第57話 逃避行のはじまり⑤

 横浜駅の駅前に、崎陽軒の本店は存在している。シウマイ弁当で有名な、あの崎陽軒だ。余談だが、僕はシウマイ弁当は完璧な弁当だと思っている。メインディッシュのシウマイ(さらに余談だが、シュウマイではなく、『シウマイ』)に、タケノコの煮物、焼き豚に厚焼き卵、マグロの付け焼きにかまぼこ、鶏唐揚げに切り昆布、さらに千切りのショウガに杏の甘煮というデザートまでついている。ご飯は俵型になっており、一口で食べやすいものになっている。それもまた有難いものだ。実はシウマイ弁当だけなら藤沢駅にも販売しているのだが、シウマイとなると崎陽軒本店や、分店に行かないと売っていないケースが多い。だから、ここに来られるのはある意味夢のようだった。これだけは流石にあずさにありがとうと言っておかなくてはいけないだろう。僕はそんなことを思いながら、崎陽軒本店へと足を踏み入れる。


「何を買いに来たの?」

「勿論、崎陽軒といえばシウマイだろう! シウマイ弁当も購入して、電車で食べるのもありだな。シウマイ弁当は完璧な駅弁だと思っているからね」

「……そ、そうなんだ」


 若干引かれているような気がするのだけれど、気のせいだろうか?

 僕はそんなことを思いながら、カウンターへ向かう。


「いらっしゃいませ」

「すいません、シウマイの十六個入り一つとシウマイ弁当を三つ」

「はい。少々お待ちください」

「ちょっと。私達の分は自分で払うわよ?」

「良いよ、別に。わざわざ僕が買うんだ。これぐらい好きにさせてくれ」


 そう言って、僕は会計を済ませる。

 少々余計な出費をしてしまったような気がするが、実家に帰ればお金はかからない。それを考えれば、これくらいはしょうがない出費だと思う。

 そう思いながら、僕は崎陽軒を後にした。


「さて、と。買い物も済ませたし、今度こそ家に向かおうか」

「横浜から一気に行けるの?」

「えーと、小山で乗り換えが必要だけれど、殆ど一発で行けるよ」

「それなら、問題ないね」

「そういうこと」


 僕はそう言って、横浜駅へと向かうのだった。



 ※



 横浜駅。


『まもなく、宇都宮行きが参ります』

「宇都宮行きって珍しいな……。でもまあ、一回で行けるから良いか」

「いっくんは何でも知っているね。だから『いっくん』なのかもしれないけれど」


 そんなことを言われても……な。

 僕は呟きながら、電車が来るのを待った。

 電車は平日の昼間ということもあり、空いていた。ボックスシートに座り込み、僕達はちょっと遅めの昼ご飯ということにする。


「そういえばさっき弁当を買ったんだっけ?」

「そうそう。そのために買ったんだよ」


 シウマイ弁当を一人一人に手渡して、僕は蓋を開ける。

 あずさとアリスも、それを見て、僕と同じように蓋を開けた。

 蓋を開けると、手拭きと箸が入っている。そのうち手拭きを手に取り、手を綺麗に拭き取った。そうして箸を割って竹で出来た内蓋を開ける。

 シウマイに醤油を注いで、僕はシウマイを一口。といってもシウマイ自体一口で食べられるサイズになっているから、一口で食べきってしまうのだけれど。


「うん、やっぱり美味い」

「ほんとうだ、美味しい! いっくんは何でも知っているね?」

「何でもってことはないよ。知っていることだけさ」


 僕はちょっと昔に出た本のキャラクターの台詞を真似てみた。

 真似るだけで、信条はそうではないのだけれど。


「……美味しい」


 アリスの口にもどうやら合ったらしい。僕はそう思って少しほっとする。

 電車は動き出し、次の駅へと向かう。

 目的地である実家までは――あと三時間あまり。



   ※



 寝ていた。

 最初の一時間はあずさもアリスも景色を楽しんでいたのだけれど、新宿駅を過ぎた辺りでそれにも飽きてしまったらしく、ぐっすりと就寝してしまっていた。僕はというと、この電車が小山止まりではないため、起きておくのが必要十分条件だったという訳だ。というか、誰かが起きていないと、寝過ごしてしまう可能性が非常に高い。だったら、僕が起きていないと困る――という訳だ。普通に考えてみれば分かる話。あずさもアリスも小山駅のことを知らないのだから、自ずと起きるのは僕だけになってしまうのだ。

