第37話 観測活動の再開③

 鎌倉カメラ店までは徒歩十分ぐらい、鶴岡八幡宮の表参道である若宮大路から一本離れたあたりになる訳だが、別段僕達が気になったことはない。どちらかといえば、良くこの道を覚えているな、と池下さんの記憶力を褒め称えたいと思ったぐらいだろうか。上から目線かもしれないけれど。

 鎌倉カメラ店は寂れたたたずまいだった。ほんとうに営業しているのか分からないぐらい寂れていたけれど、そんなことを気にせず池下さんは入っていった。


「あ、ちょっと、池下さん!」

「何だよ?」

「勝手に入って良いんですか?」

「営業中だったら勝手に入っても良いだろ」

「どうして営業中だと分かるんですか?」

「シャッターが全開のときは営業中なんだよ。半開だったり、閉まっているときは営業休止か何らかの理由で営業していないかのいずれか。それを知っているのは地元の人間か、ここに通い詰めている人間ぐらいんだけれどな」

「なんじゃ、騒がしいと思ったら、小僧、お前か」

「池下だって。いい加減覚えろよな、じいさん」


 店の奥から、つるっぱげのおじいさんが出てきた。

 つるっぱげ。

 見事にはげている。

 いや、そういう問題ではないのだが。


「……その様子だと、カメラが壊れたようじゃな?」

「そうなんだよ、じいさん。見て貰うことは出来ねえか?」

「金さえ払えば何だってするぞ。それがわしの仕事じゃからな」

「金は払うよ。当然だろ?」


 そう言って、財布から取り出したのは二万円。

 わお、ブルジョワ。


「……ふん。相変わらず金払いは良いんだがな。その言葉遣いさえ何とかなれば良いものを」

「じいさんだって、客に向かって何て言葉遣いしていると思っているんだ? 少しは鏡を見て反省してみろ、ってんだ」

「五月蠅い。わしはこれで五十年飯を食ってきたんだ。それぐらい問題はなかろうて」


 カメラを店主に手渡す池下さん。

 取り敢えずこれで、ここで行われることはお終い、といったところだろうか。


「ところで」

「うん?」

「未だ撮っているのか、UFO」

「撮っているよ。何なら最近撮れたんだぜ、見るか?」

「ほう。そいつは興味深い」


 最近っていうか、ここ二ヶ月UFOは見られていない気がするのだが。

 それはおいといて。


「UFOの写真が見られるなら、半額でも構わんぞ」

「良いのか、じいさん!」

「店主と呼べ、この若造が!」


 池下さんは何処からか取り出した本から、写真を一枚取り出した。

 というか、そんなところに挟んでいたのか、UFOの写真。


「ほら、これ! 江ノ島で撮れたんだぜ」

「ほう、これはこれは……。流石といったところじゃのう。このままカメラマンにでもなれば良いのだろうに。予定はないのか?」

「その予定はさらさらないね。俺は公務員になって給料を固定給で貰うのが一番なのさ」


 意外と夢がないんだな。

 そんなことを思いながら、僕はカメラ店の店内を見てみることにした。

 古いカメラからデジタルカメラまで、たくさんのカメラを取りそろえているように見え、さらにそのカメラには埃一つ存在しない。どうやら掃除は行き届いているように見えるし、カメラに対する愛情は厚いのかもしれない。

 それはそれとして。


「じゃ、カメラも預けたし、鎌倉観光に行くとしますか。……じいさん、どれくらいでカメラ修理出来る?」

「二時間もあれば直せるだろうて。だからその間に鎌倉でも散策してくると良い」


 二時間か。

 それぐらい時間があるなら、確かに散策ぐらい出来るかもしれない。

 そう思って、僕達は鎌倉の街に繰り出すのだった。



   ※



 鶴岡八幡宮。

 何でも日本三大八幡宮の一つとも言われているそれは、若宮大路の突き当たりにあった。そもそも若宮大路自体が表参道なのだから、その突き当たりにあるのが鶴岡八幡宮であって当たり前であるのは確かなのだけれど。そもそも僕は神社に詳しくないから、あんまり言える立ち位置にはない。そもそもこれって神社なのか? 寺ではないよな……。神社と八幡宮って何が違うんだろう?


