7

 今でも、その情景は夢に見る。

 夜の街を、緋澄は走った。反対側から来る歩行者にぶつかりながらも、緋澄は駆けた。

 ぶつかったサラリーマンが何かを怒鳴った。だが、緋澄の耳にそれは届かない。

 数十分前、彼のもとに届いたのは、恋人からのメッセージだった。

『ごめんなさい』という言葉と、『さようなら』という言葉。それが何を意味するのか、緋澄にはわからない。

 だけど、不吉な予感は感じていた。

 彼女がここではないどこかへ行ってしまうような気がして。

 凸風市、と呼ばれるその街については、治安の悪い街で、多くのヤクザがいる、という程度には知っていた。緋澄とその恋人のリサは、そこから車で一時間ほどの街に暮らしていた。

 リサが凸風に出入りしていることは知っていた。

 どうして彼女がそんなところに行くのかは知らない。

 だが、昔なじみの友人が、リサがそこによく行く、という話をしていたのを、緋澄は覚えていた。

 だから、緋澄は凸風に行った。

 リサはメッセージに自分がどこにいるのかを記していなかった。それでも、緋澄は直感したのだ。リサはそこにいる、と。

「リサ……!」

 とある路地裏に駆け込んだ。途端に、鼻の奥にべっとりと、血の匂いが張り付く感覚を覚える。

 吐きそうになるのを堪えて、緋澄は、一歩、また一歩と、足を進めていく。


 そこにあった。彼女の、亡骸が。


「リ……サ?」

 名前を呼ぶ。だが、当然応えはない。

 目を見開き、口から大量の血液を流した彼女の腹部からは、黒く変色した血液が水たまりを作っていた。その水たまりに、目もくれず、緋澄はそこに膝をついた。

「リサ……! 嘘だろ……? なんで、こんな、……」

 震える手をなんとかして伸ばし、合わない目の焦点を必死に合わせようとする。

 恋人の顔がぼやけて見えるのは、流れた涙のせいか。それとも、受け止めたくない現実を前に、緋澄自身が「それ」に焦点を合わせることを拒んでいるのか。

 見開かれたその目を、緋澄は閉じさせる。

「……ごめん、リサ……」

 冷たくなった恋人の亡骸を、緋澄は抱いた。腕の中で動かない彼女は、もう以前のように笑ったり泣いたりしない。その声を、もう二度と聞くこともできない。それを思うと、緋澄の頬を涙が伝う。

 大粒の涙がリサの頬に落ちて、赤黒の水たまりに一つ、跳ねた。

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anti vice《bay side》 佐倉こんぶ @sakura_kombu

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