アダン会戦 02



 南雲館の平原を進撃する内幸流斬星の正規軍は、あっという間にアダンの丘を越えてデルデ峠の入り口に到達した。

 多少の小競り合いがアダンの丘で発生したが、進撃を止めるほどではなく作戦計画に影響を及ぼすものではなかった。


「いいな、いいな。順調じゃないの!」


 本陣から前衛の指揮所に移った流斬星は上機嫌だった。


「もしかしたら、この調子で今日の夜にはデルデ峠を越えられるんじゃないの?」

「お言葉ですが流斬星さま。デルデ峠には北部開拓団が設置した砦があります」

「なにを言うの。あれは関所を改良した木造砦でしょ? あんなの、すぐに攻め落とせる」


 流斬星の言に間違いはない。

 デルデ峠にはデルデ砦という木造砦がある。これは元々旧領主たちが自分たちの領地を侵されないように設置した簡易的な関所であった。これを那曲光重が砦へと改良したものだ。

 木造砦であり、事前の偵察で規模も防備も情報は揃えてある。

 それらを勘案すれば、流斬星の言う『攻め落とせる』というのは間違いではない。足止めの前哨程度に那曲光重は想定しているのだろうか。


「進め、進め! 父上に南部開拓団の強さを見せつけるのだ!」


 上機嫌な流斬星を前に宣幸は妙な胸騒ぎを覚えた。




 大軍である流斬星の正規軍は三手に別れてデルデの峠道を進んだ。

 案の定、デルデ峠の各所には那曲光重が配置した射手が潜んでいた。上方から射かけられる弓矢の雨は、想定を越える被害報告を流斬星の元に届けた。


「狭い峠道で大軍が充分に展開出来ないか……」


 宣幸が前線指揮所で声を漏らした。

 一方の流斬星は伝令に向かって異なる指示を出していた。


「被害が出ても前に進めてるんでしょう? 構うことないさ、砦に取りついて、一挙に押しきれ!」


 伝令がもたらした報告は確かに『想定を越える被害』であったが、致命的な被害でない事も間違いない。それに軍の進撃は止まっていないのだ。

 被害を出しつつも、前へ前へと騎馬隊と歩兵隊は峠を登り続けている。


「流斬星さま、いったん進撃を止めてはいかがでしょうか」


 宣幸が上申すると流斬星は「えっ、なに言ってるの?」と鬼のような形相で振り返った。


「これは戦だぞ、宣幸! 被害が出るのは当然ではないか。問題なのは、我らの軍勢の足が止まっているかどうかだ。いま、進軍は止まってないでしょ!?」

「おっしゃる通りです。しかし、作戦計画にほころびが生じている事も確かです」

「……なにが言いたいの?」


 宣幸は南雲館の平原に前線指揮所を移したタイミングで、レドンド・キャノンの砲座も南雲館の平原に移動させる予定であった事を伝えた。南雲館の平原にレドンド・キャノンの砲台が築ければ、アダンの丘、デルデ峠の砦なども射程に収めることが出来る。

 那曲光重がどのような詭計をめぐらせているかはわからないが、大型魔導兵器の火力の前では小細工も意味を成さない。

 だが、予定よりも進撃が早く進んでいること。南雲館の平原にレドンド・キャノンを撃ち込んだことで、地盤が緩み砲座の設置に手間取っていること――。


「つまり、我々は主力としていたレドンド・キャノンを自らの手で無力化してしまったのです」

「馬鹿を言え! 魔導砲がないからといって、こっちが劣勢になっているわけじゃないでしょ!? いまは進撃だ。前へ前へ進めるのだ。見ろ、先鋒の部隊はデルデ砦へ到達しつつあるじゃないか!」


 流斬星がそう言いきったとき、デルデ峠の中腹、ふもと、そしてアダンの丘から猛烈な火柱が噴き上がった。


「うわっ!」


 強烈な熱風が前線指揮所に吹きつけてきた。

 強烈な油の匂いが火炎の中から匂って来る。相当な量の可燃性の油が峠道のあちこちに仕込まれていたのだ。しかも発火と燃焼効率をあげるために火焔の魔導石を大量に投入している。


「伝令を出せ、一時退却だ。急げ!」


 火炎の衝撃で頭を抱える流斬星を傍目に、宣幸は待機していた伝令に向かって叫んでいた。


「まずい。隊列を分断する気だ……」


 アダンの丘、デルデ峠のふもと、そして中腹の三か所で火炎の壁が出来あがっている。なかでもアダンの丘からは火災旋風のような竜巻が空に向かって立ち昇っている。

 熱風と灰の匂いと悲鳴がまじりあう、最悪の光景が宣幸の視界には広がっていた。


「敵は相当な数の魔導石を用意しているのかもしれない」

「し、進撃だ、進撃を続けろ! か、数じゃ、負けちゃいないんだから!」


 流斬星は震えをぐっと飲み込んだような声であえいでいたが、彼の話を聞く家臣は前線指揮所にはひとりもいなかった。

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