「八幡神を祭る神社だから、八幡宮って呼ばれているだけで、八幡宮自体はただの神社と変わりないぞ」

「え? そうなんですか?」

「そうなんだよ。それぐらい常識だろ」


 ……知らなかった。

 そもそもそんなこと常識にされても困る、というのが僕の考えなのだけれど。

 手水舎に向かい、先ずは一礼。右手で柄杓を手に入れて、手水を掬う。そのまま左手を清める。その後は左手に柄杓を持ち替えて右手を清める。次にもう一度右手に柄杓を持ち替えて、左の手のひらに手水をためて口を濯ぐ。そしてもう一度左手を清める。最後に柄杓の柄を清めれば、手水舎でやることは以上だ。


「……へえ、やり方はきちんとマスターしているのね」

「……父が作法には厳しいから」


 ハンカチで濡れた手を拭きながら、あずさの言葉に答える。


「お父さんが? へえ、面白いね」

「面白いって、何が?」

「いっくんって、意外と家族のことについて話したことないじゃん」


 そうだろうか。

 僕はそう思いながら、先輩方が手水を終えるのを待った。

 全員が清め終わったら、後は参拝するだけだ。

 本堂に向かい、お金を入れて、鐘を鳴らして、二礼二拍手一礼。それで後は願いを神様に聞き届けて貰うだけ。それが叶うかどうかは本人の努力次第なような気がするけれど。


「……さてと、参拝も終わったことだし、ゆっくり表参道でも見て回るか? そういえば、いっくん」


 部長が急に僕のことを呼んだので、僕はたじろいでしまった。

 というか、部長にいっくん呼ばわりされるのも何だか珍しい。


「どうしましたか?」

「どうしましたか、って……。確かいっくんは、お母さんの誕生日が近いって言ってなかったか?」


 言っていたっけ?

 言っていたような気がする。


「確かにそうですけれど……、それがどうかしましたか?」

「どうかしましたか、って……。親は大事にしておけよ。ここでお母さんの誕生日プレゼントでも購入しておけばどうだ? 生憎ここは観光地として有名な鎌倉だ。そういうものは数多く取りそろえているぞ」


 さて、そこで。

 僕は手持ちのお金を確認する。

 今回の移動で持ち歩いていくお金は必要最低限にしていた。とはいえ、何とかかんとか言われてしまい五千円は持ち歩いている。

 Suicaへのチャージは未だ残っているし、五千円使い切っても何とかなるだろう。


「……じゃあ、何か買い物でもしましょうか。オススメとかありますか?」

「オススメか? 何でも一番オススメは鳩サブレーだな!」

「鳩サブレー?」

「聞いたことないのか?」

「いっくん、教えてあげるよ! 鳩サブレーというのはね! 文字通り鳩の形をしたサブレーのことを言うんだよ! 以上説明終わりっ!」

「……うん」


 サブレーって何だ?


「サブレーのことを説明してやれ、あずさ。サブレーというのはな、ビスケットの一種だよ。要するに、鳩の形をしたビスケットってことだ」

「それが有名なんですか? 鎌倉じゃ」

「うん。恐ろしいぐらいに」

「恐ろしいぐらいに」

「そうだ」


 恐ろしいぐらいに、有名なのか……。

 僕達は取り敢えず鳩サブレーを見に行くために、駅前にあるという『豊島屋』に向かうのだった。



  ※



 豊島屋は混んでいた。


「うわあ……」

「な? 有名だろ?」

「はい。言ったことが分かったような気がします……」


 それにしてもこの人気。

 まるで鎌倉に居る観光客が全員この地に来ているような感覚に陥ってしまう。


「どうする? 鳩サブレーじゃなくて別の選択肢もあるぞ? さっき何かおしゃれな菓子を見つけたけれど」

「いや……ここにします。こういう素朴なものが似合う家庭なので」

「そうなのか?」

「そうなんです」

「だったら構わないが。……俺達は暇だから観光でもしているぞ? お前はここに居ろ」

「えー。私も観光したーい」

「つべこべ言うな。知っている人間が残っていないと話にならないだろ」


 ……という訳で。

 あずさと僕が、豊島屋に並ぶことになるのだった。


「私も叔父さんに鳩サブレー買っていこうっと。……というか、私も鎌倉来るのは何度目ぐらいかなんですけれど。別に地元でもないし」

「そうなのか?」

「そうなんだよ。最近引っ越してきたばかりでね。だから鎌倉に来たのは……ほんとうに、片手で数える程度?」


 そうなのか。

 だのにまるでこの地元に馴染んでいるような感じ。それは彼女の持ち味なのかもしれないけれど。


「ねえねえっ。もっと話しようよ、話。私暇すぎて死にそうだよ」

「スマートフォンにアプリとか入れていないのかい」

「二人で居るのに二人ともスマートフォン弄くりまくっているとかないでしょ! だったら、話している方がよっぽど有意義だと思うよ?」


 そうだろうか。

 でもまあ。話をするのは悪くない。

 そう思いながら、僕とあずさは会話に興じるのだった。


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