アダン会戦 07



 内幸流斬星は震えていた。

 それは長引く戦況の不安からか、突発的に飛び込んでくるセヴァート族の襲撃によるものか、見えない勝利への焦りからか。大岡山宣幸はそれらを総合したうえで――。


「いや、単純な寒さからだろう」


 そう呟いて小雪がちらつき始めた正午の空を見上げた。

 鈍色の空からはちらちらと白いものが舞っている。


「火だよ、火を焚いてよ!」


 本陣で流斬星が叫ぶとお付きの兵士が慌てて火を焚く。明け方の冷気でじっとりと湿った木材は、魔導石を使っても上手く燃えなかった。

 手間取る兵士に向かって小柄な流斬星は苛立ちを露わにしていた。


「もおおっ、使えない人たちだなあ! 誰か、ちゃんと火を扱える人はいないの!?」


 慌てて別の兵士が魔導石を手に、火をつける。

 やっとのことで薪に火が燃え移り、台座に載せられた火が流斬星の元へ運ばれてくる。


「うっ! 近づけ過ぎだ、熱いって!」


 玉座の上でわめく流斬星を見て、宣幸は決意した。


「流斬星さま、もう限界でございます」

「なにが限界だって言うの!」

「……これ以上の対峙は危険です」


 この言葉に流斬星の表情がいっそう険しくなった。


「なにぃ? 物資も兵士もほとんど損なわれてないでしょ。補給路も大丈夫だって、昨日言ってたじゃない」

「左様ですが、極めて危険な状況に追い込まれている事は確かです」


 セヴァート族の女――シグネが率いる遊撃隊が、深夜と早朝に補給路や野営の背後を奇襲してくる。多少の被害は確認されているが、致命的なものにはなっていない。補給路も攻撃を受けつつあるが、護衛隊を配置しているため後方兵站も滞りなく動いている。

 問題はデルデ峠の前に布陣して、本日で三週目に突入していることだ。

 これまでに八度の突撃を敢行したが、ことごとく蹴散らされている。

 昨晩に敢行した大規模な突撃でデルデ砦の防柵にいくつかの突破口を開く事が出来た。だが、砦内部へ侵入し、攻略する事は出来なかった。

 砦の防柵を破壊したという報告で、本陣は沸き立ったが攻略はならず退却を余儀なくされた。これでは何も変わらない。石壁であれば、破壊した事に大きな意味がある。だが、相手は簡易な木造砦の防柵である。木組みをし直せば、数時間で修復などが可能だ。

 突入した兵士によれば『両刀を使う褐色の異界人の女』が猛威をふるい、騎兵や槍兵を次々となぎ倒したとのことだ。また那曲光重の存在も確認された。彼もまたデルデ砦に籠城し続けていると言う事だ。


「異界人の女……」


 大岡山宣幸は那曲光重を少なからず知っている。その知識の中に『異界人の女』の記憶はない。


「あの男は長征でなにを得たというのだ」


 宣幸はぽつりと悔しさを噛みしめるようにして呟いた。

 これを聞いていたらしい流斬星は改めて宣言する。


「よく聞いて宣幸。俺は退かないよ。こんな状況で退けば父上からなんと言われるか、わからないじゃないか!」

「ですが、すでに冬が迫っています。今年は例年よりも降雪が早い事も考えられます」

「だからなんだって言うの、冬は毎年来るじゃないか!」

「天候を甘く見てはなりません。例年通りであれば、あとひと月は積雪まで猶予がありましょう。しかし――」


 大岡山宣幸は西側の空へ目を向けた。


「今年は少し早そうな気もします」

「ふんっ! おまえの気分ひとつで天気が変わるのなら、大変に素晴らしいことだ!」


 苛立ちが高まってきたところで、伝令が前線指揮所へと駆け込んできた。


「報告します! デルデ連峰の迂回路を抜けた偵察隊が、峠の背面にあります村の襲撃に成功しました!」

「ホントにっ!?」


 流斬星は表情を明るくさせて宣幸に振り返った。


「やっとおまえの策がうまくいったな」


 流斬星の言葉に頷きつつ、宣幸は伝令に続きを促した。


「襲撃に成功したのはデルデ村……。物資と思しき品物の破壊と略奪に成功したとのことです!」


 この報告に宣幸はホッとした。

 デルデ村は既存の古地図からも確認出来た場所だ。

 自分が相手の指揮官であれば、デルデ村は重要な補給物資の集積地になる。デルデ砦に籠城している以上、ふもとの村に物資を流さなくてはいけない。

 その推測が見事に的中し、敵に損害を与えたということだ。

 流斬星は玉座に腰を深く沈めて、宣幸を見上げた。


「偵察隊に感謝しなよ? この話がなかったら、参謀の任を解くつもりだったんだから」

「言葉もありません、流斬星さま」


 浅く頭を下げて、大岡山宣幸は返答した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます