第36話 観測活動の再開②

 その日の放課後。

 僕達はいつものように、瑞浪基地に向けてカメラを向けていた。理由は明白、瑞浪基地からUFOが飛び立つからだ。それを僕達は(正確に言えば、部長と池下さんは)二度も目撃している。だからまた何処かのタイミングでUFOは飛んでくれるはずだ。僕達はそう、まるで願っているかのように思っていた。

 しかしながら、UFOは目撃出来なかった。

 それどころか。


「……あれ? カメラの調子がおかしいような……」


 発端は、その一言からだった。


「どうした?」

「ああ、いや、何でもない。きっと直ぐに直るはずだ……多分」


 多分、って。

 曖昧な一言を口にしてしまったぞ、この人は。

 そんなことを思いながら、僕はただひたすら調整し続けている池下さんを見ることしか出来なかった。何せカメラの知識などとんとないのだ。UFOに関する知識も父が持っていた蔵書から若干得たぐらいだし、結局はそこまで知識を得ている訳ではない。


「……うーん、でもやっぱり直らないなあ。何が原因なんだろう? さっぱり分からない」

「壊れたんじゃないのか?」

「壊れたのかもしれない」


 部長と池下さんとの会話は、至ってシンプルなものだった。

 それでいて、内容ははっきりと重要なことをピンポイントに伝えている。

 そういう関係が居ないから、何というか、羨ましさすら覚える。


「取り敢えず、仕方がないけれど、今日の観察は中止にしよう。良いかな、みんな?」

「仕方ないですよね」

「そうそう。仕方ない、仕方ない。慌てない、慌てない」


 そんなことを言ってもなあ。

 僕は別にUFOの観測をやろうともやらないとも、どちらでも良いのだけれど。


「……ところで、次の土曜日は空いているかい?」


 池下さんは唐突にそんなことを言い出した。

 次の土曜日というと……三日か。母さんの誕生日だけれど、お祝いは夜にすればいいだろう。


「ないですよ。何かあるんですか?」

「カメラの修理に一緒についていかないか、って思ったんだけれどね。珍しいことだと思うし、どうだろう? 宇宙研究部がみんなで集まることなんて滅多にないから……」


 宇宙研究部は毎日集まっているように見えるけれど。


「ないですよ、私も特に」

「…………私も」

「僕も、だ!」

「よし! 全員OKだね! だったら、みんなで一緒に行こう。カメラ店は鎌倉にあるんだ。序でに鎌倉観光とも洒落込もうぜ」


 そう言って。

 宇宙研究部、土曜日の鎌倉観光が決定するのだった。



   ※



「今日は、遅くなるの?」


 母さんから、出発するときにそんなことを言われた。

 今日は父さんも帰ってくる。説明はしていなかったけれど、父さんは週に一度しか帰ってこない。だから今日は家族団らんで過ごせるはず――だったのだが。


「ごめんね、母さん。遅くなることはないと思うけれど、もし遅くなりそうだったら、電話するよ」


 スマートフォンを手に、振る仕草をして僕は言った。


「そう。……なら、良いのだけれど」


 ちなみに父さんは未だ帰ってきていない。向こうでの引き継ぎがうまくいっていないんだとか。いったいどういう仕事をしているのやら。聞いてみても良いけれど、あんまり仲が良いって訳でもないしなあ、我が家。

 そんな我が家の事情はどうだって良いのだ。

 今は、待ち合わせの時間に遅刻しないことだけ考えておかないと。

 そう思いながら、僕は家を出た。

 母さんが手を振る。

 僕も手を振る。

 ただ、それだけのことだった。



   ※



 六月にこの町に引っ越してきてから、そういえば江ノ電に乗ったことって、学校の友達としか乗ってないんじゃないか、って思えてしまう。

 普通はもっと遊んで遊んで遊び倒すべきなんだろうけれど、何故だか我が家はそれが出来ておらず、その大きな理由は、我が家の父に関する事情だった。

 父は神奈川の職場に勤務しているが、帰ってくるのは週に一度きり。つまり、住み込みの料理人という形なのだ。それがどれ程大変なのか分からないけれど、話を聞いている限りだと、やっぱり色々と大変らしい。どういうところに務めているのかは知らないんだけれど。


「やっほ。いっくん、遅かったね」

「そうだったかな?」


 スマートフォンで時計を見ながら、


「時間には遅れていないと思うんだけれど」

「定時前に着くのが常識ってもんじゃないの?」

「そういうもんか?」

「だってほら、アリスももう着いているし」


 けろっとした表情を浮かべてアリスはこちらを向いている。


「いやいや、アリスを基本にして貰っちゃたまったもんじゃないよ。現に、未だ部長達男子勢は一人も来ていないだろ?」

「定時に着いていない時点でどうかと思いますけれど。私は部長や池下先輩でも文句を言いますからね」

「ほんとうに?」

「ほんとうよ」

「いやー、遅れて済まない。ちょっと家の用事があってね……」

「部長! 池下先輩! 何で遅れたんですか」

「いや、だから、家の用事が……」

「俺はちょっと体調が悪くなっちゃって……」

「二人とも! 特に池下先輩! 池下先輩がやろうと言って決めたことなんですから、勝手に遅刻しないでください! せめてグループLINEにメッセージを入れておくとか!」

「……悪かったね。それはやっておくべきだったと思ったよ。けれどね、火急の事態というのもある訳でねえ。そこはどうにもご理解いただきたいものだと思うよ」

「……火急の事態がある、ということも分かります。ですが、連絡して貰わないと、こちらも心配します」

「そりゃあ、悪かった」


 池下さんは素直に頭を下げた。


「……いや、そこまで素直に謝られるとそれはそれで困るんですけれど」


 さっきからお前は、何が言いたいんだ。

 ただ先輩を困らせるだけなのは辞めろって。


「……よし、じゃあ、さっさと鎌倉に行くぞ! 目的はカメラ店だ!」

「おー!」


 そうして。

 僕達は一路、鎌倉へと向かうことになるのだった。



   ※



『この電車は鎌倉行きです――』

「ふう。何とか乗ることが出来たね」


 あずさの言葉を聞いて、僕はこくりと頷いた。

 問題は一つ解決、といったところだろうか。全員が集合出来た、という点については、先ずは有難いと思った方が良いのかもしれない。

 しかしながら、未だ問題は残っている。

 そもそもの主問題。


「池下さん、ちゃんとカメラは持ってきましたか?」

「カメラ? ……ああ、当たり前だろ。そもそも持ってこなかったら何だと思っているんだ。冷静に考えて有り得ない話だろ、カメラ直しに行くって言っているのに、カメラ持ち歩かないなんて」


 そりゃそうですけれど。

 でも、もしかしたら、って可能性もある訳だしなあ。

 そんなことを思いながら、僕は話を続けた。


「そういえば、どうして鎌倉に行く必要が有るんですか? カメラ店なら、七里ヶ浜にもあるでしょう?」

「まあ確かにそうだろうね。けれど、購入したカメラは購入した店で、という話でね。……偶然手に入ったのが、そのお店だったんだ。だからそこでずっと使い続けている。ただそれだけの話さ。別に何の問題でもないよ」

「そうなんですか?」

「そうなんだよ」


 特段、珍しい話でもない。

 そういうことか。


「……カメラ店の名前は『鎌倉カメラ店』。ただのカメラ屋さ。昔からずっと続けているカメラ屋でね。観光出来る場所からは若干離れているのだけれど……、まあ、時間潰しに観光しても良いよね。例えば鶴岡八幡宮だとか」

「鶴岡八幡宮?」

「鎌倉にある立派な八幡宮の名前だよ。良い場所だよ。写真を撮るにはうってつけのポイントさ」

「そんな場所があるんですか」


 鎌倉という場所は聞いたことがあるけれど、行ったことはなかった。

 だからそれを聞いて、ちょっとだけ嬉しかった。

 地元の人から聞ける情報って、やっぱり重要なところがある訳だし。

 そもそも『地元』って言える程住んでいないけれど。


『間もなく、終点、鎌倉です。どなた様もお忘れ物のないようにご注意ください――』

「おっ、そろそろ着くようだね」


 部長が立ち上がり、僕達も立ち上がる。

 出口に向かうと、ちょうど扉が開いた。

 鎌倉は、どこか懐かしい匂いがした。

 それが何でそんな匂いがするのかさっぱり分からなかったけれど。


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