アダン会戦 08



 デルデ村襲撃の報をリリアから聞いた那曲光重は、寝違えた首をさすりながら「やっぱり壁と屋根と床があるところで眠りたいものだね」と素っ頓狂な事を言った。

 吹きさらしの砦の司令部で光重は地図の前に立った。

 開戦の直前まで開拓班と測量班に描かせた最新の地図だ。


「相手方はデルデ連峰の西側外郭から侵入して、沢を登る形で後背に抜けたんだったね。デルデ連峰の迂回路はいくつか経路の候補がある。そのなかで西側外郭を選択したのは良い選択だ。一番効率的で安全な経路だ。僕が相手の指揮官だったら、ここに迂回路を設定して後背を撃つように指示を出す。どうやら、同じ事を考える人がいるみたいだ」

「だから、フェオドラを配置したんですね?」

「そう、慌ててね」


 異界、アッガーナ人のフェオドラは両刀使いの砂漠の民だ。この寒さに不平不満を言っている彼女だが、もっと厳しい環境を知っているからこそ、光重はまともに取り合わない。そもそも、彼女は軽装なのだ。防寒具を着ればいいのに。

 両刀使いで見識の広い女性ではあるが、少々偏食である。刺激物が好きで、よくシグネの匂いに顔を顰めながら「うはー、たまらん。この匂いは」と生肉を食う。そして腹を下す。異界の、砂漠の民は、ちょっと理解できない。

 そんなフェオドラはデルデ砦に敵兵が乗り込んで来たときに戦長として兵を束ねてもらっていた。けれども、内幸流斬星の偵察隊がデルデ連峰を抜けたという報を受けて、急きょ進入路の寸断に当たってもらうことにした。


「いいかい、フェオドラ。相手は偵察隊だ。出来るだけ戦闘は避けるんだ。そうさ、戦う必要はない。静かにお引き取り願おう。もし大軍を率いて迂回路を進撃する気配があったら魔導石を使って撃退してくれ。それまでにこちらも軍備を整えて迂回路に集結する」


 もし、その間隙を縫って砦を狙われたどうするんです、とフェオドラに問われた光重は「そうならないよう、祈ろう」と答えた。

 なんともバカバカしい話しに聞こえるかもしれないが、一同は『天に祈った』のだ。

 その祈りが通じたのかわからないが、リリアと光重のもとに色白な女性――内山文京<うちやま ぶんきょう>が歩み寄ってきた。


「戦況はどうですかな、司令官」

「うーーーん……、首が痛いね。寝違えたのが効いてる」

「それは結構ですわ。さて、西の空を見て参りました」


 長い蒼髪をひとつに束ね、前へ回して胸元へ流している内山文京は持参していた分厚い本を開いて目を細めた。


「雪の気配は例年通り西側から来ています。風の吹き具合と今朝の粉雪……それに、ワギャップ湾からの話を総合すると……今年は『見立て通り、早い』かもしれませんね」

「そうでなくちゃ、開戦を延ばしに延ばした意味がないよ。願わくば、これから一度の戦闘も起こらず、冬の雪が降ってくれる事を願うばかりだよ」


 進州の豪雪は容赦がない。


 進州が北部と南部で分けられているのは、デルデ連峰とその雪に起因するところが多い。

 内幸流斬星が統治する南部『ギヨレン』は比較的低地であり、豪雪によって苦労はするものの村落や集村が壊滅するような被害は出ない。一方の那曲光重が統治する北部『アラゼ』は豪雪によって多くの死者が出る。


 北部『アラゼ』には『豪雪』にまつわる伝承がある。

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