那曲光重の長征 04



 松治国の草薙ヶ原城下で大きな『元服式』がふたつ、同日に行われた。


 毎年の夏前の吉日を選んで、『元服』を大々的に祝う。

 元服は肉体的な成長が止まる祝いの儀式である。

 人間は個人差があるものの、一定の年齢で肉体的な成長と老化が止まる。十七歳で元服したものは、よほどの奇病にでもかからない限り、永遠に十七歳の肉体で人生を過ごすのだ。女将あかねも元服した十九歳の姿で、すでに数十年を生き続けている。

 人間は大病で死ぬか、他人に殺されるか、自ら死を選ぶか。

 この三つのどれかを持って『死』を迎える。

 女将あかねも、光重もリリアもリュドミラも……例外なく、誰もが――個人差はあるものの――一定の年齢で『元服』し、永遠の肉体を得る。



 そうして今年も大きな元服式が松治国の草薙ヶ原城下で行われた。



 ひとつは『若野林屋』の小僧や屋敷奉公の娘たちだ。


 彼らは『元服』を境に進路を与えられる。小僧であれば正式な勤め先であったり、自ら商売を始める原資であったり、これまでの小僧としての下働きから解放されるのだ。屋敷奉公の娘たちは親元に帰されたり、あかねの紹介で嫁ぎ先へ嫁いだり……。

 個人の実力や適正に基づいた進路が女将あかねより示される。

 そのため、過酷な日々を過ごしてきた『若野林屋』の小僧や屋敷奉公の娘たちにとって、自分たちの『元服』は大きな意味を持つ。実力不足と判定されれば、強制的に『若野林屋』を追いだされるし、充分な実力であると判断されれば女将あかねより手厚い進路を用意してもらえる。

 各人の思惑が交差する『元服式』が今年も行われる時期となったのだ。

 女将あかねの『若野林屋』は常盤院をはじめとした箴言密教の僧侶を呼び、密教古来の方式に則って式を粛々と進めてゆく。


 一方、松治国・草薙ヶ原城下にはもう一つ大きな組織があった。

 それが『内幸家』だ。

 内幸源流道<うちさいわい げんりゅうどう>を中心とする内幸一門の道場が城下町にあるのだ。

 こちらは敬虔な天現宗派の一門であり、たびたび些細なことで女将あかねと内幸源流道は対立する事があった。武力衝突のような事はこれまでに一度もないが、『商家』の『若野林屋』が用心棒などを育成し始めた背景には、道場経営をしている内幸家との対立があるのではないかと言われている。

 事実、定期的に女将あかねと内幸源流道は対外試合と称して内幸道場で剣術試合を開催する。その勝利が城下での趨勢を変えてきた。

 その内幸道場と若野林屋が、暦の関係で同日に元服式を催す事となり城下は騒然となったのだ。

 あくまでも慶事であるから、当日はとくに大きな問題は起こらなかった。

 けれども、この日……ある体外試合の約束が交わされた。


「うちの長男がめでたく二十歳で元服を致しましたので、それを祝す意味であかねさんのところと一戦やりたいのだけれども」


 内幸源流道の誘いを断ることを女将あかねはしなかった。

 源流道にはふたりの男子とふたりの女子がいた。その長男が元服したとあれば、『完膚なきまでに』叩きのめしてやりたい、と女将あかねは思ったのだ。


「源流道さん、それはおめでたい事ですわ。是非ともうちの子たちとも手合わせを願いますわ」


 主人に早世されてしまい、子をもうけることが出来なかった女将あかねに対する当てつけだと主張する奉公人もいた。だからこそ、女将あかねを慕う奉公人は体外試合に負ける事は出来ないと意気込むのだった。光重もそのひとりであった。




* *




 翌年の年明け。


 太陽暦889年 飾摩25年――。


 光重、12歳の年が始まった。


 正月三が日の行事が終わり、箴言密教徒としての祝賀の儀を一通り終えた一月十日に内幸家と若野林屋の体外試合は開催された。

 試合は実戦形式の十番勝負。

 お互いの陣営から代表者十名を選抜し、ひとりずつ戦ってゆくと言うもの。なぜ奇数の試合数になっていないのか……というのは『引き分け』という逃げ道を内幸源流道や女将あかねは『必要』だと考えていたからだと言われている。

 光重は十二歳の若年にして、二番手として女将あかねから役割を仰せつかった。

 相手は当時元服前であった十四歳の大岡山宣幸という長刀の使い手で、これまでに若野林屋は幾度も苦戦を強いられた相手であると話した。

 是が非でも勝たなくてはいけない。

 内幸源流道は「天現宗派と箴言密教のどちらに正統性があるのかを試す機会だ」などと信仰の正統性を示す事を周囲に漏らしていた。

 くしくも天現宗派の暦でも、箴言密教の暦でも一月十日はこれまでの信仰の大切さを説く吉日であったのだ。


 光重は女将あかねの期待を裏切るわけにはいかないと胸に刻み、日々の鍛錬に身を打ち込ませた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます