ガルダの楽園 17



 太陽暦901年 豊北4年――


 アガナ人のシグネを目撃したのは、セヴァート族が北方の集落を襲ったときだった。

 光重が自警団として駆けつけたとき、巨大な熊にまたがった大柄な女を目撃した。彼女は動物の皮を着こみ、手には巨大なナタのような武器を持っていた。顔には赤い顔料で文様を描き、アガナ語らしき異国の言葉を喋っていた。

 このとき、光重は開拓の方針を変更しようかと熟考した。

 それは原住民のアガナ人を脅かすような乱開発が自分たちの手によって行われてしまっているのではないかと危惧したためだ。

 アガナ人はワギャップ湾よりも北にあるアガナ凍土に住んでいると考えられていた。それはワギャップ海峡を越えた別大陸のことである。けれども、彼らはワギャップ海峡を渡って進州へと入って来ている。光重が街道整備に尽力をしているせいか、アガナ人は街道を南下して南部『ギヨレン』の商隊も襲っているとの報告もあった。

 南部の事は内幸流斬星が対処するが、原住民を怒らせてしまった事実は光重にも責めがある。そのために彼は開拓方法を変更しようと真剣に考えていた――その矢先だった。




 内幸流斬星の使者が庁舎へとやってきた。

 使者は「アガナ人の討伐隊を北端へ送り給え」と内幸流斬星の命令を告げてきた。

 なぜ南部『ギヨレン』の命令を北部『アラゼ』が聞かなくてはいけないのか、と問い返すと使者は胸を張って返答した。


「我らは進州開拓団である。開拓団は互いに協力し合って厚治国の発展に努めなくてはいけない。それに北部『アラゼ』は我ら南部に多大な借金がある事をお忘れになったか。困ったときは互いに手を取り合わなくてはならないだろう」


 使者の言っている事はもっともだった。

 光重は初年の冬を乗り切るために、南部『ギヨレン』で食糧支援や防寒具、さらには建築資材に幌馬車に馬に牛に飼料に……と多大な支援を受けた。当然、内幸流斬星に頭を下げた事は言うまでもない。

 この借りを『アガナ人討伐の戦果で返せ』と内幸流斬星は主張しているのだ。

 さらに使者は重要な事をもう一つ述べた。


「仮にアガナ人を捕えたら、内幸家へ申し出ろ。そうすれば箴言密教の偶像であるリュドミラの進州巡礼を源流道さまへ上申すると流斬星さまは仰っている」


 この言葉に光重は気色ばんだ。


 動揺する光重を押しのけて、リリアが「返答は明日行う。今日は宿場でよくお休みいただきたい」と押し切った。

 順調に進んでいた開拓に、突如現れたリュドミラの巡礼……。

 光重がこれを断れるはずがない。

 内山文京もリリアも強くそう感じていた。フェオドラだけが、いまだに言葉を理解できず首をかしげるばかりだった。

 結局、光重は精鋭を集めて討伐隊を結成した。

 狙うはアガナ人・セヴァート族の戦長であるシグネの首である。

 季節は初冬を越えようとしていた。

 雪深い北部『アラゼ』での工事が止まり、人々は勉学の季節に突入していた。

 光重は討伐隊として周囲を警戒しつつ、シグネの出現を待った。待っている間にも、なんとかアガナ人と打ち解けられる方法はないかと考えていた。

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