第65話 ブラックボックス⑤

 瑞浪基地にある飛行場。

 そこに僕と、池下さんと、兵長は立っていた。


「何処に、彼女達は居るんですか」


 僕は手錠をかけられていた。

 これじゃまるで犯罪者だ――と思ってしまう程だったけれど、それも致し方ないことなのだと、受け入れるしか道はなかった。少なくとも、僕に残された道は、目の前の道を真っ直ぐ進むしかなかったのだ。


「そこに居るだろう。今、ちょうど『映像』を見ているところだ」

「映像?」

「……聞こえてこないか? 映像の断片が」

『……頑張れよ!』

『お前達は、俺達の希望なんだよ!』


 そんな声が、耳を澄ますと、聞こえてくるような気がした。

 そして、あずさとアリスの姿を捉える。彼女達はパイプ椅子に腰掛けて、何かビデオを見せられているようだった。


「ちょうど良い。君も見ていきたまえ。彼女達がどういう精神状況だったか判断出来るはずだ」


 そう言われて、僕はテレビの画面を見つめる。

 そこには大量の自衛隊員が映っており、一人一人何かの挨拶をしているように見受けられた。


『貴方達は、私達自衛隊の誇りです。だからどうかその誇りを捨てないで』

『貴方達は、未来そのもの。貴方達は、この国の希望そのもの。だから、頑張って』

「何だよ……何だよ、これって」

「これが、彼女達に見せていた『映像』の正体だ」

「……何だって?」

「彼女達に、精神を鼓舞させるような映像を見せる。それによって、彼女達は、自分達しか残されていないのだということを自覚させる。それが、この計画の全てだ」

「あんた……、自分が何を言っているのか分かっているんですか!?」

「……分かっているよ。分かっていて、これを続けている」

「じゃあ!!」

「なら、どうやって代替案を用意するつもりかね?」


 池下さんの言葉は、ひどく冷たかった。


「分からないか? 俺が言いたいことを。分かりきっていない、とでも言いたげな感じだな。どちらにせよ、この世界はもう彼女達に任せるしか道がないんだよ。神様から与えられた知恵の木の実……『ブラックボックス』を使役出来る唯一の人材である彼女達にね」

「それは、変えることは出来ない、ということですよね」

「変えることは出来ないね。簡単に考えてみろ? この世界と、彼女達二人。君はどちらを秤にかけて守り抜くつもりかね? この世界がどうなろうったって良い、というのなら、今すぐ彼女達を解放しても良いじゃないか」

「ちょっと、池下くん! 君は何を言っているのか分かっているのかね!?」

「分かっていますよ、兵長。俺は彼を試しているんです」

「試す?」

「試してみたいとは思いませんか。彼がどちらを選択するのか」

「……勝手にしろ。だが、解放は認めんからな。私の許可がない以上、それは出来ないことだけは分かって貰おう」

「それは……仕方ないことだね。じゃあ、どっちを選ぶ?」


 どっちを選ぶ、って。

 そんなこと、分かりきっていることじゃないか。

 僕は――選べない。


「選べない」

「何だと?」

「僕はどちらも選べない! 僕は、この世界も、彼女達も守りたい」

「傲慢だな、それは」

「傲慢……ですか。僕が」

「そうだ。傲慢だ。それ以上の何物でもない。君は傲慢この上ない発言をした。分かりきっていることだとは思っていたくせに、君は、どちらも守りたいと言った。そんなこと出来ると思っているのか? 出来る、と彼女達に言えるのか?」


 映像は気づけば終わっていて、彼女達は僕を見つめていた。

 あずさとアリスは、僕を見つめていた。

 やめろ、やめろ、やめろ。

 見るな、見るな、見るな。

 僕を――見ないでくれ。


「僕を、見ないでくれ……」


 気づけば、僕は泣いていた。

 気づけば、僕は涙を流していた。

 それが、何の意味を生み出すのだろうか?

