたい気持ちになった。殺された集落の開拓民に読経を唱え、一方でセヴァート族の縄張りを穢している事を詫びたくなった。

 そこから報告にあったセヴァート族の集落へ向かっていると――グラグ平原で彼らと遭遇した。

 分厚い雲に覆われた薄暗いグラグ平原で、両陣営はしばし向き合った。

 光重達は北へ、セヴァート族は西へ向かおうとしているところだった。

 轟々と地鳴りのような風がやんだとき、塊のような雪がぼとぼとと脳天や肩に落ちてきた。それだけ分量の多い雪が、グラグ平原に降り積もっていた。

 その白銀の平原の中に見えた奇妙な原住民の一団は……光重達よりも上等な武装を整えていた。

 先頭に立っていたのは巨体の女で、動物の毛皮を頭からすっぽりとかぶっていた。その頭部には熊の頭蓋らしき防具とふくろうかワシの羽を差していた。赤と緑色の顔料で額や頬を塗った顔は、古くからの伝統に基づく大切な意匠を感じさせた。

 なにより女がまたがっていたのは巨大な熊だった。

 村を襲った者は何者か、という問いかけに「巨大な熊に乗った女」という返答が相次いでいることから、この女が進州各地で被害をもたらしている事は間違いないだろう。


 他の者達も巨大な鹿にまたがり、手には棍棒やナタらしきものを持っていた。


 光重達よりも軽装で、かつ保温性の高そうな防寒具を着て。


 光重達よりも容易に雪原を移動できる動物達を従えていて。


 光重達よりも実用的かつ充実した武装を手にしていた。


「アガナの戦士よ! こちらは進州開拓団の那曲光重と申すものだ! お前たちの聖地を踏み荒らしている事を謝罪する。森へ帰ってはくれぬか!」


 風がやんでしんとした雪原に光重の主張が響いた。

 しかし、これを理解出来た者は光重の陣営に誰一人もいなかった。

 一方で相手方から返答があった。


「愚かな文明人よ。おまえのアガナ語はひどい訛りに満ちていて、憎悪すら感じる。アガナの聖地は我々と精霊たちのものだ。おまえ達のような文明人が踏み入れて良い場所ではない!」


 この返答に光重は「ん……?」と思った。

 彼女が放った『精霊』という言葉が、うまく理解できなかったのだ。しばらく逡巡の間があってから「あっ、森の精霊って意味か」と合点がいった。

 しかしながら、ここは進州北端部に近い『アラゼ』であってアガナの大地はワギャップ海峡の向こう側である。反論を投げかけるとするならば、大地を侵しているのはセヴァート族のほうである。


「我々は戦うつもりはない。あなた達とともに生きる道を探したい」

「ふざけたこと言うな! アガナの大地を焼き尽くして、我々セヴァート族を追放した文明人がなにを言う!」


 これに対しても光重は首をかしげた。

 それは旧世代の南雲氏の仕業か。いや南雲氏はワギャップ海峡の向こう側へは渡っていないはずだ。それであれば、内幸流斬星の所業だろうか――そんなことはないだろう。彼らは北部『アラゼ』の開拓が困難であるから、光重にこれを押し付けた格好だ。


「セヴァート族の猛者よ。すまないが、その事情については承知していない。我々もこの大地に最近踏み入ったばかりなのだ」

「ならば出て行け。行かぬなら、力づくでも追い出すまでだ!」


 この発言に呼応して鹿に乗った戦士が雪原を駆ってきた。

 光重はリリアとフェオドラに振り返る。


「まずい、怒っちゃった!」


 この反応にリリアが弓をつがえた。


「相変わらず何語で喋ってるかわからないから、判断のしようがないわよ!」


 一方、やっと光重達の母国語を習得し始めたフェオドラも。


「こんな寒い中で戦うのは嫌だ。早く帰りたい」


 そう言って双剣を抜いた。

 リリアとフェオドラが武装農民たちに指示を出すが、こちらは慣れない雪原での戦闘である。動きは極端に鈍いし、迫ってくる原住民の勇敢な戦士に気圧されて腰が抜けてしまった者までいる。

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