第25話 「集結」 (前編)

 初陣から数十日後、闇の勢力、ヴァンパイアロードの軍勢との小競り合いは続いた。

 血に染まった雪原は、降りしきる雪に埋もれてゆき、そこでの事実を覆い隠す。そうやってこの大地はどれほどの血を吸い覆い隠してきたのだろうか。絶えることのない小競り合いの中で死者もたくさん出た。そして多くの新たな冒険者達が、国の出す高い報酬を目当てに絶えることなくリゴ村の門を潜ってくる。大部屋の中でも人々の出入りは激しくなり、レイチェル達も、もはや新人ではなくなっていた。それは所属部隊でも同じことだった。

 レイチェルは今では軍隊の雰囲気に慣れていた。戦場の様子に駆け引きだって少しは判断することができるようになった。そして彼女は主と崇める獣の神に許しを乞うべく欠かさず祈りを続けていたが、それだけが上手くいかなかった。

 リルフィスにもまだ黙っている。レイチェルとしてはティアイエル達やヴァルクライムが、到着する前にどうにか解決したい課題だった。神官じゃない自分なんて、もはやパーティーには不要だと思ったからだ。助言を得るべく、療養施設長のカサンドラのもとに足を運んだが解決には結びつかなかった。

 そんな時、新たな命令が下された。

 時間は掛かるが、中央と、サグデン、ソウ・カン等を含めた各地の領から軍勢が駆け付けてくることが決定したということだ。その軍勢が揃い次第、ヴァンパイア領を攻めるという。敵の軍勢は各地の領主達の兵が引き受けるため、冒険者達はヴァンパイアロードの城に潜入すべく各々、六、七人の組を作れというのだ。

 クラナが自分のパーティーに誘ってくれたが、レイチェルとリルフィスはティアイエル達のこともあり辞退した。

 二人でクラナに謝罪しつつも、レイチェルの心の中は、こうなってしまった自分を仲間達が受け入れてくれるかどうかという不安だった。だが、こうしている間にも、時は進んでいる。ティアイエルとサンダー、そしてヴァルクライムは今はきっとこちらへ向かっている途中だろう。

 人のいなくなった大部屋でレイチェルはひざまずき、主へ懸命に許しを乞うたのだった。



 二



 午前のみの外での演習を終え、レイチェルは他の傭兵と共に引き上げているところであった。

 小雪の降る中、そんな自分に向かって大きく手を振り名前を呼ぶ者がいた。それは紛れもなくリルフィスだった。何か彼女が嬉しそうなことだけはわかった。新しい友達でも見つけたのだろうか。レイチェルは近付きつつも、彼女の隣にある二つの影に気付いたのだった。

「姉ちゃん、久しぶり!」

 サンダーが声を上げた。

 そしてもう一人は無論のこと、有翼人の少女ティアイエルだ。こちらは相変わらず冷静で、嬉しそうな態度は見せなかった。

 だが、レイチェルの心臓は高鳴っていた。背中にチクチクと嫌な汗が噴き出てくるのを感じる。彼女は思った。もう来てしまったのかと。だが、と、開き直った。ヴァルクライムはまだだ。そして攻略戦の合図ともなる各地の軍隊もまだ着てはいない。ティアイエル達に事実を告白するまで猶予はあると思った。

「サンダー君、ティアイエルさん」

 レイチェルは無理に喜びの表情を作って合流した。

「ようやく俺達もここに来れたぜ。だけどあんまり会えなくなるみたいだね」

 少年の残念そうな顔にレイチェルは首を傾げた。

「どういうこと?」

 レイチェルが問うと少年は答えた。

「それがさ、やたら高慢な奴に、所属部隊を告げられたんだ」

 レイチェルは思い出した。大部屋で神官として従事するように言い、自分に神官の力無しと判断すると前線送りを宣言したあの声の主だ。

「俺、斥候部隊だってさ」

「ティアイエルさんは?」

 レイチェルが問うと有翼人の少女は応じた。

「村内防衛部隊だそうよ」

 彼女はどこか怒った様な口調で言った。

 サンダーがそっと訳を囁いた。

「あの高慢ちきな奴に、お前って呼ばれて怒ってるみたいだよ」

 なるほどとレイチェルは思った。

「違うわよ。アイツが精霊魔術師を軽んじてるみたいだから、アタシはそれが気に食わないわけ! 精霊魔術が戦士のどれだけの力に勝るのか全く分かってない上に、興味もないのよ!」

