ガルダの楽園 06



「再生の胎に入ったものは、肉体と魂が分離する。滞留する魂を新たな肉体に移し替える。その作業をわたし達は行った。けれども、おまえの魂は肉体から抜けきらなかった。こんなことは初めてだ」


 春塵は小さな身体で光重を支えながら、ガンポ宮を出るなり言った。


 最高指導者であるバディ師僧は現世で唯一の『老人』なのだとか。

 彼は老衰によって天寿を全うする。そうして『再生の胎』へと送られ、新たな肉体を獲得して『赤子』として『転生』する。記憶がそのままの時もあれば、あやふやなときもあるが……少なくとも、彼は肉体を乗り継ぎながら、このガルダの地に君臨し続けている。

 春塵からこの説明を聞いたとき、光重はうまく飲み下す事が出来た。

 あの老人から感じた人知を越えた神々しさは、人間離れした『なにか』を獲得していなければ発される事がない『特異な雰囲気』だったからだ。


「けれども、僕は新たな肉体を獲得しなかった。春塵みたいに」

「そう、わたしみたいに新たな肉体を獲得しなかった。でも、もしかしたら……あなたは『再生の胎』の中で『元服』したんじゃないの?」


 そう言われて光重は「あっ」と思った。

 自分の身体に目立った変化はない。

 けれども、肉体の成長がここで止まってしまったような気配は感じるのだ。いつのまにか尿意が失われているように、ふと気付いた時に『あったものがなくなっている』という感覚である。


「……名前をもらった」

「どんな名前?」

「太古に存在した光の柱の名前だ。『ヒカリエ』という」

「素敵な響きだと思うわ。わたしも新しい肉体を獲得した時に、この『春塵<ハルカス>』という名を頂いた」

「どんな意味なの?」

「人々の心を晴れやかにする、という古語ですって。でも、わたしはこのガルダから出たことがないの」


 光重は彼女の言葉に対して頷いて「春塵も素敵な響きだ」と答えていた。

 この日、光重は途方もない疲労感の中で眠った。

 部屋には春塵が残ってくれた。『再生の胎』から出た後は、肉体にどのような変化が起こっても不思議ではなく、なかには死亡してしまう場合もあるのだという。

 けれども光重は何事もなく翌日を迎えた。


 不思議なものだ。


 太陽は竜胆色の空に浮かんだままであるのに、そのときが『翌日』であるという感覚がガルダの人々には染み付いている。

 光重は春塵に問うた。


「人を救う術を身につけたい」

「医術の本が図書館にある。読んでみると良いわ」


 ありがとう、と光重は答えたが、彼女は部屋を辞する際に思い出したように言った。


「機会があれば人間の身体を開く作業がある。とても精神を消耗させる大変な作業だけど、あなたも来る?」

「……どう言ったものか、まったく想像がつかないけれど」

「最初は誰しもそんなものよ。いつかはわからないけれども、医術の知識を得た状態で参加してほしい」


 春塵の言葉に光重は頷いた。そして彼女は部屋から出て行った。

 すがすがしい、凛とした朝であった。


 この日もヤクの乳を飲み、図書館へ向かった

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