第10話 生徒会選挙④

「……誰も居なくなったね」


 アリスとあずさ。二人が残された空間では、何も残されるはずがない。カメラもなければ、マイクもないのだ。とどのつまりが密室ということであり、それ以上でもそれ以下でもない。それが正しいかどうか間違っているかどうかと言われれば、正しいという選択肢を選ぶしか道がないのだろう。

 それはそれとして。


「貴方、いったい何者?」


 あずさは、単刀直入にアリスに問いかけた。


「へえ。分かっているんだ、自分が何者か」


 言ったのは、アリスだった。


「分かっているわよ。そのために、私はここに居るんだから」

「だったら」


 だったら。


「私が何者かも、当然説明がつくんじゃなくて?」


 アリスの言葉は、あずさの胸に届いたのだろうか。

 いずれにせよ、彼女はただ頷くことしか出来なかった。

 それは、二人きりの会話。

 それは、二人きりの談笑。

 それは、二人きりの談話。

 何にも残されることはない。何にも記録されることはない。何にも録音されることはない。ただの談話だ。ただの講話だ。ただの会話だ。

 結局のところ。

 それで済ませてしまっているのは、人間の良いところなのかもしれないが。



   ※



「……なぜ二人きりで残らせたんだ?」


 言ったのは、部長だった。


「え。だって、二人が残るって言った中、僕も残りますなんて言える訳ないじゃないですか」

「言えよ、そこは。何らかのチャンスを掴む良い機会だっただろうが」

「何らかの機会、って何ですか、それ」

「……ここだけの秘密にしておけよ、いっくん」


 部長はひそひそ声で、僕に語りかける。


「伏見は、一年生で、謎が多いんだ。何処に住んでいるかも分からない。お前も途中までは見送ったことがあっても、あいつの家には行ったことがないんじゃないか? そして、僕達も彼女の家に行ったことはない。というか、年下の女の子の家に行ける訳がない。そりゃ、分かりきった話だろう? そして、ここからが重要な話なのだが――」

「何ですか?」

「伏見あずさ、あいつが現れたのは、僕達が最初にUFOを見た一ヶ月前からだ。そして、高畑アリス、あいつがやって来たのは二度目のUFO目撃である日の次の日から。……これって、あまりにも偶然ができすぎてやしないか?」



   ※



 確かにそうだった。

 あずさの来たタイミングは今初めて聞いたが、アリスの来たタイミングはあまりにも都合が良すぎる。UFOがやって来たタイミングに合わせて転校生がやって来た。それってつまり、UFOに乗って来たということじゃないか、と思わせてしまうような口ぶり。

 いや、それが確かなのだろう。


「……二人の関係性を探れ、いっくん。これは一年生であるお前にしか出来ないことだと、僕は考える。それに僕は生徒会選挙で忙しいしな」

「池下さんは?」

「俺もパス。ってか、多分こいつの推薦人になることだろうし」

「推薦人?」

「生徒会選挙では、一人推薦人を設ける必要があるんだ。要するに、『俺が推薦するから、みんな安心してこいつに票を投じてくれよな!』というスタンスだ」

「成程」

「とどのつまりが、これから俺達は忙しくなる、っていうこと。自由になるのはお前だけだ、いっくん。良いか? 二人の関係性を突き止めるんだ。そして、出来うることなら……」

「出来うることなら……?」

「二人と『UFO』の関係性も突き止めて欲しい。それが、我々の望みだ」



   ※



 難題をぶつけられてしまった。

 帰り道、一人でうんうん唸っていたのだが、思えば今日はあずさが居ないのだ。

 そう言われてみたら、いつも二人で帰っているのに、あずさの家を知ることはない。

 何せ、場所が遠いためか、少し離れた位置で、曲がり角に突き当たってしまうのだ。

 僕が右に曲がり、あずさが左に曲がる。ただ、それだけの違い。

 そこから先は僕も知らない道になる。だから、簡単に行ける訳がないのだ。


「というか、明日からどんな顔してあずさに会えば良いんだよ……」


 明日からも、いつも通りあずさは僕の後ろに座っている。

 そんな中で、あずさはUFOと何らかの関係性を持っているなどという話を聞いてしまえば、それを思わずにはいられないのは当然のことだろう。

 それに、あずさには宇宙研究部に入部させられた責任を問う必要もあったりする。

 いや、責任と言って良いのだろうか?

