第三章 孤島の名探偵

第13話 孤島の名探偵①

 始まりは至ってシンプルなことだった。


「我が宇宙研究部は夏休みに合宿を行う!」


 夏休み一日目。

 特に目的もなく、学校にやって来ていた僕達を待ち構えていた部長はそんなことを言い出したのだ。

 そもそも、何故学校にやって来ていたのか、ということについてだけれど、前日に「明日は学校に来るように」などと言われていたためで、こんな部活動にも夏休みの登校義務があるのかなどとうだつの上がらない表情を浮かべていたところだった訳だが。


「……合宿と言っても具体的にどのようなことをするんですか?」

「よくぞ聞いてくれた! 部活動の合宿といえば、強化合宿のようなものを思い浮かべているかもしれないが、そのようなものを思い浮かべてくれると大変有難い!」


 いや、意味が分からないのだが。

 そもそも、宇宙研究部の強化合宿って、何を強化するんだ?


「我々の目的は何だね、いっくん?」

「ゆ、UFOを見つけること、でしたっけ……?」

「違う! UFOの正体を突き止めること、だ!」


 そういえばそうだった。

 それにしても、UFOに関係すると思われる二人の目の前でそんなこと大々的に宣言して良いものだろうか。僕には分からない。


「……それと、合宿と、どんな関係性が?」

「三日月島という島を聞いたことがあるかね? まあ、聞いたことがなくて当然なのだけれど」


 だったら質問するなよ。

 僕は突っ込みたくなったけれど、それ以上言わないでおいた。


「三日月島には、僕の親戚が持っている別荘があってね、そこを借りることが出来たんだ。そこからなら、なんと星々が綺麗に見ることが出来るという! もしかしたら、UFOも見ることが出来るかもしれない。そう思って、そこに向かうプランを組んだ訳だが……」

「誰も行く人が居ないから、私達を誘うって魂胆?」


 言ってきたのは、すっかりこの部活動の正規メンバーとなった金山さんだった。


「なっ!? そ、そんな訳が……ない訳ではない」


 ないのかよ。


「……とにかく! 行くのは無料だ。そして行くのも君達のスケジュール次第だ。出発は七月二十八日から三日間! それなら君達のスケジュールにも余裕のあるように、ということで組んだつもりだ。もし行けるという人が居るなら、明後日辺りまでに僕に連絡するように。以上、解散!」



   ※



 解散、と言われても。

 それだけで帰る訳にもいかないので、図書室の本でも読んで時間を潰すことにした。

 弁当も貰っているから簡単に帰る訳にもいかない、というのが本音だけれど。

 そういう訳で今日も読書タイム。今日は『虐殺器官』だ。それにしても新しいSFの本も置いてあるとは(刊行は十年以上昔だけれど)思いもしなかった。この図書館、ラインナップが侮れない。


「ね、ねえ。いっくん」


 そんな僕に遠慮してか、若干声のトーンを落として語りかけてきたのは、あずさだった。


「何だい、あずさ。いったい全体、どうしたっていうのさ」

「い、いや! いっくんはこの旅に出るのかなあ、って思って」

「旅? ……ああ、強化合宿のことか。僕は行くよ。親の許可を貰わないとだけれど……生憎我が家はそういうことには寛容だし」


 寛容というか、貧乏暇なし。

 とどのつまり、休みがないといったところか。

 だったら何日かでも僕が家を空けておいた方が都合が良い、って訳。


「そ、そうなんだあ……。私も親の許可を貰えると思うから行くつもりなんだけれどね」

「そうなんだ?」


 あずさの親。

 興味があるけれど、会ってみたことはなかった。

 というか、会う機会すら与えられなかったような。


「強化合宿って何するんだろうね? 何だか気になって夜しか眠れなくなれそうだよ」


 それは充分眠れている、っていうんじゃないか?

 僕はそんなことを思ったけれど、それ以上は何も言わないでおいた。



   ※



 七月二十八日。

 横須賀のとある漁港に、僕達はやって来ていた。


「……ここから出発するの?」


 あずさの言葉に、頷く部長。

 部長はアロハシャツにスーツケースといういかにも旅行に旅立ちますといったスタイルの格好だった訳だが、それ以上に、そのスタイルが、あまりにも格好が悪い。無愛想な格好に、アロハシャツという温厚なスタイル。はっきり言って、似合わない。


「……今、僕の服のこと、似合わないと思っただろう?」

「い、いや! 何でもないですよ」


 部長には超能力でも身についているのだろうか。

 いやいや、そんな訳があるまい。科学技術の文明において、超能力や魔法なんてものが蔓延る訳があるまい。だから、そんなことは有り得ない。


「まあ、良い。とにかく、僕達はこれからチャーターされたクルーザーに乗り込んで、三日月島へ向かう。ルートは、問題ない。何せクルーザー運転免許を持つメイドがいるからな。名前は桜山杏奈。まあ、直ぐに出会うことが出来るからそこについては省略させて貰うとするか」

「私がぁ、桜山杏奈でぇす」


 気の抜けた挨拶だった。

 気づけば部長の隣に立っているのは、部長よりも頭二つ分小さいメイドだった。

 メイドというよりかは、メイドのコスプレをした中学生みたいな風貌だったけれど。


「……ほんとうに、クルーザー免許を持っているの?」

「私ぃ、これでもぉ、二十歳なんですよぉ。この年齢で、クルーザーを運転出来る免許を持っていることってぇ、とっても珍しいことなんですけれどぉ、私にしてみればぁ、お茶の子さいさい的なぁ?」

「お茶の子さいさいって、今日日言わない台詞だよな……」

「あれぇ? そうですかぁ? まあ、良いじゃないですかぁ。私としては、今回のメイドとしての立ち回りを担当させて貰っているだけに過ぎないのでぇ。専属メイドと言って貰って全然問題ないですよぉ」


 気の抜けた言葉遣いを、先ずはどうにかして欲しいと思ったが、それ以上言ったところで何か解決するとも思えなかった。

 だから、結局のところ、問題と言えることと言うのは。

 実際に、そのメイドがメイドとして使えるかどうかって話。

 メイドがメイドたる由縁として、メイドがメイドである意味として。

 メイドがメイドであるならば、メイドをメイドとして使うのが当然の意味を成してくる。

 意味があるかないかと言われれば。

 ないと言われればないと言われるかもしれない。

 あると言われればあると言われるかもしれない。

 結局は重ね合わせの理。

 シュレーディンガーの猫といったところだ。


「……これからぁ、向かうことになるんですけれどぉ、ほんとうに良いですかぁ?」

「え?」

「何せ私達が向かう場所はぁ、電波が届かない場所であってぇ、携帯電話も通用しない場所なんですよぉ」

「そんな場所に連れて行くんですか!? 今から僕達を!?」

「監禁じゃないんだから、未だマシだろ? あはは!」


 あはは! じゃないですよ!

 笑っている場合じゃないですよ! って昔そんなテレビ番組があったような、なかったような?


「まあ、そういう訳で、結局、僕達は進む訳だ! 前に、前に、前に!」

「でもやっぱり心配なところがあるというか……」

「ポッと出のキャラクターに、操縦を任せるのがそれだけ大変なことですかぁ?」

「いや、そういう訳じゃないけれど!」


 ポッと出って言うな、ポッと出って!

 僕達はクルーザーに乗り込んでいく。荷物を安全な場所に仕舞い込んで、僕達は海の見える場所に移動した。


「全員乗り込みましたねぇ? それじゃ、出発しますよぉ」


 そう言って。

 彼女はクルーザーを動かし始める。

 ってか、ほんとうにクルーザーを動かせる技術を持っているなんて。

 はっきり言う。疑ってごめんなさい。

 そうして僕達は――絶海の孤島、三日月島へと向かうのだった。


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