 という訳で。

 僕は景色を楽しむことに専念しつつ、時折スマートフォンでアプリをプレイしていた。大宮駅辺りまでは都会の風景が漂っているのだが、大宮駅を過ぎるとそれも一変。徐々に住宅街だったのが、畑ばかりの風景へと変化していく。神奈川県、東京都、埼玉県、栃木県と三県一都を経由している電車のため、乗客の変化も激しい。一番混んでいたのはやはり東京都を移動している間で、大宮駅を過ぎた辺りになるとそれも少なくなりつつあってきていた。

 四人がけの席を三人で占拠していることに罪悪感を抱きながら、僕はずっと電車に乗っていた訳なのだけれど、しかして、それが出来るのも遠距離電車である宇都宮線の特徴といえるだろう。湘南新宿ラインか上野東京ラインかの違いがある訳だけれど、どちらを通るのかは、本人の意思による。ちなみに空いている方が上野東京ラインだと思う。上野駅では意外と乗る人が少ない印象が強い。


「……暇だな」


 呟いたところで問題が解決する訳もない。とはいえずっとスマートフォンのアプリを遊んでいては、電池が切れてしまう。だから僕はずっと景色を眺めていたのだが、これ自体も初めてのことではないので、やはり飽きが来てしまう。


『間もなく小山、小山です。新幹線、水戸線、両毛線はお乗り換えです』

「おっと、もうそんな時間か」


 僕は二人を起こして、降りる準備をする。未だ眠たいのか、目を擦りながら、あずさは言った。


「もう降りるのー?」

「もう、って言っても三時間ぐらいは乗っているんだぞ。とは言っても、あとこれからもう少し乗るんだけれどな」

「乗るって何処まで?」

「下館、って場所まで」

「しもだて?」

「うん。そこに行けば実家までもう少しだ。……問題は水戸線の電車がいつ発車するかなんだけれど」

「どういうこと?」

「水戸線は本数が少ないんだよ。年々減って、とうとう二時間に一本まで減少してしまった。江ノ電とは大違いだ」

「二時間に一本……」


 あずさはそれを聞いて目を覚ましたのか、目を丸くしている。

 もっとも、アリスは未だその意味に気づいていないようだったが。

 小山駅に降りると、既に十五番ホームには電車がやって来ていた。


「もう来ているな! 急がないと乗り遅れるかもしれない。急ぐぞ!」


 僕は走り出す。


「ま、待ってよー!」


 あずさとアリスは僕を追随するように走って行く。

 そして電車に乗り込むと、僕達は漸く安堵の溜息を吐くことが出来た。


「ふう……。何とかなった……」

「下館までどれくらいかかるの?」

「十五分ぐらいかな。それ程時間はかからないはずだよ」

「だったら、立ちっぱなしでも問題ないね」


 電車は混んでいて、座れるスペースもないようだった。二時間に一本ともなれば、乗客も増えていくのは当然といえばそれまでだろう。

 僕はそんなことを思いながら、電車に揺られるのだった。



 ※



 下館駅。

 そこから歩いて徒歩五分に、実家はあった。実家は二階建てで、一階は貸している。今は美容室になっているんだったかな。僕も詳しい話は聞いたことがない。何せここを購入したのは叔父さんで、叔父さんが所有権を持っているからだ。かつてはここに暮らしていた時期もあったのだけれど、僕の部屋は未だ残っているのだろうか?


「あらあら、急にどうしたの。いらっしゃい」


 急にやって来たにもかかわらず、祖母は僕達を受け入れてくれた。

 時刻は午後三時を回った辺り。ちょうどこれから親戚の家に向かうのだという。ついていくか、と言われて、僕達もそれに了承する。

 一先ず、安息の地へと辿り着いた。

 ……いつまで続くかは分からない、逃避行のはじまりだ。


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