 責任問題、というと何か重要なことに感じてしまうかもしれないけれど。


「……とにかく、明日からも普通に過ごしていかないと……」


 僕はそんなことを思いながら、道をぶらぶらと歩いて行くのだった。



   ※



 次の日の朝。

 僕が席につくと、あずさは既に席に腰掛けていた。

 なんてことのない日常。平和な日常。


「おはよう、あずさ」

「おはよう、いっくん。……寝癖、出来ているよ」

「嘘っ? ほんとう?」


 寝癖を必死に直そうとするところで、あずさが手鏡を僕に差し出してくれた。

 僕は鞄を机の上に置き、椅子に腰掛けると、手鏡を使って寝癖を探し始めた。


「直った?」

「直った、直った。完璧だよ」


 僕は手鏡をあずさに返すと、鞄から教科書やノート類を取り出して、引き出しに仕舞っていく。


「いっくんは教科書とかノートを全部仕舞う派なんだね?」

「それ以外に何があるって言うんだ? まさかいちいち取り出す派とかあるのかよ?」

「え? ないの?」

「あるかもしれないけれど、面倒じゃないか? 僕は一回で取り出せるから引き出しに仕舞う方が良いと思うけれどな」

「そういうものかなあ」

「そういうものだよ」


 徳重先生が入ってきたので二人の会話はこれでお終い。

 会話中、ずっとアリスが僕達の方を見つめていたけれど、それはまあ、無視しておくことにした。話をしても良かったんだけれど、変にこじらせたくもなかったし。



   ※



 部室に行くと、誰も居なかった。鍵が職員室にあったから当然と言えば当然なのだけれど、アリスとあずさと僕、という三人で残されるには少々苦痛のようなものがあった。

 はっきり言って、話が盛り上がらない。

 二人とも、スマートフォンを(そもそも校則でスマートフォンの持ち込みは禁止だったような記憶があるのだけれど、何処から持ち出しているのだろう)弄くっている。僕はというと、『銀河ヒッチハイク・ガイド』等を読み耽っている。名著ではあるが、読むには少々億劫になる一作である。購入する程のものかと言えば、そこまでではない(父が読書家だが、SFについてはあまり興味を持っていない)ので、結局家ではなく、図書室で読むようになってしまう訳だ。

 スマートフォンを弄くっているあずさは、急にスマートフォンから視線を外す。

 そうしてスマートフォンを鞄に仕舞うと、部室から飛び出していった。トイレだろうか。

 しかし、こうなるとアリスと僕の二人っきり。ますます会話は弾む訳もなく、部室には沈黙が幅を利かせるようになる。

 僕はというと、『銀河ヒッチハイク・ガイド』を中盤まで読み進めたところで栞を挟んだ。今日はこのままこの本を借りてしまおうと思ったのだ。

 ちなみに、宇宙研究部はあまりにも暇な部活動なためか、図書委員と兼務になっている。要するに、僕達が借りたい本はいつでも借りることが出来るのである。カウンターから判子を取り出して、後ろにある読書カードにぽんと押す。それで借りることは出来た。今日は木曜日だから、来週の木曜まで借りることが出来る。ってかもう木曜日か。一週間が過ぎるのは早いなあ。何というか、この部活動に入ってから、一週間を早く感じるようになってしまった。それはやっぱり、この部活動があまりにも暇だからだろうか。図書室を利用する人も居ないから実質僕達の独占状態に陥っている訳だし。


「いっくん、何飲みたい?」


 不意に。

 声がしたのでそちらを振り向くと、図書室の入口からあずさが顔だけ出していた。


「購買に行ってくるのか?」

「うん。そろそろ試験も近いしね。勉強してから帰ろうかな、って思ったりして。だから、もしいっくんが欲しいものがあるなら買ってこようかな、と。あ、勿論お金は後で支払ってよね」

「オレンジジュースとキットカットを頼む」

「オレンジジュースとキットカットね。りょーかい!」


 びしっ、と右手で敬礼をしたあずさはそのまま立ち去っていった。


「あ、アリスの分は聞かなくて良いのか……」


 言おうとしたが、それよりも先にあずさは立ち去っていった。あまりの速度にウサイン・ボルトもびっくりだ。

 そういう訳で、僕とアリスはまたまた二人きりになってしまった訳であった。


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