アダン会戦 09



 窓の向こうで『細雪』が舞っていた。住人が床に入って眠りにつくと翌日は太陽が昇らなかった。家を覆い尽くすほどの雪が積もっていた。雪をかき分けて外へ出ると、そこは『異界』のような見た事もない場所だった。



 ――というものだ。


 那曲光重も経験したことだが、豪雪で一夜にして家が埋まり、これまで把握していた『地理』が変わってしまっていた。

 伝承の最後にある『異界』とは、実際に地形が変わり見知らぬ場所になってしまった、と解釈する学者もいる一方で、『死後の世界』を暗示していると言う学者もいる。内山文京はもっぱら前者である。

 このような悪魔じみた豪雪に見舞われるのが、進州デルデ連峰以北の地域――北部『アラゼ』である。

 その悪魔の雪が今年も光重たちの前に姿を見せようとしている。


「いつも付き合ってるんだから、たまにはご協力を願おうじゃないか」


 デルデ砦の籠城を考えたのは、まさに天の力を借りようという魂胆が光重にあったからだ。

 光重は文京とリリアを前に空を仰いで、話し始めた。


「そもそも僕らに最初から選択肢はないんだ。開戦せざるを得ない状況は、内幸側の要望を蹴った時点で確定していたし、彼らが内幸源流道――つまり、厚治国より大軍を率いてくれば、進州北部なんて一瞬で制圧されてしまう。たぶん、すでに内幸側は厚治国に追加のレドンド・キャノンと大規模な歩兵隊の増援要請を送っているはずだ」

「では、もう時間との戦いというわけね」


 文京の言葉に光重は「雪との戦いだ」と頷いてみせた。

 一方のリリアが心配そうに指摘する。


「もし、リュドミラを使われたら……?」


 この指摘に光重は明言を避けた。

 視線を落とし、ため息をついてから……再び空を見上げる。


「僕は降伏したい。リュドミラに危害が及ぶなら、こんなバカげた戦いはすぐにでも辞めたい。でも、少なくとも我が軍にも被害が出ている。牛や油を含めたら、もう致命的な被害だ。それを考えたら――」

「――公人としての那曲光重は、降伏する気はない。そういうことだわね?」


 内山文京の有無を言わせない発言に、光重は苦笑いを浮かべた。とても苦しい笑みだった。

 内山文京は空を見上げて「ふぅ……」と白い息を吐いた。


「悪魔の雪の訪れを、一日でも『早く』と祈るばかりだわ。まったく忌々しい雪を求めるなんて、わたし達が悪魔になってしまったような気分ね」


 彼女の言葉にリリアも光重も頬を緩めた。




 この日の深夜にふたつめの村が襲撃された。


 その後、敵方の偵察隊は迂回路を通じてデルデ連峰を南側へと抜けて退却した。

 相手は派手に村を焼いたが、デルデ村も同様に『避難済み』の村で人的被害はでなかった。また物資に関しても――空き箱と腐った野菜の廃棄物だけであった。


 光重が準備した補給路は西部の港――慶国から繰り返し入港する船荷であった。

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