第十一章 夢と現実の狭間で

第58話 夢と現実の狭間で①

「来るなら来るって連絡してくれれば良いのに」

「ごめんごめん。急に行きたくなったんだ」


 僕は祖母にそう謝罪して、月餅を手渡した。

 ちなみに親戚には崎陽軒のシウマイを渡している。ほんとうはそちらを祖母に手渡したかったのだが、高い方をあちらに渡した方が良い、と言ってきたので月餅を渡すことに相成ったのである。相変わらずこの人は他人に対しての世間体を気にする立ち位置に立っている。


「……それで? 彼女達とはどういう関係なの?」

「それは……えーと、聞かないで貰えると助かるかな。あと、これから一週間ぐらい泊まるつもりだからさ」


 一週間。

 それが僕達に定められたタイムリミット。

 勿論、勝手に定めたタイムリミットであり、それ以上でもそれ以下でもないのだが。


「一週間? えーと、まあ、別に良いけれど……。着替えとか、あるかしら?」

「ないと思う。だから買い出しに行かないと」

「あらあら。それじゃあ、おじいさんに頼まないと行けないわねえ」

「そういうことか。……おーい、あずさ、アリス。今から服を買いに行くよ」

「どうして?」

「……どうして?」


 二人はほぼ同じ反応を示した。まあ、当然と言えば当然だろう。


「僕達はこれから一週間ばかりここに住むことになる。匿う、と言えば良いかな」

「どうして? ねえ、学校はどうなるの?」

「学校は休むことになると思う。でも、心配はしないでくれ。安心して過ごして欲しい」

「ねえ、どうして?」


 あずさが僕に語りかける。

 どうしてもこうしてもあるものか。

 僕達はこれから長い戦いを生き抜いていかないといけないんだ。

 双塔の覚悟を持って動かないと行けないことは分かっているけれど、今はただここに身を寄せるしかない。


「……なあ、あずさ。僕のことを信じてくれ。頼むよ。そうしないと君達が救われない」

「私達が救われないってどういうこと? 私と、アリスにいったい何があるというの?」


 言われたって、答えることが出来ない。

 かといって、冷たくあしらうことも出来る訳がない。


「分かっている。分かっているんだ。だが……、僕の言うことを聞いてくれ」

「だから、あなたの言うことってどういうことなの!?」

「頼むからっ!!」


 僕は気づけば、大声を出してしまっていた。

 部屋だけでなく、家全体に響いてしまうような、それぐらいの大声を。


「……頼むから、僕の言うことを聞いてくれよ。お願いだ」


 僕の言葉に、アリスは何も言わなかった。

 あずさは――それを聞いて俯いたまま、


「分かった」


 とだけ呟いていた。



   ※



 二日目。

 気のせいか分からないが、あずさの行動が徐々に過去に遡っている気がする。

 僕が昨日大声を出してしまったせいなのか、答えは見えてこない。


「いっくん、いっくん、今日はクスノキ祭だよ? 学校に行かないの?」

「違うんだよ、あずさ。今日はクスノキ祭じゃない。ただの平日だ」

「……いっくんの嘘吐き。今日はクスノキ祭だって」

「違うんだよ……違うんだよ、あずさ……」

「……、」


 アリスは僕とあずさの行動をただじっと眺めていた。

 自分には関係ない、とでも思っているのか?

 だとしたらそいつは大間違いだ。僕は、君達二人を助けたいと思っているからな。


「ねえねえ、いっくんは私のメイド服姿を見たくないの? だからクスノキ祭に行きたがらないの?」

「違う。違うんだよ、あずさ。クスノキ祭は終わったんだ。だから、行かなくて良いんだよ」

「……どういうこと? さっぱり分からないよ。いっくんの言っていることが」

「だから! クスノキ祭はもうやっていないんだって!!」

「……え?」

「分かっただろう。クスノキ祭はもう開催していない。次は来年だ。僕達はクスノキ祭の臨時休日を利用してここに来ている。だから、何も間違っちゃいない。分かるか?」

「分からない……分からないよ。いっくんの言っていることが、私には分からないよ」

「分かってくれよ。お願いだ。僕は何も間違っちゃいない。正しいことしか言っているつもりはない。……分かってくれよ、お願いだ、頼む」


 それは、懇願に近かった。

 それは、祈りに近かった。

 それは、願いに近かった。

 出来ることなら、もうこれ以上僕に今の世界のことを聞いて欲しくなかった。


「……おい。ちょっと来い」


 僕を呼んだのは、祖父だった。

 祖父は長年建築業界に在籍していたが、定年を機に一軒家を購入し、現在に至る。年齢のせいで階段が上れないなどといった問題はあるものの、それでも元気に過ごしている。

 そんな祖父が、僕に何の用事だろう?

 僕はあずさとアリスにちょっと待ってくれ、と言って部屋を後にするのだった。



   ※



「……まあ、先ずはゆっくり姿勢を崩せ」


 椅子に腰掛けた僕は、未だ身体が硬かったように見えたらしい。祖父からそう言われて、僕は漸く楽な姿勢を取ることが出来た。

 祖父は話を続ける。


「お前が何を考えているかは知らない。のっぴきならない事情を抱えているのかもしれない。だが、俺達はそれについて何も言わなかった。何故だか分かるか?」


 分からなかった。

 答えが見えてこなかった。


「……分からないか。ならば、言ってやろう。答えはたった一つ、家族だからだ。どんな事情があろうとも、家族だからその我が儘にも付き合ってきた、と言えば良いだろうか」


 我が儘。

 そう言われてしまえば、それまでなのかもしれない。

 けれど、僕は我が儘を言ったつもりはない。

 彼女達を助けたい――ただその思いだけでここまでやって来たのだ。それを『我が儘』という一言で片付けられたくない。


「……我が儘でしょうか。僕の考えは」

「我が儘だ。はっきり言って、な。俺達に何も教えてくれず、ただ匿ってくれと言っている時点で、それは我が儘以外の何者でもない」

「……そうか。そうだよね。分かっているよ」

「そう、分かっているなら、有難い」


 何が有難いだよ。

 分からないから最初から切ろうという気満々じゃないか。

 やはり当初の計画通り一週間が過ぎたら何処かに移動しよう。迷惑もかけたくないし、このような言い方をされたなら猶更だ。

 それに――違和感を抱いた祖父や祖母が向こうに電話をかけてしまっているかもしれない。

 生憎我が家は不仲だからそんなことは有り得ないのだが、もしそんなことが起きてしまったら、もう最後である。

 部屋に戻り、あずさが僕に声をかける。


「いっくん、いっくん。クスノキ祭だけれど……」

「だから! クスノキ祭は終わったって言ったじゃないか!」

「いっくん……? 怖いよ、いっくん。何だか今日のいっくんはいっくんじゃないみたい……」

「いいや、僕は僕だ。それ以上の何物でもない」


 僕は頭を抱え込むことしか出来なかった。

 僕は――どうすれば良いのだろうか?

 逃げることは出来た。だから問題はそれからだ。それからどうすれば良いのか――ということについて。それが問題である。

 僕は、生きていく二人を守ることが出来ているのだろうか?

 答えは見えてこない。

 濃い霧の中に隠されてしまったような――そんな感覚だ。

 僕が探し求める答えは、必ずその中にあるはずなのに。

 けれど、僕の探し求める答えがあるかどうかははっきりと見えてこない。

 それが答えなのかどうかも分からない。

 それが現実かどうかも分からない。

 僕が見ているのは夢物語なのかもしれない。

 けれど――僕達は生きていくしかなかった。

 前を向いていくしかなかった。


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