那曲光重の長征 06



 太陽暦890年 飾摩26年――。


 光重、13歳の初秋である。


 多くの奉公人が寝静まった深夜の『若野林屋』に押し込み強盗が入った。


 光重が事態に気付いたのは屋敷から聞こえた女中の悲鳴だった。刃物箪笥にある自分の短剣をとろうと起き上がったとき、光重が眠っている小僧部屋に顔を隠した賊が現れた。


 乱闘の末にひとりを組み伏して武器を奪った。


 それで賊の首筋を斬ったとき、生温かく不愉快な体液が上半身に噴きかかった。

 同室の小僧たちと外廊下へ出たとき、すでに用心で立っていた奉公人は遺体となっていた。さらに奥屋敷のほうから火の手が見えたし、屋敷奉公の娘の悲鳴が途切れることなく聞こえてきていた。

 荒々しい足音と悲鳴と血飛沫が床や天井に吹き付ける妙な音が響く中で、あっという間に火がまわった。光重は自分一人ではどうする事も出来なかった。

 ただ遭遇する賊と剣を交わし、斬り倒してゆく。

 女将あかねが寝起きしている奥屋敷へと向かう途中で、リリアたち屋敷奉公の娘が眠る部屋に寄った。

 すでに無数の遺体が転がり、火が全体にまわろうとしていた。

 激しい黒煙と業火が太い柱を燃やしつくそうとしている状況で、まったく中に入る事は出来なかった。


 光重は「ちくしょう!」と呻き、奥屋敷へと向かう。


 彼が到着したとき、奥屋敷の前には用心棒見習いの剣士たちが呆然と立ち尽くしていた。火の手が全体にまわり、奥屋敷は巨大な火の塊となっていた。

 奥屋敷には女将あかね、さらにはリュドミラといった女将付けの奉公人が起居している。それらすべてが炎に包まれていたのだ。




 生き残った奉公人で消火作業を行い、生存者の手当てをしていった。

 結局、六千万元を強奪され、母屋と表商家、さらには女将の奥屋敷と邸宅と四つの蔵がすべて焼かれた。遺体もあちこちに見られて、誰が死に、誰がいなくなったのか、判別がつかなかった。

 女将あかねは惨殺されたと推察され、女将付きの奉公人であったリュドミラも屋敷とともに燃えてしまっただろうと思われた。またリリアの姿も見当たらず、しばらく光重はリリアとリュドミラの遺体を探してまわった。

 まだ暗いうちに、ある奉公人が叫んだ。


「この男は内幸道場に居たヤツではないか!」


 それは乱戦の中で斬り倒された賊の遺体であった。

 胸元を袈裟斬られていて、すでに事切れている。

 ある奉公人が言うには、この男は数年前に内幸道場を辞め城下をふらふらしていた無頼者だと話した。

 ここのところの内幸道場との対立もあり、この襲撃が内幸道場のものだと主張する声が大きかった。

 誰もが混乱の中にあり、未だに炎が上がっている建物もある。

 そんな中で光重は怒りに震えていた。

 どうして女将あかねが殺されなくてはいけないのか。リリアを返してほしい。リュドミラに会いたい。まだリュドミラとちゃんと会話をした事もないし、もっとたくさんいろいろな事を話したかった。

 リリアだって、あんなに頑張っていたのに……どうしてこんな殺され方をしなくちゃいけないのか。


 気付けば、光重は抜き身の真剣を手に内幸道場へ走っていた。

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