アダン会戦 12



 デルデ連峰のふもとに物資を満載した馬車がとまっていた。

 馬たちは白い息を吐きながら、大人しく雪の中に佇んでいる。


「うまくいったの?」


 幌馬車の荷台からひょっこりと顔を出し「さぶっ」と身を震わせたのは、学者の内山文京だった。長い青髪に白い雪が付着している。


「みんなへのお土産と補償は、これでなんとか出来そうだ」


 光重はそう言って幌馬車の荷台に乗り込んだ。

 異界人であるフェオドラは「うぅ、堪える……」と漏らしながら、幌馬車の荷台に入ってきた。それから幼馴染で副将を務めてくれたリリアが続いて入ってくる。

 アガナ人のシグネは愛熊『ルモイ』にまたがったまま、「よーし、出発すっか」と元気のよい声を発して、指笛を吹いた。

 その音に反応して二頭の馬は静かに歩きだす。御者台に誰もいなくても、馬たちはシグネの指示に従うのだ。

 五人と一頭は、いつものように慣れた足取りでデルデ連峰の峠道へと進んでゆく。

 シグネと一緒に行動するようになってから、雪の連峰もそこまで怖くなくなった。彼女のおかげで雪と共生してゆく手法を見つけたような気がした。ちょっと臭いときもあるけど。


「なあ、ちょっと聞きたいんだけどさ」


 フェオドラの言葉に一同は視線を彼女へ集中させた。


「さっきから話題に出ている『リュドミラ』ってなんだ? わたし、まだ『リュドミラ』って人の話を聞いてないんだがな」


 この発言にリリアは「そうだったね」と頷いてから光重へ視線を投げた。

 それを受けて光重は答えた。


「ずっとずっと昔の、僕の初恋の人なんだ。でも、いまは宗教偶像として、仏門の天現宗派に吸収されてしまった」


 光重の発言にフェオドラは眉を寄せる。


「ごめんな、全然意味がわからない。もっと詳しく話してくれ」


 彼女の言葉を前にして、光重はどこから説明をするべきか悩んだ。そうしてから。


「小さいころの話だよ」


 そう言って話し始めた。




* *




 住職が喉を詰まらせて咳き込んだ所で、座卓の前に座る子どもたちは不平不満を言いだした。


「ねえ、全然わかんないよ!」

「なんで那曲光重は内幸流斬星と戦ってたの?」

「異界人ってなに? アガナってどこにあるの?」

「内幸源流道って誰なの? どうして光重は『アラゼ』に居たの?」


 あちこちから湧き上がる疑問に住職はぐっと湯を呑み下してから、応じた。


「悪かった、悪かった。先生の話し方が悪かった。謝るよ。ただ、このアダン会戦でアガナ人のシグネに頭を打たれたのが、この髑髏なんだよ」


 髑髏はわかったけど、光重がわかんないよ、という声が再びぶり返した。

 住職は湯呑に土瓶の中身をそそいで。


「わかりました。じゃあ、次は光重の生い立ちを話しましょう。彼と四人の仲間との出会いも、お伝えできるでしょう」


 こう宣言すると騒がしかった子ども達が、サッと口をつぐんで目を輝かせた。


「名前のない、死ぬべき赤子だった光重はたくさんの人の手によって育ちました。その最初のきっかけを作ってくれたのは、やはり父親だったんですね。彼の父親は十歳でした。皆さんと、そんなに変わらない少年が父親であり、産みの親でした」

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