アダン会戦 04



 夜が明けて、内幸流斬星の軍勢が平原に陣を張っているのをしっかりと見ることが出来た。

 那曲光重は、朝靄の中で頭をぼりぼりと掻いた。相変わらず、甲冑も剣も帯びていない。


「やれやれ、初日の夜は乗り切れたけれども……内幸家の兵力は充実しているね」

「なっちゅさ、他人事みたいに言わないでもらえる?」


 リリアに言われて光重は「えっ?」と彼女の顔をまじまじと見た。


「僕、なんか他人事だった?」

「いまに始まった事じゃないけど、相変わらず他人事だった」


 うーん、と光重は再び唸った。

 それからリリアの顔を改めて見つめる。

 長い黒髪と黒い瞳。大きな一対の目は、どうして戦場に出て来ちゃったんですか、と問いたくなるぐらい美しい。顔立ちだって悪くないし、剣を握るよりも筆を握っていた方がよっぽど素敵な人生を送れたのではないか……といつも思うのだけれども。


「リリア、ちょっと寝たら? 顔、いつもよりひどいよ?」

「わたしはなっちゅみたいに無神経にどこでも寝れる人間じゃあないの!」

「目の下とか、結構ひどい」

「うるさいな。いま寝ちゃったら、流斬星の坊やに攻められて永遠に目覚めなくなっちゃうかもしれないでしょ?」

「でも、人はいつかは死ぬんだよ」

「なっちゅの思想を押し付けないで」


 ごめんなさい、と光重は謝ってから、改めて陣を張っている内幸流斬星の軍勢へ目を向けた。


「敵はレドンド・キャノンの設置を急ぐみたいだね」


 南雲館の平原の一部で地盤をいじる兵士が見えた。土を固め、木枠を組み、砲座を作り、そこへ大型の魔導兵器を乗せる。その下準備が着々と進められている。

 レドンド・キャノンを撃ち込まれたら、デルデ砦など一瞬で陥落してしまう。だからこそ、この魔導兵器を封じ込めるための誘導を続けてきたわけだけれども……。


「やっぱり、一戦交えないとダメかなあ……。出来れば退却してもらいたいんだけどなあ」


 光重はぶつくさと呟いてリリアを見た。


「わたしを見ても、退却するかどうかは内幸流斬星には伝わりませんよ?」

「そんなの、わかってるよ」


 ぼりぼりと頭を掻いて、高い金を払って買ったバリスタはほとんどが壊されたし、軍用で使える油はすでに底を尽きかけている。開拓の民に土下座して譲ってもらった頼みの牛たちも昨晩で使いきった。


「やっぱり牛肉にして喰っとけばよかったかなあ……」

「なっちゅ!」

「ああ、ごめんごめん……」


 しばらく那曲光重は砦から内幸流斬星の軍勢を見つめては歩き、見つめては歩き……を繰り返してからリリアに言った。


「どちらにしてもシグネに活躍してもらう事になるから、連絡をつけてくれ。あとフェオドラと文京さんにも」

「わかりました。戦い抜こうね」

「戦い抜くさ。でも、身構える事はない。僕らは上から射かければいいだけなんだから。それでもダメなら岩を落として進路を塞ぐだけさ」


 光重の話を近くで聞いていた射手がふざけて「岩を落としても攻撃がやまなかったら?」と聞いてきた。


「そうしたら、デルデ砦に固執する意味はない。退却して、次の陣地に逃げるだけさ」


 この発言に射手たちは笑い声をあげた。


「那曲さん、次の陣地は俺たちの村だぞ」

「まーた家財道具をもっていかれるのかえ?」

「うちの牛はいつ弁償してくれんだ?」


 口々に民兵の兵士たちは不平を発し始めた。けれどもそれは本気のものではなく、冗談の類である。それがわかるから、光重は返答できる。


「戦は生活を捨ててまでやるもんじゃない。だから、こんな戦いで命を落とすような事はやめよう。まずくなったら、一緒に逃げよう」


 まったく大将が「逃げよう」なんて言うんだから、嫌になっちまうぜ――などと射手たちは笑いあいながら、矢の補充作業を再開した。

 リリアが心配そうに光重を見つめている。


「大丈夫さ。僕らは充分に準備をしてきた」

「でも、もしもってこと、あるじゃない?」

「もしそうなったら、流斬星にごめんなさいするよ」


 光重はそう言ってから大あくびをして、「ちょっと寝たいかも」と漏らした。

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