 ティアイエルが聴きつけてそう声を上げた。

「でも、前線で戦わなくて良かったじゃないですか」

 小競り合い程度だが、その中で見て来た幾つもの死が、レイチェルの心から本音として突き出されていた。するとティアイエルは言った。

「それにアンタが前線って言うのが納得いかないのよ」

 その言葉を聴きレイチェルは再び嫌な汗が噴き出るのを感じた。そして言われた。

「リルフィスに聞いたわ。アンタ前線部隊だそうね。アンタみたいな非力な奴を前線に配属するなんて、どう考えてもおかしいわよ」

 レイチェルは次に出てくる言葉を待った。

「アンタ、もしかして何かやったの?」

 きてしまった。レイチェルの心臓の鼓動が早くなる。こうなってしまっては、もはや白状するしかなかった。

「実は理由があるんです……」

 レイチェルは心を決めた。

「私、キアロド様のお怒りを受けてしまって、聖なる魔術が全て使えなくなったんです」

 捨て鉢にならずに冷静な口調でレイチェルは告白した。

 サンダーが驚きの悲鳴を上げる。ティアイエルはこちらを見詰めたままだった。

「何度もお許しを得ようとしたのですが、駄目みたいです」

「アンタは、そうなっても傭兵、辞めるつもりはないの?」

 ティアイエルがそう尋ねた。

「今まではアタシ達が合流するまで仕方がなかったのかもしれないけれど、前線にまで配置されて本当のところはどうなの?」

 レイチェルは少しだけここに来てからのことを思い出した。クラナをバルバトスを思い出す。そして死んでいった同胞達のことも思い出した。友を見捨て、死んでいった者達の思いに背を向けることなどできはしなかった。それに敵は光の神が、すなわち自分が未だに主と崇める獣の神キアロドの敵、闇の者だ。もしかすればこの戦に最後まで参加し、敵を滅することができれば、神官として許しを得られるかもしれない。だが――。

「私は傭兵を最後まで続けたいと思います」

「そう」

 ティアイエルはただそれだけ言って頷いた。

「でも、私は神官として皆さんのお役には立てません。ここでパーティーを解消してもらっても仕方のないことだと思います」

 レイチェルが意を決して告白すると、ティアイエルが言った。

「アンタが出て行きたいなら止めはしないけれど、ただアタシ達を気遣っててのなら、気にすることは無いわ」

 レイチェルは思わず有翼人の少女をマジマジと見ていた。

「どうなの? 出て行きたいの?」

「それは……」

 レイチェルの脳裏にこれまで経験した色々なことが思い巡った。死んだクレシェイドことも、パーティーを離れたライラのことを思い出した。そして思った。ここは自分にとってかけがえの無い特別な場所なのだと。レイチェルは慌てて応じた。

「出て行きたくはありません。神官の力が使えないなら使えないなりに努力はします。ですから、どうか……」

 有翼人の少女は頷いた。

「アンタがそう思うならそうしなさい」

「そうだよ、レイチェル姉ちゃん。姉ちゃんで不足ならその分、俺達だって頑張るからさ!」

「レイチェルちゃん! リールも頑張るから!」

 サンダーとリルフィスに励まされ、レイチェルは思わず涙を流しそうになった。

「ところで」

 ティアイエルが言った。

「アンタ達だけほっぽり出して、ヴァルクライムの奴はどうしたわけ?」

 ティアイエルが少々不機嫌そうにそう言った時だった。

「確かに私は、任を放棄した。謝罪の必要性はあるだろう」

 聞き覚えのある男の声が響き渡り、レイチェル達が驚いて振り返ると、そこには噂の魔術師が立っていた。だが、彼は一人ではなかった。同じく丈の長い魔術師の胴衣を羽織り、頭巾で顔を覆った人物を連れていた。

「ヴァルクライム! アンタ! リールとレイチェルを二人だけにして一体今まで何処に――」

 ティアイエルが声を上げると、レイチェルは慌てて止めに入った。

「違うんです、ティアイエルさん! ヴァルクライムさんは、私のために仕方なく離れて行ってくれたんです!」

 レイチェルは心を落ち着けながら、復讐に燃えるホブゴブリンに自分が情けをかけてしまい、そのためにヴァルクライムが自らそのゴブリンを殺さず遠くへと運んでいったことを伝えた。

「例えそうだとしても、嬢ちゃんら二人だけという危険な旅をさせたのは私の責任だ。すまない、謝罪する」

 ヴァルクライムが言うと、レイチェルも続いた。

「私のせいなんです! 責めるなら私の甘さを責めて下さい!」

 ティアイエルは不機嫌そうに応じた。

「そうよ、魔物に情けをかけるなんて、アンタの力量で、ただの命取りよ。ましてや話すら通じないのに」

「言葉なら通じる」

 ヴァルクライムが言った。そして隣の頭巾の人物に言った。

「そうだろう、我が友、ガガンビよ。ホブゴブリンの誇り高き戦士」

「ホブ!?」

 サンダーが叫んだ。

 すると隣の魔術師風の人物は頭巾を脱いだ。

 大きく裂けた口に、毛むくじゃらの顔、エメラルドのような瞳、紛れもなくゴブリンだった。

「ちょっと!? え!? おっちゃん、どういうこと!?」

 サンダーが慌てて問うと、魔術師は口元を歪ませて答えた。

「我が友。いや、我らが新たな友となってくれる人物だ。名はガガンビ」

「俺はガガンビ。ヴァルクライムの友だ」

 少々発音に難はあったが、ゴブリンはそう話した。

 レイチェルは嬉しくなった。魔物に心が通ったのだ。やはり、通じ合えることができると確信できた瞬間だった。そして思った。もっともっとゴブリンと話したいと。そのためには、何をしなければならないのか。自分も相手の言葉を覚えるのだ。彼女が意を決してそう口を開こうとした瞬間だった。

「でも、ちょっとこの状況は不味いんじゃない?」

 サンダーが言った。

 見れば周囲の傭兵達が立ち止まり、全てがこちらに、いや、ゴブリンに視線を向けている。そして声が響き渡った。

「ゴブリンだ! ゴブリンがいるぞ!」

 村内では武器の刃は鞘か覆いをかけて持ち歩く決まりがあった。その傭兵達が腰の剣の柄に手を伸ばし、槍の穂先の覆いを取ろうとしていた。

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