第十二章 ブラックボックス

第61話 ブラックボックス①

 円盤型戦闘機『ブラックボックス』。

 名称以外の全てが暗部に隠されており、その謎を窺い知ることが出来ない。

 強いて言うならば、それが円盤型の戦闘機であるということしか分からない。

 瑞浪基地の第三部隊に先行的に配置されたその戦闘機、その存在を知るためには、第三部隊に所属するしか道がない。そして、その部隊に所属されるためには、厳しい審査を受ける必要がある。

 ブラックボックスに触れる人間は、悉く謎の死を遂げるという。

 それには何か――理由があるのだろうか。

 その答えは、何も分からない。


『宇宙研究部新聞』とある部員のコラムより



 ※



 目を覚ますと、そこは白い天井だった。

 ベッドの上に横になっていた僕は、思わず呟いてしまっていた。


「……知らない、天井だ……」

「知らない天井だか見知らぬ天井だかそんなことどうだって良いんですがね」


 その思考を中断されてしまった。目線をそちらに移すと、そこには一人の女性が立っていた。

 ピンクの髪をした女性だった。ツインテールにしているその髪型は、どこか少女らしい何かを感じさせる。


「目を覚ましたなら、ある場所に連れてこいというのは言われていたんだけれどね。……それぐらい、精神が安定してきたかな? それとも、未だ未だ難しいかな? どっちかな? さあさあ、答えてよ。時間がないんだよ、こちとら。……まあまあ悪いとは思っているんだよ。急に君のことを放り投げておいて。けれど、私は何も悪くない、というのが正しい考えかな? 何せ、私にとってはどうだって良い考えになっているのだからね。……あ、これ、上司に聞かれると減俸ものだからオフレコで頼むよ、オフレコで」


 良く喋る女性だった。

 というか、一つのことに長々と喋る女性だった、と言えば良いだろうか。


「ねえねえ、分かって聞いているかな? 私は何も思っていないのだけれど、私は何も考えていないのだけれど、ところでその考えが否定的になってはいないかな? 否定的になっているなら、考え方を肯定的に変えてみるべきだよ。笑うのが一番だよ。どんな謎的な状況であっても、笑えば一番! 何でもかんでも解決出来るさ。まあ、圧倒的力の差に愕然とすることもあるかもしれないけれど」

「圧倒的な……力の差?」

「そうそう。そんな長々と話している場合じゃないんだよ。君が目覚めたなら、ある場所に連れてこいと言われているから、さっさと呼びつけなくちゃいけないんだよ。……ねえねえ、一応確認しておくけれど、問題ないかな? 今からある場所に君を連れ出しても?」

「……問題ない、です」


 今更、逃げることは許されない。

 残された道を、懸命に進むことだけしか許されないのだ。



   ※



 案内された場所は小さな部屋だった。その部屋の中心には椅子二脚とテーブルが置かれており、テーブルの上にはパソコンとプロジェクターが配置されていた。


「……ここでしばらくお待ちください」


 女性はそう言って、僕を椅子に座らせた後、そのまま部屋を出て行った。

 手錠や猿轡などされていない状態だった。

 つまり、逃げようと思えばいつでも逃げられる状態だ。

 けれど、それが出来ない。

 けれど、それをしない。

 けれど、それをしたがらない。

 僕はそれから――逃げていたんだ。

 僕はずっと――逃げ続けていたんだ。

 今度は、逃げない。

 彼女達の運命に、従うしかないんだ。


「……逃げなかったのだね、君は」


 しばらくして入ってきたのは、老齢の男性だった。


「あなたはいったい……。そしてここはいったい何処なんですか?」

「質問は一つずつにしたまえ。そして、回答するならば、私はここで『兵長』と呼ばれている。そしてここは『瑞浪基地』。名前を聞いて聞いたことのない人間は居ないだろう?」


 瑞浪基地。

 聞いたことがない、とは言える訳がない。

 江ノ島周辺に広がる、自衛隊基地のことだ。

 その『瑞浪基地』の人間が――どうして僕と出会う機会を得たんだ?

