ガルダの楽園 04



 ガルダは『楽園』と形容するだけあって、素晴らしい場所だった。


 光重は睡眠から目を覚ますとガンポ宮に祈りを捧げ、ヤクの乳を呑んだ。そして図書館へ向かい、昼食も食べず、眠気が襲ってくるまで本を読み続けた。

 図書館の窓からは冷たい雪と修行僧の読経が響いてくる。

 その冷たさも、読経の音韻も、すべてが学習意欲を掻き立てて、明瞭な記憶となって光重の脳裏に刻み込まれていった。

 経文を読み、歴史書を読み、古今東西の伝説や故事を好き放題に読み漁った。また肉体についても学びたかったので、剣術指南書で異界の不可思議な剣術を理解した。すると不思議と専門の戦術書や戦略書などにも目が留まり、光重は知識の習得に没頭した。

 時間も忘れ、日付も気にせず、ただひたすらに本を読み、祈りを捧げ、そして眠った。

 自分は内幸道場で人を斬った。その罪を赦してもらいたくて、ガンポ宮に朝と晩に祈った。敬虔な異教徒であったラーディンと同じように。

 ガンポ宮の高僧に会える事になったのは、光重が巨大な図書館で読書を重ねているときだった。


「法王バディ師僧<ラマ>が光重と会うと仰っている。明日、儀式を行う。その儀式が終わったら、法王と会う」

「えっ……どうして、急に?」

「もう、おまえはこの地に長く留まっている。法王が新たな修行僧と言葉を交わすのは慣例だ。明日、おまえが朝食を終えた頃に迎えにゆく」


 久しぶりに会った春塵はそう言って図書館をあとにした。

 彼女に指摘されて、光重は「どれぐらいの時間をここにいるのだろうか……」と初めて時間の経過に疑問を持つことが出来た。




* *




 翌朝、ヤクの乳を飲み、部屋で待機をしていると春塵がやってきた。

 彼女は本当に『朝食が終わった頃』にやってきた。

 そうして光重は『再生の胎』と呼ばれる巨大な半球状の建物に案内された。


「これより再生の胎に入ってもらう。俗世でお前が拾った罪をここですっかり落としてもらう。不安な顔をするな。わたし達が読経し、おまえの守護霊とともに魂を護る。約束しよう」


 春塵はそう言ったが、光重はにわかに信じ難かった。

 箴言密教では魂と肉体の分離が『喜ばしい死』であるという考え方がある。けれども、ここまで真摯に魂の所在について信奉している者を見たことがなかった。

 光重は小さく頷き、再生の胎の巨大な扉を開いた。

 中に入ると、不意に扉が閉められた。

 ひんやりとした空間であったが、完全な闇によって支配された。

 そのため、視界を一挙に奪われた。


「お、おい……ここでなにをするのだ。読経を唱えるのか」


 光重の問いかけに誰も答えない。

 しかし、すぐに肉体が変化をし始めた。

 それはガルダの国へやってきた当初に感じた、猛烈な吐き気とめまいである。

 このひんやりとした匂い自体が、有毒な空気のように感じられた。

 建物の中は完全な闇で、光重は壁を探して手を伸ばしたがそんなものはなく……態勢を崩して地面に倒れた。

 そうすると、さらに耳鳴りや吐き気は強さを増した。


「ぐああっ……あああっっッッ!!!」


 春塵の読経もなく、ただ闇の中で光重はしばらく悲鳴をあげていた。

 そうして次第に意識が消え始めたとき……あの輿が遠くに見えた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます