第二章 client

1

「柳が殺されただと?」

 暗い部屋に置かれた大きな黒いソファに腰掛ける男は、そう言って目を細めた。日に焼けた肌に細い手足と、染められた金髪。年は四十代ほどの優男。

「はい、二人の男に殺されたようです。観測していた“R”がそう報告しています」

「……その程度の男だったということだ」

 男は、小さく口の端を釣り上げて笑う。

「しかし、柳は我々の組織の大きな戦力ですよ? 戦力の補強はどうされますか?」

「ああ、そうだな。あいつに声をかけてみるか」

「あいつ……? “クロウ”のことですか?」

「そうだ。だがまあダメ元だろうな。あいつは、一度去った組織に再び復帰することはない。そんな男だ」

「ならどうして……」

「ははっ、久しぶりに突いてみたいと思っただけだ。ただの気まぐれだよ」

 けらけらと笑う男を前に、部下の男はため息を吐くだけだった。

「さ、行くか」

 ソファから体を上げ、金髪の男は扉へ向かう。

「ま、待ってください枝垂様、一体どこへ……」

「ああ、会いに行くんだよ、あいつ――飛鳥に、だ」


 ●


 緋澄に獲物を横取りされた二日後の夜。今度こそは、と、飛鳥は枝垂とは違う組織がたむろする倉庫に来ていた。

 とはいっても、枝垂派組織はこの凸風市に深い根を張っている。どこに行っても枝垂の息のかかった誰かがいるのだ。枝垂以外の組織に会うには凸風を出なくてはならないが、それでは仕事ができない。

 凸風市は、日本有数の治安の悪い地域だ。あちこちで犯罪が起きており、警察もほとんど機能していない。

 だが、そんな警察もいたっていないのと同じな状況でも、この街の均衡は保たれていた。

 それは、飛鳥たち暗殺者の存在だ。様々な犯罪組織から行政まで、実力行使が可能な戦力を持っていた。専属の者もいればフリーで金さえ払われれば誰の元にでも就く者もいる。彼らこそ、暗殺者と呼ばれる者たちだ。

 彼らを一つの抑止力とし、組織は緊張状態を保っているが、その均衡が少しでも崩れようものなら戦争が始まる。

 この街では、いつもどこかで戦争が起こっているのだ。それだけ、犯罪組織やギャングが多い、とも言えよう。

 飛鳥はかつて組織に所属していた直属の暗殺者だったが、今はその人間のもとを離れてフリーの暗殺者として活動している。暗殺者にも様々いて、専業でやってる者も他の職業と兼業でやっている者もいる。

 専業でフリーの飛鳥は、今日も円城さゆりから渡された依頼をこなすために冷たいアスファルトに足を運ぶ。

 空に浮かぶ月は雲で隠れ、街灯もないこの海に面した区画は真っ暗闇だ。

 倉庫の裏側に穴があることは知っている。音を立てないようにそちらから倉庫に入る。倉庫内の図面は頭に入っているが、ここが廃墟になる前の状況しかわからない。廃墟になってしまってから、中が迷宮のようになっていたらそれはちょっと困る。

 だが、その心配は杞憂だったようだ。裏手から入り、狭い通路を通った直後に身を潜めて大きな広間のような倉庫に視線をやる。すでに天井は朽ち果て、不気味な色をした月を隠す雲が、飛鳥を見下ろしていた。

 そして、飛鳥は異変に気が付く。

 障害物は何もない、やけに静かな広間。またこれか、と二日前のことを思い出す。

 いや、緋澄はここには来ていないはず。別の現場に行ってるはずだ。だとしたら、誰がこの静寂を生み出しているのか?

 飛鳥は、上着の内ポケットからナイフを取り出して一歩、また一歩と足を踏み出す。

 沈黙……いや、違う。全くの無音じゃない。誰かの呼吸音が聞こえる。遠すぎて人数まではわからないが、少なくとも誰か、そこにいる。

 月を隠していた雲が晴れて、満月の光が倉庫を照らした。

 そこに、一つのオブジェ――のようなものが見えた。

 荷物のようなものを積み上げて、その上に何者かが座っていた。

 細身に、長い襟足の髪。月光に、その金髪が反射した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます