アダン会戦 03



 退却と軍勢の再統合が終わったのは、その日の日暮れだった。

 アダンの丘で罠の調査を行い、指揮所を移した。

 デルデ峠には複数のバリスタが設置されており、射手と合わせて強烈な槍の矢を放ってくるという報告もあった。

 どうやら峠全体を要塞として活用するつもりらしい。


「……やるな、那曲光重」


 宣幸は歯噛みしながら報告を聞き終えた。

 進州南部『ギヨレン』開拓団の反攻が始まったのは、その日の深夜の事であった。

 闇夜に紛れた騎馬隊が峠に入り、設置されていたバリスタの一部を破壊することに成功したのだ。深い闇に沈んだ峠の下方を狙う事は、いくら那曲光重の軍勢であっても出来なかった。

 槍の矢が大気をきって飛び退ると、番えるまでに相応の時間がかかった。その隙を見計らって騎馬隊が一挙に突入したのだ。

 三方ある峠道の中央道が突撃によって最も被害を与えることが出来た。

 宣幸は夜明け前に歩兵隊を中央道に投入し、デルデ砦へ取りつく事を進言した。

 デルデ峠を越えれば、進州北部は平原と森林地帯になる。目立った関所も城下もなく、あるのは朽ち果てた旧館と凍てついた河や海だけだ。


「那曲光重はデルデ砦を死守するはずです。早期に攻略出来れば、あとは掃討戦となります。そうなれば、数で優位にたっている我々が圧倒的に有利となりましょう」

「短期決戦をすると言うんだね?」

「その通りです」


 わかった、と流斬星は承諾し、夜明け前の突撃に自らも剣をとって加勢すると宣言した。もちろん、彼が傷つく事のないような布陣を宣幸は検討し、突撃に組み込んだ。




 ――夜明け前。



 デルデ峠の中央道に騎馬隊と歩兵隊が集結し、峠道を進み始めた。

 曲がりくねった既存の道と急こう配ではあるが直進できる道が切り開かれていた。


「よし、突撃だ!」


 流斬星の号令とともに雄叫びが上がり、兵士たちが一挙にデルデ砦を目指して駆け上がり始めた。

 流斬星と宣幸も武装して馬上から様子を見守っていた。

 バリスタを破壊したためか、強烈な攻撃はほとんどなかった。射かけられた弓矢の雨も白昼のそれとは比べ物にならないほど命中精度が低くなっていた。

 また宣幸は「油での火計がないな」と思う一方で、火矢の数が極端に少ないこと、デルデ砦の松明が妙に心もとない事に気付いた。


「……まさか、那曲光重は油を使いきっているのか?」


 アダンの丘からデルデ峠の広範囲を発火させた火計に、ほぼすべての油を投入したのではないか。そうに違いない。でなければ、この砦の攻防戦で油を使わない理由がない。


「流斬星さま、いまはまさに好機――」

「おい、宣幸……あれは、なんだ?」

「えっ、あれ……?」


 デルデ砦の方から、ふわふわと揺れる光が二つ、四つ、八つ……と現れた。

 夜闇で上手く確認することが出来なかったが、無数に現れた光にはふわりふわりと峠を下ってくる。

 騎馬隊の最前衛から罵声と怒号と悲鳴が聞こえたのは、それから間もなくのことだった。

 ドドドド、という猛烈な音とともに峠の中腹まで進んでいた兵士たちは、次々に光の玉に弾き飛ばされてゆく。


「お、鬼火だ。鬼火だ!!!」


 誰かが叫ぶと、兵士たちは一挙に浮足立ってしまった。

 退却の太鼓が勝手に打ち鳴らされ、進撃をしていた陣形が一挙に崩れた。その崩れた陣形を突き崩すように、強烈な地響きに合わせて鬼火が追ってくる。


「な、な、なんだ、お、お、おぉぉ!!! あれは、な、なんだっ!?」


 宣幸の後ろに馬をまわりこませた流斬星は、女々しい声で威嚇的な言葉を放った。

 闇の中にふわふわと鬼火のように浮かぶ炎の玉が見えた。


「魔法の類じゃない。あれは……」


 ふと嫌な記憶が脳裏を過った。

 宣幸は慌てて流斬星の馬を導いて脇道へと逃れた。

 そして間もなくして、轟音とともに尾に松明の火を括りつけられた牛たちが、猪突猛進の如く峠から駆け降りてきた。

 鋭利に伸びたツノには兵士のものと思われる脚や腕が突き刺さり、ちぎれていた。

 さらにツノには太刀が巻き付けられており、その刃物にも兵士たちの血潮がびっしりとこびりついていた。

 十数頭、いや数十頭の牛たちは猛烈な速度で峠を駆けおり、兵士たちをなぎ倒していく。途中で切り倒される牛もいたが、想像し得なかった反撃に進撃の足はすっかりと止まり、一時の退却を余儀なくされた。


「な、う、牛だと……!?」


 驚く流斬星を前に宣幸は歯噛みした。


「かつて慶<ケイ>国の武将が使った奇策と聞きます。那曲光重が異大陸へ行ったという噂は……あながち嘘ではないのかもしれません」

「ど、どうするんだ! まだ突撃するのか?」

「いえ、いったん態勢を立て直した方が良いでしょう。想像していたよりも、那曲光重は危険な人物になってしまっていると思います」


 大岡山の言葉に従って流斬星は頷き、改めて退却の太鼓が打ち鳴らされた。

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