 分からない。分からない。分からない。

 答えは、見えてこない。


「……なあ、いっくん。俺は君の答えに少し期待したんだよ。少しは何か違うアイディアを出してくれるんじゃないか、って思いもしたんだよ」


 落胆する僕に、ぽんと肩を叩く池下さん。


「だが、結果はこれだ。君は彼女達を救えない。君は世界を救えない。君は何も出来ない。ただの人間だった、ということだ。神童でも何でもない、君はただの人間だ。それ以上でもそれ以下でもない。……分かりきっていたことだったんだ。君に期待した俺が馬鹿だったのかもしれない」

「池下くん」


 兵長の宥めるような声を聞いて、僕は漸く顔を上げる。

 あずさとアリスは――今もなお、僕を見つめていた。

 そんな顔で、僕を見ないでくれ。

 そんな目で、僕を見つめないでくれ。

 そんな表情で、僕を眺めないでくれ。

 ……ああ、そんなことが言えたら、どんなに楽だっただろうか。

 僕はそんなこと口に出来るはずがなかった。


「君は何も出来ない。それが証明出来ただけでも良いことだったんじゃないかな?」


 池下さんはさらに僕を追い詰める。


「君は、何もしなくて良い。それで良いんだ。それで良いんだよ、全て」

「……何か出来ることは残されていない、というのですか」

「残されていないね。残念ながら。そして、君の『活動』もこれでお終いだ。最後に、彼女達に言いたいことはないかね?」


 それを言われて――僕は何も言えなかった。

 言いたいことはいっぱいあったはずなのに。

 伝えたいことはたくさんあったはずなのに。

 今になって――言葉が一切出てこないのは。

 何故だ。何故だ。何故だ――。

 僕は自分に語りかけて――そこで、あずさからぽつり、言葉が聞こえてきた。


「……ありがとう」


 それを聞いて、僕は何も言えなかった。

 ……ありがとう、だって?

 僕はあの『日常』を破壊した、張本人なんだぞ?

 だのに、彼女はそんなことを口にした。

 どうして、そんなことを言ってくれるんだ。

 どうして、そんなことを口にするんだ。

 どうして、そんなことを言ってしまうんだ――。


「そして、さようなら……」


 彼女はそう言って。

 立ち上がり。

 僕を見つめたまま――僕から離れていく。

 アリスも、僕を見つめたまま動かなかったが、やがて一礼すると、そのままあずさについていく形になった。

 僕は、泣いた。

 言葉に出来ないぐらい、泣いた。

 涙を流し尽くしたと言っても良いぐらい、泣いた。

 けれど、それが現実。

 けれど、それが全て。

 けれど、それ以上は何もない。

 僕には……何も出来なかった。



   ※



 これからは後日談。

 というよりただのエピローグ。

 僕は次の日、一週間ぶりに学校に足を運ぶことにした。不登校にはならなかった。少しでも彼女達が居たという気持ちを残しておきたくて。

 彼女達は突如転居ということが先生から伝えられた。先生は何も知らないのだ。彼女達が自衛隊の人間で、空飛ぶ円盤型の飛行物体『ブラックボックス』の搭乗員で、それに乗り込む任務のためにここから離れた、ということを――。

 放課後、僕は図書室副室にやって来ていた。

 宇宙研究部はいつも通り続けてくれている、と思ったからだ。

 けれど、そこには何もなかった。

 そこには、空っぽの教室が広がっているだけだった。


「おっ、いっくんじゃないか。ちょうど良いところに居た」


 声をかけられ、振り返る。

 そこに立っていたのは部長だった。


「部長……。あの、宇宙研究部は……」

「ああ、宇宙研究部はね」


 部長は、何かを言おうとしている。

 やめろ。やめろ。やめろ。

 まさか、そんなまさか……。

 そして、部長は――はっきりと言い放った。


「宇宙研究部は廃部にすることにしたんだよ」


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る