 答えは分かりきっている話じゃないか。


「……君は『最重要機密』を逃がした。その意味を理解しているかね?」


 最重要機密。

 それはつまり、あずさとアリスのことを言うのだろう。


「……あずさと、アリスのことですか」

「そうだ。我々は『それ』のことをナンバーワンとナンバーツーと呼んでいるがね」


 それ。

 人間を『それ』と呼べる人間が居るのか。僕はそんなことを思いながら、話を聞く態度を取る。


「ナンバーワンとナンバーツーはそれぞれ『ブラックボックス』の搭乗員だった。そして、その『ブラックボックス』は、君達が推測している通り、円盤型の戦闘機である……。それは分かる話だろう?」


 そう言って差し出してきたのは。

 僕達宇宙研究部が書いた新聞の一ページだった。

 書いたのは、確か部長だったと思ったけれど――そんなことが書いてあったのか。

 僕はすっかり興味をなくしてしまっていたのだけれど。


「……『ブラックボックス』については、こちらのスライドを見て貰おうか」


 そう言って、老齢の男性はパソコンを操作し、プロジェクターのスイッチを入れた。

 すると壁面にあるものが映し出された。

 それは――空飛ぶ円盤だった。


「空飛ぶ……円盤?」

「UFOを自衛隊の兵器であると考えたところまでは素晴らしかった。だが、公表するのは不味かったね。自衛隊に狙われる可能性があるということを考慮していなかったのかな?」

「それは部長が公表したことで、僕は関係ないはずじゃ……」

「いいや、君にも関係あることだよ。……一番早く君が気づいた。あずさとアリスが『ブラックボックス』の搭乗員であるということに。君が『部長』と呼ぶその存在は、未だ彼女達が『ブラックボックス』の搭乗員であるということは知らなかったはずだ。全ては君が悪い。気味が悪い程にね……」

「『ブラックボックス』とはいったい何なんですか?」

「君が言った通り、空飛ぶ円盤だ。この瑞浪基地第三部隊は宇宙部隊として位置づけられている。君は宇宙部隊の意味を知っているかね?」


 えーと、確か。

 宇宙ゴミや他国の衛星を監視する役割を担っている、とかだったような……?


「何でしょうか、分かりません」


 でもここは無知を貫いていった方が何かと都合が良さそうだ。


「宇宙ゴミや衛星を監視する役割を担う、というのが表向きだ。……だが、裏は違う。起きるであろう戦争を未然に防ぐのが目的だ」

「それって、憲法に違反しないんですか?」

「違反……。しているかもしれないな。だが、世界の平和を守るためには仕方ないことだ」


 ラブリーチャーミーな敵役が言ってきそうな台詞だな、それ。


「世界の平和、って……。まるで今から戦争が起きそうな言い方ですね、それって」

「起きるのだよ、このままだと。それを阻止しなくてはならないのが我々の仕事だ」

「阻止するのが? そのために彼女達を使うって言うんですか。子供ですよ、彼女達は」

「それぐらい分かっているとも。だが、仕方がないことなのだ。我々が、この国を守っていくためには……」

「そのためなら、何をしても良いと……言うんですか!?」

「なら君が代わりになるかね? 『ブラックボックス』の搭乗員に」


 搭乗員。

 そう言われて、僕は思わず息を呑んでしまった。

 僕が、『ブラックボックス』の搭乗員になったところで、それが解決出来るのだろうか?

 僕が、『ブラックボックス』の搭乗員になったところで、彼女達は救われるのだろうか?

 答えは見えてこない。全て、暗中模索の出来事だ。


「……それは、」


 出来ない、とは言えなかった。

 やれない、とは言えなかった。

 けれど――彼女達のことを思うと、否定することも出来なかった。


「彼女達に、あのような残酷な運命を背負わせてしまったのは、悪いと思っている。それだけは言っておこう。……だが、彼女達のような存在が居てこそ、君達一般市民に平穏が訪れるのだということも分かって貰いたい」

「……そんな、そんなことって」

「否定するかね?」


 否定したかった。

 否定したかったよ、出来ることなら。

 けれど――僕は否定出来なかった。

 それは、彼女が生きているから。

 それは、彼女がそうありたいと願ったから。

 それは、僕がそうなりたくないと思ったから。


「話は未だ続く。……君には全てを聞かせてあげるべきだと、部下から言われたものでね」


 スライドは次に進む。

 そこに映し出されたのは、世界地図だった。

 日本を中心とした、世界地図だった。


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