那曲光重の長征 02



 若野林屋は松治国の城下に軒を連ねる大商家のひとつだ。屋敷には医師や漢方調剤師が住み込みで生活をしており、それらの世話役で農家などの子女が御屋敷奉公として囲われていた。

 光重は屋敷全体の雑用係である小僧として『若野林屋』に招かれたのだ。

 女将あかねは総勢二百名を越える大商家をひとりで仕切っているようなものだった。誰よりも早く目覚め、誰よりも遅く眠る。つまり誰も寝ているところを見たことがない、と言われるほどの働き者であった。

 その女将あかねが直々に小僧をつれてきたということで、屋敷内で光重は注目の的であった。

 小僧や屋敷奉公は一種の雇用形態をとっているが、賃金はほとんど与えられない。『若野林屋』も例外ではなかった。

 ただ女将あかねが抜きんでた商人であるのが、『習い事』の多さである。

 光重は読み書きと算術が出来たので、すぐに商学と簿記を修める事となった。女将あかねは小僧などに『最低限の雑用』を行わせたあと、商家の将来を見据えて『勉学』を推奨した。

 そのための講師や学者が隣町や城内から招かれ、屋敷の一室で講義をするのだ。

 飲み込みの早かった光重は若年でありながらも優秀な成績を収めた。雑用の仕事もバリバリとこなし、「女将が見込んだだけの事はある」と番頭に言わしめるまでになっていた。


 若野林屋で一年が過ぎた頃、女将あかねは光重に新たな『習い事』を言いつけた。

 それは『剣術』『魔術』といった類のものである。

 若野林屋には大きく分けて四つの職種が存在していた。

 ひとつは医師や調剤師といった『若野林屋』の花型職方だ。これは専門的な知識を必要とするため、一握りの奉公人しか就く事ができなかった。

 ふたつめが店番である。これは来店する客を相手にする接客業である。

 女将あかねは光重が『忌子』であること、また口下手な事を考慮してこの職はあてがわないと最初から決めていたのだ。

 そのため、三つ目の職種である簿記財務の職を当てようと考えた。

 主に番頭の下について店の財務状況や金庫番をする職方である。『商学』『簿記』を早々に習わせたのも、この職をあてがう方針があったからだ。

 けれども、知能的に優秀であった光重を目の当たりにして女将あかねは、最後の職種の適応も見たくなったのだ。

 四つ目の職種が『用心棒』であった。

 商売をしていると手形の不渡りなど金を払わない者も現れる。さらに諍いとなって武器を手に乗り込んでくる者もいる。そういった者たちと対峙するために『用心棒』も育成していた。

 それらを育成するための科目が『剣術』『魔術』といったものだった。

 簿記財務を修めた者と用心棒の科目を修めた者は、本来は水と油の関係である。しかし光重はそれらを融合した稀な存在として、眼をつけられたのだ。


 光重の一日は過酷だった。


 まだ日の昇らぬ頃に床から起き出し、剣術の朝稽古をする。それから屋敷の掃除、朝食の支度をし、午前の商学の講義を受け、昼食の世話と片付け、午後の剣術と魔術の稽古を受け、夕暮れ時の財務管理の手伝いをする。それから夕食の準備をし、剣術の夜稽古を行い、一日を終える。


 人一倍、いや二倍も三倍もの激務である。


 床に倒れ込むように眠り、人知れず起き出して稽古と勉学に励む。

 それは女将あかねも「よくやるもんだね、あの子は」と感心するほどであった。

 光重は「僕はあまり剣術と魔術が得意ではない。できれば机に座って読み書きをしたい」と漏らしたことがある。剣術と魔術の成績は優秀ではあったが、首席ではなかった。その一点について彼は負い目を感じていたのか、必ず自分で稽古をつけていた。どんなに朝が早くとも、夜が遅くとも、木剣を振っていた。


 そうして二年目が過ぎ、三年目に入ったとき……彼女が現れた。

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